恋するマリオネット
(86)

 なまぬる風が城の庭に吹いている。
 すぐそこに海があるため、普段から潮を含んだ風が吹き、べとべとするような気がするけれど、今日の風はとりわけ嫌なぬくもりを運んでくる。
 ギリッシュは風を体いっぱいに受けながら、空へすっと顔をあげた。
 やはり、今日の天気はいまいちよくない。
 雲が重く垂れ下がり、暗い色をしている。
 ふいに、ギリッシュの耳に怒声が聞こえた。
 振り返り見れば、向こうから重臣たちがどすどすと乱暴に歩いてきている。
 その集団は、この美しい花々が咲く庭には似つかわしくない。
「ええいっ、忌々しい、あのわがまま王子めっ。ちょこまかと逃げまわりおって!」
 お腹がでっぷりでたいかにも気難しそうなおじさんが、そうはき捨てる。
 すると、すかさず、ひょろりともやしのようなおじさんが、あごに立派にたくわえたひげをなでながら、陰湿な目でお腹でっぷりのおじさんへ不気味な視線を流す。
「まあまあ、落ち着きなされ。そうかりかりしてもはじまらぬだろう」
「だからといって、平静でなどおれるものか! これは、この国の存亡にかかわることぞ!?」
 もやしおじさんの言葉に、ぶちんと、何かが――理性がぶっちぎれたように、狂わんばかりに、お腹でっぷりおじさんが叫び散らす。
 ぷんすか怒るお腹でっぷりおじさんを、もやしおじさんは馬鹿にするように見る。
 すると、そのもやしおじさんの向こう側から、顔色の悪い河童のようなおじさんがひょこりと顔をだしてきた。
「たしかに、それは……」
 そして、ぼそぼそと、口ごもるようにつぶやく。
 もやしおじさんの鋭い眼差しが向けられると、ひっと小さく悲鳴をあげ、河童おじさんはしゅるしゅるしゅるーと塩をかけられたなめくじのように身を縮ませていく。
 それを確認し、もやしおじさんは満足そうにふんと鼻を鳴らす。
「儀式を穢すことなど許されないのだ!」
 その向こう側では、変わらず、お腹でっぷりおじさんが憤っている。
 その時だった。
 お腹でっぷりおじさんが、前方に、ぽけっとこちらを眺めるさえない男を見つけた。
 それは、近頃、あの憎らしい王子のそばで見かけるようになった男だった。
 これまでは、城の地下にこもり、何やらいかがわしい実験のようなものをしているという認識しかお腹でっぷりおじさんにはなかった。
 時折、陽のあたるところで見かけることもあったけれど、それは雑草を愛しそうにいじっている、そのような根暗な姿だけだった。
 それが今、王子の側近くにあり、このような庭園に姿を置いている。
 はっきり言って、お腹でっぷりおじさんとしてはおもしろくない。不愉快。
 しかし同時に、ひらめいてしまった。
 これはもしかして……うまく使えば、いい手ごまになるかもしれない。
「おい、おぬし。おぬし、たしか王子の側近だったな!?」
 ぼんやり庭を眺める男へどすどすと歩み寄り、お腹でっぷりおじさんは乱暴にそう声をかける。
 すると、ぼんやりしていたその男は、はっと我に返り慌てて礼をとる。
「え……? あ、はい。い、いえっ。わ、わたしは、薬師にございます。ですから……」
「ああ、そうか。例の薬で呼ばれているだけなのだな」
 ぴんと何かをひらめいたように、納得したように、お腹でっぷりおじさんはうなずく。
「は、はい。そのようなところで……」
 さえない男は、慌てて返事をする。頭は変わらず下げたまま。
 その頭を見下ろすように、お腹でっぷりおじさんはにたにたと嫌な笑みを浮かべる。
「そうか。ならば、おぬし、王子の近くに控えることもあろう。何か……耳にしてはいまいか?」
「え……?」
 さえない男の頭がはじかれたようにさっと上がり、不思議そうにお腹でっぷりおじさんを見つめる。
 同時に、ともにやってきていたもやしおじさんと河童おじさんの顔も、まじまじ見つめる。
「そう、どのようなことでもいい、どのようなことでも……」
 すると、もやしおじさんも陰湿ににやりと笑みを浮かべた。
 そして、一歩、詰め寄るようにさえない男へ近づく。
 ずりっと、男の足が一歩後退した。
 それに気づき、もやしおじさんは、楽しそうに、そして不気味に口のはしをあげる。
「例の娘に関することでもいい。何かないか……?」
 やはり、さえない男は不思議そうに首をかしげている。
 しかし、ここにそろった三人のおじさんたちは、それぞれこの国の要となるおじさんたちということはわかるらしく、ぷるぷると頭をふって意識をどこかに集中させる。
 それから、ふと何かに気づいたように、さえない男はぽろりとその口を開く。
「そういえば……儀式で選ばれたのではないと、たしか萌歌さんが……」
 男はそこまで言って、瞬間ばっと口を両手でふさいだ。
 それから、おろおろと怯えたような目で、うかがうように三人のおじさんたちを見つめる。
 三人のおじさんたちを目に入れた瞬間、その男の顔からさあっと色がひいていった。
 どうやら、男は口をすべらせてはならないことを言ってしまったらしい。言ってはならないことを言ってしまったらしい。
 おじさんたちに、いい証拠、証言を与えてしまった。
 そのことに今さらながらに気づき、男は生きた心地がしないような顔をしている。
 もちろん、口をふさいだとて、その時にはすでに遅かった。
 重臣たちは血相を変え騒ぎ出していた。
 口々に、王子とその妃に選ばれた偽物の娘をののしる言葉を叫ぶ。
 それは、とうてい国を担う者たちから出るべきではない、呪わしい言葉だった。汚らわしい言葉だった。
 その様子を見て、さえない男――ギリッシュは、一人そっと不気味に笑みを浮かべる。
 にたりと、企みがうまくいったように。


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update:08/12/13