恋するマリオネット
(85)

「……くそっ。わかっているよ」
「あなたも厄介ですねー。フィガロットさまが大好きなのに、だけど、萌歌さんまで好きになってしまうなんて」
「うるさいっ」
 ランバートは嫌味たらしく両肘をテーブルにつき、その手の上にぺとりと顔をのせる。
 そこから、にたにたと意地の悪い笑みを、ベッドに腰かけるライヒへ流す。
 瞬間、当然のように、はき捨てるようなライヒの言葉が返る。
 ライヒはふいっとランバートから視線をそらし、苦々しげに窓の向こうに広がる景色をにらみつける。
 レースのカーテンが、ライヒを嘲笑うように優雅に揺れている。
「諦めなさい。このことはフィガロットさまには黙っていてあげますから。幸い、萌歌さんは気づいていないようですし?」
 くすくすっと、ランバートが楽しそうに声をもらす。
 それは、ライヒの報われぬ恋を笑うのではなく、萌歌の鈍さっぷりを笑っているように見える。
 伏目がちなその目が、優しく細められている。
「お前、俺をいじめて楽しいか!?」
 ライヒは窓の外へ向けていた顔をぐりんとまわし、いまいましげにランバートをにらみつける。
 するとランバートは、それにこたえるように、やはり腹立たしいくらいの清々しい笑みをライヒへ向ける。にっこりと。
「楽しいですよー? もちろん」
「これだから、俺はお前が嫌いなんだ!」
 ライヒはぼふんと拳をベッドにひとつ沈め、ぶるぶるふるえる。
 もちろんそれは、ランバートへ対する怒りのために。
 少しでも気を抜けば、ライヒはこのままこのくされ神官に殴りかかってしまいかねない。
「でも、わたしはあなたが大好きですよ。たった一人の弟ですしねー」
 そのような、必死に怒りをこらえるライヒに油を注ぐように、ランバートは愉快に爽やかにきっぱり言い切る。
「大迷惑だ!」
 そう言い放つと、ライヒは上体を勢いよくベッドへ沈めていく。
 そして、そのすぐ後から、しずしずとすすり泣くような声が聞こえてきた。
 どうやら、ライヒは心の底からそう思っているに違いないよう。
 もちろん、そのようなライヒを見て、この上なく愉しそうに、上機嫌に笑うのは、ランバートしかいない。
 くすくすくすと、爽快な笑い声が風に運ばれ、庭へともれていく。
 がさがさっと、少し強い風に揺られたような葉ずれの音がした。
 同時に、ひらひら揺れるカーテンの向こうに、何か人影のようなものが見え隠れする。
 ……いや、見え隠れしていた。
 それは、葉ずれの音とともにそこから消えていたから。
 ふわりと、品のない妙に甘い香りが、部屋の中へ流れ込んでくる。
 その香りに不愉快に顔をゆがめ、ランバートはふうっと細い息をもらす。
「それにしても、よくやってくれましたよ」
 それにぴくりと反応し、ライヒも何事もなかったようにけろりとした顔で、のっそりと上体を起こしてきた。
 むしろ、それは、けろりではなく、げろりという顔だったかもしれない。
 蔑むような眼差しを、ランバートへ注いでいる。
「いけしゃあしゃあと、何を言っているんだよ。お前がやれと言ったのだろう?」
 ライヒが、今度はあおむけにベッドへ上体をしずめていく。
 そこから、ぼんやりと天蓋を眺める。
「まあ、そうですねえ。もう、わたしがたきつけてもさっぱりですから」
 やれやれと肩をすくめ、ランバートが椅子からすっと立ち上がる。
 そして、ゆっくりとベッドへ歩み寄っていく。
 ライヒはごろんと体を転がし、ランバートへ向ける。
「それは、お前の信用がさっぱりないからだ」
 ベッドに寝転がるライヒのすぐ横に、ランバートはすっと腰を下ろす。
 そしてそこから、ふうっとライヒを見下ろす。
 その目には、どこか艶かしく、怪しげな光がこめられている。
 それに気づき、ライヒの頬の筋肉がひくりとひきつる。
 それから、またごろんと体をころがし、今度はうつむけになる。
 ライヒは、じっとランバートを見上げる。
「まあ、これくらいしないと、あのお嬢ちゃんは自分の気持ちに素直にならないだろうけれど?」
 にやりと、どこか意地悪にライヒが微笑む。
 それに倣うように、ランバートもにやりと微笑む。
 ライヒ以上に、意地悪く。
「だからって、好きはないですよねー、好きは」
 それから、やはり嫌味っぽく、くすくす笑い出す。
 瞬間、ライヒの顔がぼんと真っ赤にそまり、顔をベッドに勢いよくうずめた。
「ああ、もう、うるさいよ! 俺だって、いくらフィガロットのためとはいえ、恥ずかしくて仕方がないんだよ。穴があったらそのまま入りたいよ」
 悲鳴に似た、ライヒのくぐもった叫び声がもれる。
 ランバートはやはり楽しそうにライヒを見下ろす。ふわりと、その髪を静かになでながら。
 ライヒを見つめるランバートの目の奥に、優しい微笑みを宿している。
「では、さくさくっと掘ってあげますから、入ります?」
「絶対に嫌だ。お前のことだから、その上から土をかけて埋めるだろう?」
 がばりと顔をあげ、ライヒは断固拒否の意志表示。
 ランバートをにらみつけるその目が、恐怖におののいて……いやいや、汚らわしいものでも見るように曇っている。
「……くすくす。さすがは、わたしのかわいい弟。よくわかっているではないですか」
 ランバートはやはり楽しそうに言いながら、ぐしゃぐしゃとライヒの頭をなでていく。
 もちろん、それは、犬猫をかわいがるようなものではなく、嫌がらせだということがじわじわとにじみでている。
 むしろ、犬猫をかわいがるようになでてくれた方が、よほど腹の虫は静かのように思える。
 たとえ、動物扱いだとしても。そちらの方が、間違いなくまし。
 ばちんと音を鳴らし、なでるランバートの手をたたき、ライヒは再びがばりと上体を起こした。
 そして、その勢いのまま、ランバートの胸倉をぐいっとつかむ。
「わからないわけがないだろう。お前はくさりきっているからな」
「お誉めに預かり、光栄」
「……けっ」
 やはりにっこりと楽しそうに笑うランバートに、ライヒはどっと疲れを覚える。
 はき捨てると当時に、乱暴に胸倉から手をはなしていた。
 この悪徳神官には言い返すだけ無駄だと、早々に諦めたらしい。
「それにしても、とても素晴らしい演技でしたよ。助演男優賞をさしあげましょう」
 背を向けるライヒの肩にするりと腕をまわし、ランバートはそのまま一気に引き寄せる。
 不意打ちのそれに、抵抗する間もなく、情けないことに、ライヒはあっさり引き寄せられ、ランバートの肩にこつんと肩があたる。
「どうせなら、主演がいい」
 瞬間、ライヒの顔からさあっと色が失せるものの、何事もなかったようにあらぬ方向を眺めながら、どこかすねたようにぶっきらぼうにそうつぶやく。
 すると、ランバートは楽しそうにそれに答える。
 もちろん、その言葉の内容は、ライヒに追い討ちをかけるもの。
「それは無理ですよ。主演はフィガロットさまなのですから」
 当たり前のように想像できてしまっていた言葉が返って来て、ライヒはげんなりと肩を落とす。
 そのために、不本意ながら、まるでランバートの胸にもたれかかるような格好になってしまった。
 やっぱり、ことごとく、限りなく、ライヒはおもしろくない。
 このようなくされ外道に思うように扱われているなど。
「あー、もう、はいはい。助演でけっこうですよ」
 ライヒは投げやりにそう言い捨てる。
 ライヒの頭の上で、ふふふと不気味に笑う男の声が聞こえる。
 ずるずるずるーと、ライヒの体から力が奪われていく。
 呆れすぎてしまったために。
 本当に、どうしようもなく、ライヒの兄はくさりきっている。


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update:08/12/07