恋するマリオネット
(94)

「まあ、フィガロットさまが王位を捨てても、他の王族が継げばいいだけの話ですしね。ただ、その力が、直系でないゆえに格段に落ちるというだけで。王族の中には、王位を望む変わり者もいます」
 やれやれと肩をすくめ、ランバートはふうとため息をはきだす。
 まるで、その変わり者≠スちを馬鹿にするように。
 たしかに、王位につけば、ある程度の贅をつくすことができるだろう。
 だけど、それと引き換えにした代償は大きすぎる。
 贅をきわめたところで、余りあるほどの代償。
 それをわかっていないなど、同じ王族として吐き気がする。反吐が出る。
 これだから、この国は腐りきっているというのだ。
 その点、萌歌は他の国の者なのに、ちゃんとフィガロットの思いに気づいている。
「そういうものなの……?」
 怪訝に、萌歌が顔をゆがめる。
 それが信じられないというように。
 たしかに、萌歌には信じられないだろう。
 萌歌は、こちら……フィガロットやランバートサイドの人間なのだから。
 まあ、そのように仕向けたのは、ランバートなのだけれど。
「そういうものですよ。そもそも、神に自らの運命を託すなど、馬鹿げたことです。自らの運命は、自らで切り開いてこそ価値があるというもの。――そうなった時はそうなった時。自らの運命を受け入れることもまた強さです」
 どこか冷めたような目をして、ランバートはやはりたんたんとそう語る。
 くさっているとばかり思っていたこの神官は、そのようなことを考えていたのかと、萌歌の目からうろこがぽろりと落ちてしまう。
 裏切り者だとののしられている彼らの方こそ、きっとまともな考えを持っているのだろう。
 知れば知るほど、ここにいる四人の男たちを、萌歌は愛しく感じてしまう。
 愚かしいほどに馬鹿正直に生きる、愛すべき男たち。
 ――彼らの力になりたい。
 ううん。本当は、彼らではなく、彼の、あなた≠フ……。
 あなたがいるこの国で、あなたのために、一体何ができるだろう?
 何かできることはないだろうか?
 その思いばかりが、ぐるぐると萌歌の頭の中をめぐる。
 めぐるばかりで、よい案などまったく浮かんでこないけれど。
 ……もどかしい。
 すぐ横にあるフィガロットの険しい顔を、萌歌はちらりと見る。
「……って、そう言っている本人が、がむしゃらに拒んでいるくせに」
 ぼすんと不遜にソファに身をあずけるライヒが、ぽつりとつぶやいた。
 もちろん、そのつぶやきに気づかないほど、ランバートは耳ざとくなくはない。
「わたしは、運命などとは思っていませんからね」
 くるんと振り返り、ランバートはライヒににっこり微笑みかける。
 すると、ライヒは目を見開き驚いたようにランバートを見つめ、そしてくしゃりと顔をくずした。
 嬉しそうな、だけど泣きそうな顔をしている。
 その顔はまるで、欲しかった答えがようやく得られたようだといっている。
 事実、ライヒはランバートからのその言葉を欲していたのかもしれない。
 選ばれたからと、最高神官などというものを従順にしていると思っていた。
 だけどそれは、ランバートは運命だと諦めていたからではなかったらしい。
 自らの生き方を、諦めたわけでは。
 苦しいくらいに、ライヒの胸が熱くなる。
 諦めて欲しくはなかったから。その心を。
「……ははは。さすがは、悪徳神官」
 ライヒはぷいっと顔をそらし、そう悪態をつく。
 すると、ライヒの視界のはしで、ランバートが一瞬、優しい笑みを浮かべたような気配がした。
 ずずんと、ライヒの体の中から熱いものがこみあげてくる。
 だけど、それを必死におさえこむ。
 その熱いものを外へはきだすことは、ライヒのプライドが決して許してくれない。
 そのような恥ずかしいこと、できるはずがない。
 それにそれは、このムカつく兄を調子づかせることになるだろう。
 それこそ、許せるはずがない。
「でも、だからって、やっぱり黙っていられない!」
 ライヒが熱いものをようやくなだめ落ち着かせると、フィガロットの腕の中からそのような憤りの声が上がった。
 同時に、フィガロットの体が多少乱暴に突き飛ばされていた。
「って、ちょと待って。萌歌……!!」
 フィガロットの体が弾かれた拍子に、萌歌はそこから飛び出し、そして駆け出していた。
 フィガロットがそう叫んだ時にはすでに、萌歌の手が扉にかけられていた。
 さあと、フィガロットの顔から色が失せていく。
 無茶にも、無謀にもほどがある。
「やれやれ……。ここまでじゃじゃ馬だったとは……」
 呆れたように、だけど楽しそうにそうつぶやき、ランバートはぽりぽりとこめかみ辺りをかく。
「ランバート! 落ち着いていないで追いかけるぞ! 今萌歌を一人にすると危険だ!」
 瞬間、フィガロットの鋭いにらみがランバートへそそがれた。
 そして、開けられた扉から飛び出た萌歌の後を、慌てて追いかける。
「もちろんわかっていますよ。――行きますよ、ライヒにジョルー」
 ふざけていた顔をきっとひきしめ、ランバートもやはり鋭い視線を二人へそそぐ。
「……はい!」
 すると、ジョルーもまた鬼気迫った様子で、叫ぶようにそう答えた。
 ライヒは無言で立ち上がり、こくりとうなずく。
 そして、ランバートとともに部屋を駆け出て行く。
 たしかに、今萌歌を一人にすると、その命にかかわるほど危険なことになるだろう。
 どこから、萌歌の命を狙い、しかけてくるとも知れない。
 理性を失った人間ほど恐ろしいものはないと、彼らは身に染みて知っている。
 人の命を犠牲にしても、自らの命を守ろうと。
 だけど、そのような醜い生き物だとわかっていても、最後にはそのような人間を守ろうとしてしまうのも事実。
 それは、フィガロットに、幼い頃より植えつけられてきた王族という意識が、そうさせるのかもしれないけれど。
 いまだにその葛藤には抗えないけれど、ゆずれないものさえゆずらなければ心は救われると萌歌が言ったから、それがフィガロットの誇りとなる。強さとなる。
 萌歌にああは言ったけれど、フィガロットは王位を捨てることはないだろう。
 フィガロットが王位を捨てることにより、他の犠牲者が出るとわかっているから。
 どうしても、この不器用な生き方はやめられない。
 駆ける萌歌の後を追い、フィガロットは一人そう胸に秘めていた。


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update:08/02/04