恋するマリオネット
(83)

「萌歌、わかっているね。君は俺の手をとり、そしてそのような姿でここにいる」
 ライヒは、にやりと、どこか陰湿に笑みを浮かべ、ベッドに埋まっている萌歌へ上体をずいっと近づける。
 ぎしり……と、不穏な音が鳴る。
 瞬間、萌歌の顔が険しくゆがんだ。
 そうこなくては、ライヒはおもしろくない。
 ライヒは萌歌の左肩においていた手をそのままずらし、今度は左手首をぎゅっとにぎりしめる。
 そして、そのまま、顔を萌歌の顔へ近づけていき、ふわりと、唇と唇が触れそうになった時だった。
「……いっ!?」
 ぐいんと顔をひきはなし、ライヒは顔を真っ青にしていた。
 どことなく、その額には脂汗がにじんでいるように見える。
 ベッドにしずめられた萌歌は、そこから、憎らしげにライヒをにらみつけている。
「……強情だね」
 はずみではなれた左手でみぞおち辺りをおさえながら、ライヒはひきつり笑いを浮かべる。
 どこか腹立たしそうで、自信たっぷりに。
 そして、まげられていた萌歌の膝をぐいっとおして、またベッドへしずめていく。
 どうやら、振り上げた萌歌の膝が、見事ライヒのみぞおちに炸裂していたらしい。
「信じられない。どうしてこんなことをするのよ!?」
 このような状況にあるにもかかわらず、萌歌はいたって強気にそう怒鳴る。
 多少呆れつつも、ライヒはけろりと言い切る。
「君が好きだから」
「はーいー!?」
 瞬間、すっとんきょうな萌歌の声が上がっていた。
 無理もない。
 一体、どこの世界に、未来の王妃――とりあえず、そういうことになっている――に横恋慕する馬鹿がいるだろう、どこの世界に。
 それに、ライヒは、フィガロットと萌歌が思い合っていることを知っているのに、まさかこのような軽はずみなことをするなど考えられない。
 だって、ライヒ自身も、殿下≠ニ呼ばれる身分にあるのだから。
 清々しいくらいにすっとんきょうな声を上げた萌歌に、ライヒの頬はさらにひきつる。
 その思いを伝えて、まさか、そのような反応をするとは……。
 なんと、情緒に欠ける、ムードに欠ける女性なのだろうか。
 ――まあ、そこもまた、悪くない。
「本当、俺も自分が信じられないよ。こんな気が強いだけの女をねー……」
 さきほどのみぞおち攻撃もあいまって、ライヒの嫌味にみがきがかかる。
 自嘲じみたように言っているけれど、それは間違いなく、萌歌に対する嫌味以外のなにものでもない。
 ……と、萌歌はとったらしい。
 売り言葉に買い言葉の如く、その喧嘩に受けて立つ。
「だったら、さっさとここから出してよ!」
 ベッドにおさえつけられているという、一見とても危険な状況にもかかわらず、萌歌は怖いもの知らずにも不満をあらわにする。
 ぶうっと頬をふくらませ、多少自由のきく両足を、不服そうにばたばたと上下に動かしている。
 その行動に、ライヒの目はさらにすわっていく。……あきれて。
「駄目だよ。君は、もう俺のものだから」
 だけど、ふいっとそれをかき消して、どこか艶かしく萌歌を見つめる。
 それから、右手一つに萌歌の両手首をおさめ、あいた左手を萌歌の頬にそっと触れさせる。
「あのねー……。言っている意味がわからないのだけれど?」
 こんな素敵にどっきどきな展開に発展させているというのに、やっぱり萌歌の反応はいまいちよろしくない。
 そこで慌てて、命……いやいや身の安全を請いでもすれば、かわいいものの……。
 これでは、ライヒの気分もなえてくる。襲い甲斐がない。
 だけど同時に、闘争心というか、おかしなやる気にも襲われてしまう。
 ライヒは意地悪げに、にやりと笑みを浮かべる。
「じゃあ、わからせてあげるよ」
 完全にライヒの目はすわっているかもしれない。
 挑発にまんまとのったように、ライヒはずいっと顔を萌歌へ近づけていく。
 そして、頬に触れている手をするりと落としてきて、萌歌の細い首にからませる。
「え……?」
 ぎしり……と、また不気味にベッドが鳴り、ライヒの顔が萌歌の顔に重なっていく。
 瞬間、萌歌の顔から、さあっと血の気が引いていく。
 ここにきてようやく、萌歌は自分が置かれた状況を理解したらしい。
 遅すぎるその理解に、ライヒは小さく苦く笑う。
 そして、すうっと目をとじていく。
 萌歌の目も、恐怖にぎゅっと閉じられた。
「はい、そこまでですよ、ライヒ」
 それと同時に、頭の上から、そのようなひょうひょうとした声が降ってきた。
「ラ、ランバート!?」
 ライヒはとじかけていた目をばっと見開き、ぐいっと頭をまわす。
 するとそこには、さりげなく激怒しているような微笑みを静かに浮かべるランバートが立っていた。
 ライヒの肩に、爪がくいこみそうなほど力を込め、ランバートの手がおかれている。
 次の瞬間には、ライヒはそのまま萌歌の上からどかされていた。
 どすんと、床にたたきつけられる。
「まったく、あなたの悪いくせですね。フィガロットさまのもの、何でも欲しがるのですから」
「な……っ。そ、そんなのじゃない!」
 腰を打ちつけたのか、その辺りを痛そうにさすりながら、ライヒはのっそり起き上がる。
 そして、ぎろりとランバートをにらみつける。
 ランバートは、ライヒへ妙に冷たい眼差しを送る。
 そこには、蔑んだような光すらこめられているよう。
 その二人の横で、萌歌はがばりと上体をおこし、少し乱れたバスローブの胸元をととのえる。
 それから、不思議そうに、不安そうに、二人へ視線を送る。
 ぎゅうっと、整えたばかりのそこを、両手でにぎりしめる。
 この状況に、まだいまいちついていけていないようにも見える。
「はいはい。ならば、それでもかまいませんから、萌歌さんを返してもらいますよ」
 そうおざなりに言い捨て、ランバートはちらりと萌歌へ視線を向ける。
 瞬間、萌歌の体が大きくびくんと震えた。
 それを気にもとめず、ランバートはさくさくっと萌歌の腕を握り、腰に手をあて、ベッドからおきあがらせる。
 とすんと床に足をついた時、萌歌の体がぐらりとゆれ、ランバートの胸の中へとぽすんと入っていった。
 同時に、弾かれたように、萌歌はそこから体をはなす。
 ランバートの顔が、おもしろくない笑みを浮かべる。
 とても恐ろしく、不気味にすら感じる。
 何しろ、萌歌がとったその反応は、まるで汚らわしいものから逃れるようだったから。
 まあ、実際、萌歌の中では、ランバートという神官は、いかがわしい存在と位置づけられているようだけれど。
 それに、萌歌にそのような反応をとられても、ランバートは文句を言えないだろう。至極当然だろう。
 だって、この神官は、彼を知る皆が口をそろえてそう言うように、くさりきっているから。


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update:08/11/25