恋するマリオネット
(75)

 怯えた様子の萌歌をちらりと見て、ジョルーはふうと吐息をもらす。
「怖がらないでください」
 それから、少し困ったように萌歌に視線を流す。
 思わず、びくりと、萌歌は体を震わせてしまった。
 視線ですら、やはり萌歌には恐ろしく感じてしまう。
 だって、銃で撃たれたあのことは、本当に怖かったから。
 フィガロットを受け入れた今、もう大丈夫だとわかっていても、何かの拍子にまた撃たれるのではないかと、恐怖がじわじわわきあがってくる。
「大丈夫です。もうあのようなことはしません」
 萌歌の内なるその思いに気づいているのか、ジョルーはもう一度息をはきだし、やはり困ったように微笑む。
 その目の奥に、これまでになく優しさのようなものが感じられた。
「ほ、本当に……?」
 びくびく怯えつつも、萌歌は探るようにジョルーを見つめる。
 その目にこめられた優しさは、本物かと。
 もし、本物なら、あるいは……。
「ええ、あなたがフィガロットさまから逃げなければ」
 訝しがる萌歌に、ジョルーはあっさりそう告げた。
 瞬間、萌歌の目がどこかあきれたように見開かれる。
「嗚呼。結局、そういうことなのね……」
 そして、がっくり肩を落とす。
 どうやら、萌歌の中で結論がでてしまったらしい。
 萌歌が逃げなければ、ジョルーは萌歌に酷いことはしない。
 そして、少しでも逃げる気配を見せれば、また容赦なく銃口を向けられる。
 つまりは、そういうことだろう。
 フィガロットのそばにいさえすれば、ジョルーは無条件で萌歌の味方につく。
 考え方を変えれば、それがわかっただけでも少しは進歩したのかもしれない。
 それに、今のジョルーは、間違いなく萌歌の味方だろう。
 だって萌歌は、フィガロットから逃げる気はもうないから。
 そう、フィガロットのそばからはなれる気はない。
 だけど、本当にそれでいいのだろうか?
 だって、さっき……。言葉はわからなかったけれど、あの語調から、何を言われていたのかはなんとなくわかった。
 わかってしまったら、本当にそれでいいのかと疑問がわいてくる。
 もしかしたら、萌歌がフィガロットのそばにいることは――。
「ねえ、ジョルー、本当にわたしでいいの? フィガロットのことは、ランバートからなんとなくは聞いているの。これって、フィガロットの立場を悪くするのじゃないの……?」
 ふとかげりを見せ、萌歌はすがるようにジョルーを見る。
 きっと、フィガロットもランバートも、本当のことは言ってくれないだろう。
 そうわかってしまうから、二人には聞けない。
 だからといって、ジョルーが本当のことを言うとは限らない。けれど、でも……なんとなく、ジョルーならば答えてくれそうな気もする。
 フィガロットのために、平然とあのようなひどい仕打ちができてしまう人だから。
 ならば、フィガロットのためになることであれば、萌歌に答えをくれるかもしれない。
 なんとなくだけれど、ジョルーはフィガロットにその身をささげていそうな気すらする。何故だかわからないけれど……。
「悪くは……なりませんね。ただ……」
 じっと見つめる萌歌から、ジョルーはどこかばつが悪そうにすっと視線をそらす。
 そのようにまっすぐ見つめられては、見透かされてしまいそうな気がしたのかもしれない。
 隠しておかなければならないことを思わず言ってしまいそうな、そのようなばつの悪さ。
「ただ……?」
 萌歌の手がすっとのび、ジョルーの袖をつかむ。
 まっすぐに見つめる萌歌の目に、ジョルーはとらわれる。
 それはまるで、囚人が鎖でつながれてしまったような気分に、ジョルーをさせる。
 ――逃げられない。
 もしかしたら、萌歌もこのような気分をこれまで味わっていたのだろうか?
 フィガロットの伴侶にすると、無理にしばりつけていた頃。
 ……そのようなこと、わかっていた。萌歌を苦しめていると、わかっていた。
 わかっていて、ジョルーはあえてそうしていた。フィガロットのために。
 ジョルーは、萌歌に気づかれないように、ぶるると小さく首をふる。
「萌歌さんは、どこまでお聞きになっていますか?」
 ジョルーは一度ぎゅっとまぶたを閉じ、そしてゆっくりあける。
 それから、すうっと、萌歌へと再び視線を向ける。
 視線を向けたそこでは、どこか不思議そうに、訝しそうに、萌歌がじっとジョルーを見つめていた。
「え?」
「どうして、伴侶を儀式で選ぶのか……いえ、選ばねばならないのか」
「あ……。そういえば、知らない……?」
 今そのことに気づいたように、萌歌は目を見開きジョルーを見つめる。
 ジョルーは困ったように少し苦く笑う。
 そういえば、大切なことを萌歌に伝えていなかったと気づき。
 そう、誰もそれは伝えようとしなかった。
 そうすることが、萌歌にとっていちばんよいと、頭のどこかで思っていたのかもしれない。
 だって、これを告げてしまっては、本当に萌歌から逃げ道を奪うことになるから。
 何よりも酷い、脅迫になってしまう。
 萌歌もまた、とらわれの身にしてしまう。
 しかし、ここまで言ってしまった以上、告げなければならないだろう。
 いや、そうでなくても、そろそろ告げなければならなかったのかもしれない。
 萌歌がフィガロットを受け入れたから。
 これは、王だけではなくその伴侶にも大きくかかわること。
 そして、これを知れば、萌歌はフィガロットから完全に逃げられなくなる。その生を終えるまで。永遠に――。


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update:08/10/04