恋するマリオネット
(74)

 七色の蝶が、ふわふわ舞っている。
 まるで、その羽いっぱいに、さんさんと降り注ぐ陽光を浴びるように。大空を謳歌するように。
 その存在こそが、この世の幸せの象徴と主張しているようにすら見える。
 見渡す限り広がる、色とりどりの花々。
 向こうの方には、白亜の建物が見える。
 もう三ヶ月以上も前に、そこである儀式が行われていた。
 それは、この国の次の王の伴侶を選ぶための儀式。
 そして、それにより、萌歌の運命は変わってしまった。
 だけど、その儀式によるものと言っては語弊がある。
 だって萌歌は、儀式によって選ばれたのではなく、儀式の最中、次の王の心が選んだ伴侶だから。
 それが、今では萌歌の胸をあたたかくさせる。
 あれほど嫌だと思っていたはずなのに、どうしてこのように変化してしまったのか……。
 それは、きっと永遠に解き明かせない謎だろう。
 だけど、それも悪くはない。
 この世の中、すべてに答えが与えられてしまってはおもしろくない。
 幾千幾万かに一つくらい、このような不思議があってもいいだろう。
 萌歌はゆっくりと、花々が広がる庭園を歩いていく。
 その景色は、変わらずあの時のままだと、やはり胸をあたたかくさせて。
 いつ頃からだろう。
 この景色が、心おだやかにしてくれるようになったのは。
 そして、この景色に浮かぶ、あの風にゆれる金の髪。そして、彼方に広がる海よりも碧い瞳――。
 まるで吸い込まれてしまいそう。
 体をあまいしびれがかけのぼっていく。
「ほほう、たいしたご身分だ。本来ならここを歩く価値のない娘が」
 突如、理解できないこの国の言葉が、萌歌の耳に飛び込んできた。
 言葉は理解できないけれど、いい言葉でないことはすぐにわかった。
 この花々に浮かぶあの金と碧にまどろんでしまっていて、すぐ後ろに人が近づいてきていたことに萌歌は気づけなかった。
 かけられたその声音が、萌歌の体にぞくりとした寒気を覚えさせるものだから、すぐに振り返ることができない。
「穢れた娘よ、これ以上この城を穢してくれるな」
 萌歌は振り向けず、だけどそこから動くこともできずただ立っていると、またそのような声がすぐ後ろから聞こえて来た。
 やはり、その意味は理解できない。
「運命の乙女の名をかたる、魔女め……っ」
「我らの大切な王子をたぶらかした罪、許せぬ!」
 萌歌が振り向けずにいると、いきなりぐいっと肩をつかまれ、むりやり振り向かされた。
 するとそこには、あからさまに嫌悪感をのぞかせる、壮年と老年の男が立っていた。
 意地が悪い笑みを浮かべ、ぎらりと憎悪に満ちた光を目から放ち、まだ何かをぶつぶつ続けている。
 萌歌が彼らが話す言葉を理解できないとわかった上で、あえて言っているらしい。
 とても嫌な気がする。
 萌歌の姿をとらえる目が、いやらしく、そして蔑んでいる。
 萌歌は不思議と、怖いとかそのような思いではなく、哀れみのような感情がじわりじわりとにじみでてきた。
 明らかに萌歌を馬鹿にしているとわかるのに、何故だかこの男たちに腹立たしさのようなものは感じられない。
 すうっと、悲しげに萌歌の顔がゆがむ。
 すると、男たちは不機嫌をあらわにした。
 そういえば、今この王宮で異国の者がうろつけば、すなわち王子の伴侶と判断されてしまって当然だろう。
 それを忘れていたなど、萌歌はなんて浅はかだったのだろうか。
 そのような思いも、萌歌の悲しげな顔の手助けをしているのかもしれない。
 隠すことなく向けられる悪意とないまぜになり。
 言葉は通じなくとも、そこにこめられた悪意だけはひしひし伝わってくる。
 だけど、何をどう言い返せばいいのか、萌歌にはわからない。
 言葉がわからないこともあるけれど、この男たち――恐らく、重臣なのだろう――の気持ちもわかってしまうから。
 あまり詳しいことは聞いていないけれど、この国の掟、しきたりというものを萌歌は知ってしまったから、この重臣たちが不安に思っているそのことも、悲しいけれど理解できてしまう。
 彼らは、王族――王を犠牲に、まやかしの平和を手にしている。王を犠牲にして平穏をたもっている。
 きれいごとだけれど、誰かの犠牲の上にある平和は、本当の平和ではない。
 そのことに、彼らは気づいていない。
 もしかすると、この国こそが、この世をもっともよくあらわしているのかもしれない。
 この世の、人の真の姿の縮図。
 そう思えてしまう。
 だから、たとえ言葉がわかり言い返したところで、結局は同じだろう。
 それに、萌歌が下手に何かをしては、間違ってフィガロットのためにならないことになるかもしれない。
 それだけは避けなければならない。
 フィガロットは、萌歌に心配するなと、守ると言ってくれたから。
 ならば、今はフィガロットを信じて待っている。そう約束したから……。
 一歩一歩、萌歌の足が重臣たちから後退していく。
 それに気づき、再び萌歌をその手にとらえようと、重臣の一人が手をのばした時だった。
「萌歌さま、こちらにいらしたのですか」
 ふいに、背後からそう声がかかった。
 今度はちゃんと、萌歌もその言葉を理解できる。
 ということは、萌歌の味方である確率が高い。いや、味方以外ではあり得ない。
 萌歌はびくりと大きく肩をふるわせ、勢いよくふりむく。
 するとそこには、険しい顔をしたジョルーが立っていた。
 ぎらりと目を輝かせ、萌歌の向こう側、重臣たちをするどく見つめている。
 それから、ふいっと視線をそらし、萌歌の腕に触れようとしている重臣の手をさりげなくはらいのけ、ジョルーはその腕をにぎりしめる。
「王子が萌歌さまをお召しですので。失礼します」
 すっと視線を流し重臣たちに一礼をすると、ジョルーはぐいぐいと萌歌をひっぱっていく。
 ひかれるように、萌歌も慌ててついていく。
 きっと、ジョルーは萌歌を助けてくれたのだろうと、そう思い。
 それに、あの重臣たちといるよりかは、ジョルーについていった方が、この場合は幾分ましだろう。
 いくら足を撃たれ、あれから恐怖の対象になっている相手でも。
 フィガロットたちの手前……というか意地で、萌歌は強がって平気なふりをしていたけれど、やっぱりジョルーは苦手な相手にかわりない。恐怖すら感じる。
 フィガロットたちがいればまだましだけれど、こうして二人きりになると、その恐怖が鮮明によみがえってくる。
 萌歌はジョルーにぐいぐいひっぱられ、普段フィガロットが使っている私室のある館へと入った。
 するとすぐに、ジョルーの手が萌歌の腕からはなされた。


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update:08/09/27