恋するマリオネット
(77)

「でも、やっぱりどうして、それと召喚の儀式が関係あるの?」
 抱きしめる腕からゆっくり手をはなしていくと、萌歌はジョルーを見上げた。
 ジョルーはどこか冷めた眼差しで、窓の外の青い青い空へすっと視線を向ける。
 空は、憎らしいくらいに青く澄んでいる。
「幸せな恋人たちをひきさくために」
 それから、ぽつりとそうつぶやく。
「え……?」
「再生の神・ヴィーデには、かつて、最愛の恋人がいました。しかし、ある時、その恋人を不幸な事故でなくしてしまったのです。それから、ヴィーデは幸せそうな恋人たちをねたみはじめました。そして、その矛先は次第に王のみへ向けられるようになったのです。国を救った英雄とその恋人を不幸にするために。誰よりも幸せそうな輝きを放つその二人が、憎かったのでしょう。許せなかったのでしょう」
 ジョルーはそこまで言うと、再び萌歌に視線を戻してきて、その手をするりと握っていく。
 そして、ぐいっとひき、またすたすた歩き出す。
 この先には、萌歌に与えられた部屋がある。
 恐らく、ジョルーは、そこへ萌歌を(いざな)っているのだろう。
「ヴィーデはこの国を救ってくれる神ですが、同時にとてもたちが悪い神でもあるのです。そして、壊れて、狂ってしまった神。その犠牲に、ただ一人でなったのが、王――」
 窓からぽかぽかとあたたかい陽光が差し込むその廊下を、ジョルーは萌歌の手をひきずんずん歩いていく。
 萌歌はどこか困ったように、辛そうに顔をゆがめ、やはり懸命についていく。
 そして、ぴたりと、同時に二人の足がとまった。
「これが、この国の悲しいおとぎ話です」
 きいと淋しげな小さな音を鳴らせ、目の前の扉が開かれていく。
 そこは、萌歌に与えられた部屋だった。
 扉が開かれると同時に、その向こうから、やはりおだやかな陽光がさし、振り向き萌歌を見つめるジョルーを照らす。
 まぶしくて、萌歌は思わず目をきゅっとつむってしまった。
 それから、ゆっくり目をあけていくと、そこには今にも泣き出してしまいそうなほど苦しそうな笑みを浮かべるジョルーの姿があった。
「……ひどい」
 思わず、萌歌はそうもらしてしまった。
「そうですね……」
 するとすぐに、そのようにジョルーが相槌をうった。
 そして、萌歌の腰にすっと手をまわし中へと促す。
 それから、萌歌は促されるままジョルーと二人内へ入ると、ゆっくりと扉が閉められていく。
 窓辺では、カーテンがひらひらと風に揺れている。
 憎らしいくらい優雅に。
 その窓辺へと、ジョルーは萌歌を促す。
 多少ためらいながらも、萌歌もそれに従う。
「……でも待って。それじゃあやっぱり、儀式で選ばなければまずいのじゃ……?」
 萌歌は窓辺までくるとくるりと振り返り、少しはなれた壁際で何かもぞもぞと手を動かすジョルーへ視線を移した。
 ジョルーはそこで、かちゃかちゃと音を立て茶器を手にとっていた。
 それから、ティーポットにもわもわと湯気を上げるお湯を注いでいく。
「そうなりますね。では、萌歌さんはそう言われて、フィガロットさまを諦められますか?」
 ガラスのグラスに、透き通った音を響かせたっぷりの氷が入れられる。
 その作業に時折目を奪われながらも、萌歌はにらみつけるようにジョルーを見る。
 だけど、その言葉がもたらされると同時に、思わずすっと視線をそらしてしまっていた。
「え……? そ、それは……」
「同じです。フィガロットさまも」
 口ごもる萌歌に、ジョルーは何故だか優しい笑みを浮かべゆったりとそう告げる。
 瞬間、萌歌の顔がかっと真っ赤にそまった。
 だって、それは、すなわち……。認めたくないけれど、萌歌はもうきっとそうなのだろう。
 それくらいのことで、フィガロットを諦められなくなってしまっている。
 儀式なんてどうでもいいと思えるくらいに。……不思議と。
 そう言われて、いくらそれが正しいとしても、萌歌はもう素直にその通りになんてできない。
「それに、わたしは……このようなしがらみ――悪習、絶ちきらねばならないと思っていますから」
 氷がたっぷりのグラスに、とぽとぽとぽと湯気を立てる赤褐色の液体が注がれていく。
 それから、注ぎ終わると、そこにストローがさしこまれた。
 からんと、やわらかな氷の音がする。
 くるくる、からからと、涼しい音を鳴らし終わると、それを手に持ち、ジョルーがゆっくりと萌歌の元へ歩いていく。
 無表情に歩み寄っているけれど、その体いっぱいから、体全部を使って、悲痛な叫びを上げているように、萌歌の目には見えてしまった。
「ジョルー……?」
 すっと差し出されたグラスを受け取り、萌歌は苦しげにジョルーを見つめる。
 おだやかな微笑みを、ジョルーは萌歌にそそぐ。
 けれど、その目の奥は悲しそうにゆらめいている。
「いつまでも、いるかどうかもわからない神などに頼らず、おとぎ話にしばられず、人間は人間だけの力で生きぬくべきです。……あまりにも狂信的すぎる」
 ジョルーはすぐそこにあった椅子をすっと引き寄せて、窓辺に置く。
 そして、そこに座るようにと萌歌を促す。
 やはり、萌歌は逆らうことができず、促されるままそこにすとんと腰をおろした。
 そして、かぷりと、グラスにささったストローをくわえる。
 だけど、その中の液体を吸い上げる気にはなれない。
「ですから、わたしはこの事態を悪くは思っていません。フィガロットさまにぶち壊していただきたいほどです」
 不安げに見つめる萌歌に、ジョルーはころっと表情をかえ、得意げに、ちょっぴりいたずらっぽくにっこり微笑んでみせる。
 萌歌は思わずくわえていたストローからぱかっと口をはなし、ジョルーを凝視する。
 萌歌のまぬけ顔に、ジョルーはくすくす笑う。
 だけど、すぐにそれもぴたりとやんだ。
 それから、窓の外へ視線をすっと移す。
 そこには、青空に数多の七色の光が舞っていた。
 それは、気に入った者に幸せを運ぶという、七色の蝶。
 七色の蝶が、また萌歌に会いにやってきたのだろう。
「もう解放されるべきなのです。すべてから。――その点において、この国は病んでいる」
「ランバートと同じことを言っている……」
 萌歌はするりとストローをくわえ、ちょっぴりだけ液体を口にふくむ。
 何かを伝えたそうに、萌歌の目はゆらいでいる。
 だけど、それ以上口にすることははばかられるように、唇はちょんとストローに添えられたまま。
 ジョルーはまた、困ったようにくすりと笑う。
「恐らく、フィガロットさまのまわりにいる者たちは、ランバートさまに限らず皆、少なからずそう思っているはずです。ですから、我々はフィガロットさまについていっているのです」
 目の前にいる主の最愛の女性を見つめながら、ジョルーは心の底からそう告げる。
 この女性こそが、主の心を救ってくれる唯一の存在だと、そう思えるから。
 ジョルーが思っていた以上に、この女性の存在は大きい。救いになる。――そして、強い。心が。
 また、ジョルーたちの願いを、この女性も一緒になって叶えてくれる、そう思えてくる。
 その困惑したように、だけど確固とした意志を持ちゆらめく瞳が、ジョルーにそう思わせる。
 この忌まわしき因縁を絶ちきるために。
 絶ちきれなくとも、よい方向へすすむように――。


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update:08/10/18