恋するマリオネット
(76)

「儀式のはじまりは、この国の初代王の時です。いえ、儀式のために王がつくられたのかもしれません。――かつて、力の強い呪師(まじないし)が、神の力をかりこの国の危機を救いました。ですが、その者には同時に制約がもうけられてしまいました。神のしるしを持つ者の召喚によって召された者を、王の伴侶にするように。それを穢せば、その力は子に受け継がれなくなると。ですから、力をたもつために儀式は絶対に穢してはならないと、そういわれています」
 袖を握る萌歌の手に、ジョルーはそっと自らの手を重ねていく。
 そして、すいっと手を引き、建物の奥へと誘う。
 このような端近では、いつ誰の目にとまるとも知れない。二人でいるところが。
 まあ、それは、色眼鏡で見さえしなければたいしたことではない。
 だけど、この話は思いのほか長くなるだろうから、いつまでも萌歌を立たせているわけにはいかない。
 そう、立ち話程度の長さではない。
「……神? それは、はじめて聞くわ。つまりは、その呪師が現在では王ということね……?」
 手をひかれ移動しながらも、萌歌はかまわずそう問いかける。
 ジョルーに場所移動させられることには、これといって異存はないらしい。
 どうやら、思いのほか萌歌は純粋らしい。
 すんなりと、ジョルーの言葉をのみこんでしまうのだから。
 これくらいの年齢に達してしまっていたら、普通ならそのように簡単にこのおとぎ話のようなことを受け入れられないだろう。
 今からジョルーが話すことは、まるで夢物語のよう。
 いや、そのような希望に満ちたものではなく、むしろその逆。
 この国の呪われた昔話。
「そうです。そして、その神の名はヴィーデ。再生の神です。この国の唯一神。また、神の力を借りるということは、すなわちそれ相応の犠牲を払う。――神の依り代になるということです」
 すたすた歩くジョルーにひっぱられ、萌歌は懸命に後をついていく。
 フィガロットと一緒に歩く時は、このような苦労はない。
 いつも、フィガロットは萌歌の歩調に合わせている。
 そう考えると、フィガロットは、萌歌が思っている以上に、萌歌の気づかないところで、気をつかい、そして優しさをくれているのかもしれない。
「よ、依り代!? それって……!」
 少し息切れを覚えながら、萌歌はジョルーにくいついていく。
 ちらっと目線を向け、ジョルーは萌歌に気づかれないように苦く笑う。
 ジョルーはわざと意地悪をして、萌歌がしゃべられないように早く歩いているというのに、どうやら萌歌は先を知りたくて仕方がないらしい。
 落ち着ける場所へ移動してから、ゆっくり話そうと思っているのに。
「そうです。つまりは、生贄のことです」
 瞬間、ジョルーの手に握られた萌歌の腕が、大きくびくんと震えた。
 そして、歩く速度がぴたりと落ちる。
「そっか……。だから、ランバートは犠牲と言ったのね。だけど、それがどうして伴侶の召喚と関係してくるの?」
 萌歌は苦しそうに顔をゆがめ、きゅっと唇を結ぶ。
 けれどかまわず、ジョルーは萌歌の腕を引き先へと促す。今度は、多少強引に。
 そうでもしないと、きっと萌歌はこれ以上歩いてくれないだろうから。
 あえて平然と、ジョルーは萌歌を引っ張る。
「先ほども申しましたように、神がそう定めたからです。運命の伴侶を得た王のみが、神の依り代になる権利を得ると。そして、その力をもって、荒廃した国土を立て直すのです」
 もたもたと足を多少からませながら、萌歌はどうにかジョルーの後をついていく。
 背にささる視線がどことなく痛いけれど、ジョルーはあえて気にしない。
 ジョルーが振り向けば、間違いなく萌歌の非難の眼差しがおしげもなく向けられてくるだろう。
 とりあえず今は、どこか落ち着ける場所へ萌歌を連れていきたくて仕方がない。
 これは、あまり人の耳に触れさせていい話でもないので、人払いができる部屋でジョルーはできれば話したい。
 この館はフィガロットが普段使っているものなので、あまり人はいないとはいえ、やはり油断はできない。
 何よりも、ランバートにでも聞かれたら、何を言われるか、されるか……。
 でも、それでも、ジョルーはこのことを萌歌に伝えねばならないような気がする。
「ですが、それは、人の体にはあまりにも大きすぎる負担がかかるため、その役目を終えると同時に命を失ってしまうのです。ですから、ランバートさまは犠牲とおっしゃったのでしょう。……事実、伴侶を得た王は、我々のための生贄ですから……」
 すたすた歩くジョルーの足が、急にぴたりととまった。
 力強く腕をひかれていたものだから、萌歌はとまりきれず、ぽすっとジョルーの背に顔をうずめてしまった。
 そして、ゆっくり顔をあげていく。
 するとそこには、苦しげに萌歌を見下ろすジョルーの顔があった。
 それで、萌歌は悟れてしまったような気がした。
 ジョルーもまた、その掟に苦しめられているのだろう。
 この儀式と掟を、よく思っていないのだろう。
「ジョルー……」
 そう思った瞬間、萌歌はその腕をふわりと抱きしめてしまっていた。
 ジョルーは困惑したように萌歌を見つめる。
「萌歌さま……」
 それに、にこっと、萌歌は不器用な笑みを浮かべる。
「辛いね」
 萌歌には、それしか言うことができなかった。
 だけど、それでジョルーには十分だった。
 ばつが悪そうに、苦い笑みを浮かべたから。
 それだけで、萌歌が言いたいことがジョルーには伝わったのだろう。
 本当は、誰も望んでいないのかもしれない。
 誰かを犠牲にして成り立つ平和など。
 ……いや、誰もではなくて、それがどれほどむなしいものかと気づいた者たちだけ?
 だって、変わらずこの国には、あの重臣たちのような醜い化け物が巣くっているようだから。
 この国だけでなく、世界中に充満しているだろう。跋扈しているだろう。
 ……萌歌だって、一歩間違えればその魔物になってしまう。
 ただ、これは、萌歌の国ではなく、よその知らない――知らなかった――国のことだから、そう客観的に見られるだけ。
 けれど、萌歌だって、だんだん客観的になんて見られなくなってきてしまっている。
 だってこれは、萌歌の今ではいちばん大切かもしれない人に大きくかかわることだから。
 できるならば、このようなもの、ぶち壊してしまいたいけれど……。
 だけど、それもできない。
 きっとそれは、フィガロットは望んでいないだろうとそう思えるから。
 だから萌歌は、今はフィガロットが望むようにする。


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update:08/10/11