恋するマリオネット
(84)

 とらわれの姫君はさっさと逃げてしまったけれど、一応はランバートに萌歌を奪還されたかたちになり、ライヒは怒りをあらわにする。
 胸倉をつかもうと、ライヒの手がランバートへずいっとのびる。
 その手をすげなくぱちんと払い落とし、ランバートは妙に冷たい視線をライヒへ向ける。
 そこには、蔑みと同時に、悲痛な光もこめられているように見える。
「ライヒ、いい加減にしなさい。あなたにもわかっているでしょう、フィガロットさまには萌歌さんが必要だということは」
「……あーもー。はいはい」
 ランバートのその言葉に、ライヒはなおざりにそう言い放つ。
 そして、ぼりぼりと頭をかく。
 どこか投げやりにすら見える。
 ……いや、そもそも、ライヒのこれまでの行動が、投げやりのようだった。
 このようなこと、たとえ上手くいったとしても――。
「あ、あの? ランバート? わたし、いまいちこの状況についていけていないのだけれど……?」
 いたたまれなくなったのか、おずおずと、うかがうように、萌歌がそう口をはさむ。
 ランバートはちらりと萌歌へ視線を移し、にやりと笑みを浮かべる。
「ああ、はいはい。あなたも、それでかまいませんから。さっさとこの部屋から出ますよ」
 ランバートは逃げた萌歌を再びその手にとらえ、ぐいっと引き寄せる。
 するともちろん、その腕の中から再び逃げようと、萌歌はわたわたもがく。
 よもや、ランバートは萌歌にここまで嫌われていようとは……。
 さすがのランバートだって、ちょっぴりくらいは傷つく。……わけはないけれど。
 嫌がる萌歌をどこか楽しむように、ランバートは意地悪に微笑む。
「はい。フィガロットさまからいただいた、大切な指輪でしょう?」
 そう言いながら、ランバートは一体いつライヒから取り返したのか、奪われていたあの指輪が再び萌歌の首にしゃらりとかけられる。
 ランバートは、萌歌の知らない間に、ライヒから指輪を取り戻していたよう。
 どうやら、この悪徳神官には、そっちの……犯罪の才能もあるらしい。
 まあ、もとから、詐欺とか脅迫とか、その辺りの犯罪の才能はあったけれど。
 そして、その笑みに悪寒を覚えたような萌歌を、ランバートはこの部屋の扉へぐいっとおしやる。
「う、うん?」
 さすがに、その目にもとまらぬ早業に、萌歌はしどろもどろにそう答えるしかなかった。
 萌歌を抱き寄せると同時に、ライヒの手からランバートの手へと、その指輪が渡っていたことになど、萌歌は当然気づいていない。
 ぐいぐいと背をおし、ランバートはせかすように萌歌を部屋から出していく。
 そして、萌歌が廊下へ出ると、時間がおしいとばかりに、さっさとぱたんと扉がしめられた。
 扉とその向こうのランバートの様子を、萌歌はどこか訝しげに見つめる。
 じっと、穴があきそうなほど、閉じられた扉を……。
 再び萌歌の胸元に戻ってきた指輪を、ぎゅっとにぎりしめる。


 しばらく扉に背をつけ、何かを考えるようにうつむいていたかと思うと、どこからか、こつこつと人が歩く音が聞こえてきて、萌歌はびくりと体を震わせた。
 そういえば、ライヒのおかしな行動とランバートの闖入ですっかり失念していたけれど、今の萌歌はあられもない格好をしている。
 まさか、このような姿で、誰かに見られるわけにいかない。
 そもそも、このような姿のまま、ランバートはよくも追い出してくれたもの。
 そう思うと、萌歌の中に殺気を含んだ怒りがふつふつとわいてくる。
 だからといって、再びこの扉の向こうへ殴りこみに行く勇気はない。
 ここは早々にこの場を去り、萌歌に与えられた部屋へ逃げ帰るが吉だろう。
 いつまでもここにこうしているわけにも、誰かにこの姿を見られるわけにもいかない。
 幸い、足音が聞こえて来るそちらの方向は、萌歌の部屋とは反対になる。
 きゅっと床を小さく鳴らせ角度をかえ、ぺたぺたと足音をたてながら、萌歌は逃げるようにそこを去っていく。
 すると、耳をすますようにして外の様子をうかがっていたランバートが、部屋の中で小さくにやりと微笑んだ。
 ライヒも、それに合わせるようにこくんとうなずく。
 どうやら、萌歌のその行動など、ランバートとライヒにはお見通しだったらしい。
 そして、これから二人が話すことは萌歌には聞かれてはならないことというように、萌歌がこの場を去ったことを確認し、ようやく再び口を開きはじめる。
「……馬鹿ですね。どうしてあのようなことをしたのです?」
 ふうっとたっぷりため息をもらし、ランバートはすっと椅子をひく。
 そして、そこにどすんと腰をおろす。
 すると、ライヒもじっとランバートを見つめながら、無言のまますぐ横のベッドにぼすっと大きく座る。
「まあ、いいですけれどね。けれど、これ以上かき乱さないでくださいよ」
 何も答えようとしないライヒに、さもそれが当然の反応というように、ランバートはため息まじりに続けてそう言う。
 それから、ちらりと、窓の外へ視線を向ける。
 ちょうどこの部屋は一階になっており、風にゆれるカーテンの向こうには庭園が広がっている。
 そこの景色の中には、七色に輝く蝶も数多飛んでいる。
 普段から、この庭にはぽつりぽつり飛んでいるけれど、萌歌が現れてからはその数をいちだんと増したような気がする。
 気がする……ではなく、誰の目に見てもそれは明らか。
 かさりと、風にでも揺れたのか、葉ずれのような音が静かに聞こえる。


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update:08/12/01