恋するマリオネット
(95)

 しばらく駆け、萌歌が勢いよく中庭へ飛び出した時だった。
 目の前に、群れをなすようにして迫る男たちが現れた。
 皆一様に険しい表情を浮かべている。
 そして、その男たちは、飛び出すと同時に萌歌を見つけ、さらに顔を険しくしてずんずん歩み寄る。
 瞬間、萌歌の体はびくりとふるえ、そこでぴたりと足をとめてしまった。
 彼らには、逆らえない何かが、威圧感があった。
 とても禍々しい気を放っている。
 追いかけてきていたフィガロットが、気おされる萌歌に気づき、慌てて駆け寄ろうとする。
 そのままにしていては、間違いなく萌歌に危害を加えられる。
 そのようなこと、フィガロットが容認できるわけがない。
 フィガロットは駆ける速度を増そうと、体に勢いをつけた。
 その時、フィガロットの腕がぐいっとひかれた。
 勢いよく振り返り非難のにらみを向けると、フィガロットの腕をつかんだその男は、「しっ」というように唇にそっと指を立てた。
 フィガロットが怪訝な視線を向けると、肩がぽんとたたかれる。
「お前は出るな。ここは俺にまかせろ」
 そう言って、ライヒがフィガロットの横をすっと通り過ぎていく。
「いいですから、フィガロットさまはここで我慢をしていてください」
 憎らしげにライヒをにらみつけるフィガロットに、ランバートがそう静かに耳打つ。
 ランバートの向こうには、こくんとうなずくジョルーの姿も見える。
 悔しそうに唇をかみ、フィガロットはランバートの腕を乱暴にふりはらう。
 それから、ぷいっと顔をそむけ、ライヒが向かうそこへ視線を向ける。
 あわれなほどに、その顔が悲痛にゆがんでいる。
「萌歌殿といったかね? わかっているね、君の存在はこの国の国民すべての命を奪う危険なものだということを」
 紳士ぶってそう告げているけれど、その顔は、その態度は、そしてその語調は、決してそのようなものではない。
 男は汚らわしいものを見るように、萌歌へ視線をそそいでいる。
 自らの欲望に、生命に、貪欲に生きる動物にしか見えない。
 恐らく、この男は重臣の一人だろう。
 また、その内容は、一国の要人のものとは思えないひどいものである。
 それは、貶めることのみで考えられた、醜悪な言葉。
 いい大人が寄ってたかって、一人の女性を追い詰めようとしている。
 たとえ、はかれているその言葉がわからなくとも、あふれ出るその雰囲気から、萌歌にも伝わってしまう。
 それがどれほど残虐な言葉かということくらい。
「そ、そんな……」
 言葉もわからないのに、萌歌は思わずそう声をもらしていた。
 じわりと、目に涙があふれてくる。
 悔しくて。言い返せない自分が、とても悔しくて。
 しかし、それで攻撃をやわらげるほど、この男たちは情け深くない。
 容赦なく、言葉も通じない相手を攻め立てる。
 いや、言葉が通じないからこそ、口汚くののしる。
「いいか、大量殺戮をしたくなければ、即刻この国から立ち去れ!」
 男の一人がくわっと目を見開き、凄まじい形相で萌歌をにらみつける。
 その迫力に気おされ、萌歌の足がじりっと後退する。
 がくがくと、その体が大きくふるえはじめてしまった。
 それは、果たして、恐怖からなのか、悔しさからなのか。それとも――。
「おいおい、それはちょっといただけないんじゃないか? あんたたち」
 萌歌がその迫力にひるみそうになった時だった。
 肩がぽんとたたかれ、そのような言葉がもたらされた。
 同時に、支えるように、萌歌の両肩が抱かれる。
 触れたその手は、とても優しい。守るように萌歌を包んでいる。
「ラ、ライヒ殿下!?」
 萌歌を支えたその人物が現れると同時に、それまで攻め立てていた男たちが明らかな動揺の色を見せた。
「聞いていれば、好き放題言いやがって。萌歌は何も悪くないだろう。むしろ被害者だ。むりやりこの国にとどめられ、訳がわからないことで口汚い言葉をはかれているのだから」
 ぎろりと男たちをにらみつけ、ライヒはきっぱり告げる。
 そして、萌歌をぐいっと抱き寄せる。
「おいで、萌歌。このような奴らといては、君が汚れてしまう」
 くるりと踵を返し、ライヒは男たちへ背を向ける。
 それから、先ほど飛び出してきた建物へ萌歌を促す。
「ラ、ライヒさん……?」
 ライヒに抱き寄せられ建物へ促されながら、萌歌は戸惑いがちにライヒへちらりと視線を向ける。
 するとライヒは、まっすぐ前を見つめたまま、ささやくように、だけどきっぱり言い切る。
「あのような奴らの言うことなど聞かなくていいよ。大丈夫、君はフィガロットを思っていればそれでいい」
 ライヒは多少強引に萌歌を連れ、先ほど出てきた扉へすたすた歩いていく。
 そこには、不安げに、苦しげに、そして憎らしげに、こちらをにらみつけるフィガロットがいることを確信して。


 男たちにかこまれ一人責めたてられる萌歌を苦しげに見つめていると、突如背後から声がかかった。
 フィガロットが振り向くと、そこにはこの国の重臣たちの姿があった。
 どれもこれも、普段よく見る、不快な顔ばかり。
 しかも、フィガロットが振り返ると同時に、まるで罵声を浴びせるように、話し合う価値などないとばかりに、重臣たちは詰め寄る。
「王子、あなたは神聖な儀式を穢すおつもりですか!?」
「掟は守らねばなりません。王の力を守るためにも!!」
 一方的に責めたてる重臣たちから守るように、ランバートがフィガロットの前へ一歩足を踏み出す。
 けれどそれを制し、フィガロットは逆にランバートを一歩下がらせる。
 怪訝に顔をゆがめ非難するように見つめるランバートを、フィガロットは涼しい顔で受け流す。
 すると、ランバートが苦しそうに顔をゆがめた。
 その横では、ジョルーもまた、悔しそうに握った拳を小さくぶるぶる震わせている。
 最も苦しい立場にあるはずだろうに、そのような状況下でも、フィガロットは王子として、彼に仕える者を守ろうとしている。
 それが、ランバートとジョルーの胸をしめつける。
 自らその罵声の面にたったフィガロットを、重臣たちはいまいましげににらみつける。
 普段へらへら笑っている王子のことだから、大人しく最高神官やら護衛の陰に隠れると思っていたのだろう。
 それが、罵声の中、王子然として自らその矢面にたってきた。
 これを憎らしく思わないはずがない。
 その姿はまるで、責められる要素など自分にはないと言っているように見えるのだから。
「勝手は許しませんよ! 早急に儀式を仕切りなおしてください」
 ずいっとまた一歩迫り、狂うように重臣の一人が叫ぶ。
 それにつづき、他の者たちも口々に叫びはじめる。
 それは、フィガロットには聞くにたえないものだった。
「まったく、あのような娘にたぶらかされて。王族ともあろう方が、なんと嘆かわしい!!」
「萌歌は関係ないだろう! わたしが一方的に欲しただけだ!」
 かっと見開いた目に炎をたぎらせ、フィガロットは食い殺さんばかりの勢いで叫ぶ。
 一瞬、重臣たちがひるんだような気配がした。
 しかし、次の瞬間には勢いを取り戻し、いまいましげにフィガロットに詰め寄る。
「黙らっしゃい! とにかく儀式です。ランバート殿、儀式の準備を!!」
 そして、フィガロットの後ろに控えるランバートをぎろりとにらみつける。
 また何かを叫ぼうとしたフィガロットを、ランバートが無言でとめた。
 ぐいっと、その口を手でふさぐ。
 ジョルーも慌ててフィガロットの前へ躍り出る。
 今にもつかみかかりそうなフィガロットをとめるように。
 ランバートとジョルーの間で、フィガロットは悔しそうにもがく。
 フィガロットはどのように言われてもかまわないけれど、それが萌歌を貶めるようなことになれば黙ってなどいられない。
 萌歌は悪くないのだから。悪く言われる所以などないのだから。
 すべては、フィガロットのわがままからはじまったこと。
 そして、そのわがままを、萌歌も、ここにいるランバートやジョルーたちも、受け入れてくれた。
 だから、責められるべきはフィガロットだけであって、他の者を悪く言わせたりなどしたくない。
 フィガロットはぎりりっと奥歯をかみしめ、ふいっと視線をそらす。
 その高ぶる感情をぶつけるように、フィガロットは自らの姿が映る憎らしいくらいよく磨かれた床をにらみつける。
 どうすることもできないこの状況が、悔しくてたまらない。


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update:09/02/13