恋するマリオネット
(99)

 きらきらきらきらと、陽の光を照り返し輝く水面。
 ほとりには白い東屋がある。
 そして、広がる色とりどりの花々。
 どこからともなく七色に光る蝶が数多やってきて、たわむれる。
「萌歌さん……」
 ライヒに抱かれ腰かける萌歌を、ジョルーが苦しげに見つめている。
 あの後、フィガロットとランバートが重臣たちに連れられて行った後、ジョルーは邪魔をしないようにと監禁されそうになったけれど、それをどうにか逃れ、萌歌たちの後を追ってきた。
 フィガロットの後を追いたかったけれど、そうしては本末転倒になってしまう。
 ならば、もう一人、守らねばならない相手のもとへ駆けるのは、至極当たり前のことだろう。
 そうして、花々にうずもれるようにしてやるせなくそこに座り込む二人を、ジョルーは見つけた。
 それで、ジョルーはすべてを理解できてしまったように思えた。
 ライヒは、萌歌の思いにひきずられてしまったのだろう。
 フィガロットを深く深く思う、萌歌の思いに。
 ついこの間まで、あれほど嫌がっていた女性が、これほど深くフィガロットを思うようになるなど……。
 あの時は、半信半疑だった。
 そして、ついに萌歌がフィガロットを受け入れたあの時もまだ不安があった。
 だけど、今の萌歌を見ていると、その思いは間違いなく本物だと思える。
 思えるから、同時に、やり場のない感情が沸き起こってくる。
 本当に、これでいいのか……?と。
 いいはずがないだろうに。いいはずがないのに。
「……今は、泣かせてやれ」
 ぎゅっとさらに萌歌を抱きしめ、ライヒは首を小さく横にふる。
 そして、困ったようにジョルーを見る。
 ジョルーもまた、小さく肩をすくめる。
 だけど、浮かぶその表情は、さらに苦しみを深めてしまった。
 萌歌は、フィガロットのために、自ら辛い道を選んだことがわかる。
 声を殺しライヒの胸の中で泣く萌歌へ、ジョルーはふわりと手をのばしていく。
 その髪に触れ、優しくなで、なぐさめたいと思ってしまった。
 やわらかな萌歌の黒髪に、その指がふれようとした時だった。
 降り注ぐ太陽、きらきら光る水面、いろとりどりに咲き誇る花々、そして飛び交う七色蝶、この場にあるすべての輝くものが、一度にその輝きを放ったような強い光がはじけた。
 目をくらますその光は、次の瞬間には、淡い淡い優しい光となり、萌歌を包んでいた。
「え……?」
 同時に、ライヒとジョルーは声をもらす。
 すると、次の瞬間、抱きしめるライヒの腕の中から、触れるジョルーの指の先から、萌歌のその姿が消えてなくなっていた。
 一瞬のできごとだった。
 次に、それにはっと気づき、がばりと二人、顔をあわせる。
 目をこれ以上ないというほど見開き、ぽかんと口を間抜けに開けている。
 その額からは、つうっと一筋の雫が伝い落ちてくる。
 萌歌が消えると同時に、この辺り一帯を舞っていたたくさんの七色蝶の姿も、ぱたりと消えていた。
 ぽけらっと呆けた次の瞬間、何かに気づいたように、ライヒははっと体を震わせる。
 そして、何かを納得したようにこくりとうなずくと、あきれたように、だけど楽しそうに、どんと背をもたれかけていく。
 目の前にぬぼっと立つジョルーに、目障りだからここへ座れと、手招くように自らのすぐ横をちょいちょいと指し示す。
「……ああ、もうっ、嫌になるなー。ムカつくなー。あのくされ外道の言っていたことが本当になっちゃったよ」
 そして、はき捨てるように言う。
 すると、ジョルーもはっと我に返り、こくりとうなずくと、言われるままライヒの横へどすっと腰を下ろす。
「そうですねー……。それよりも、わたしは殴り倒してやりたいですけれどね。すべてが、あの悪徳神官の企みによるものだったと思うと……」
 ジョルーは、ふうっと大きなため息をもらす。
 それから、ちらりと横のライヒへ視線を流し、やれやれと肩をすくめる。
「そうそう。本当に殺しても殺したりないくらい憎らしい男だよな。よりにもよって、あの噂をしかけた張本人が――」
「嫌だと言ったら、言うことを聞かないと、死ぬより恐ろしい目にあわせると、清々しく微笑み脅してくるのですから……」
 ぐっと拳をにぎりしめ、いまいましげに語るライヒにつづけ、まったく同じ振る舞いで、ジョルーもそう続けた。
 そして、二人、ばっと顔を見合わせ、同時にどっと背をもたれかける。
「ああ、もう。どうしてくれようっ!」
 このよく晴れ渡った大空へ叫ぶ。
 べちんと、やはり同時に額に手をあてる。
 まさか、このような茶番が、ここまで成功してしまうなど思っていなかったと、そう心から叫ぶように。
 背をもたれかけたそこから、どこか遠い目をして、ライヒはなげやり気味に語っていく。
「あの悪徳神官は、今頃ほくほくだろうなー。予想外にギリッシュが活躍した時も、嬉々としていたし」
「……ええ。ギリッシュの行動は、たしかに予定外でした。しかし、それが奏効してしまうなどとは……」
 ジョルーも、ライヒに倣うように、広い広い青空をぼんやり見つめる。
 そして、二人、同時に盛大にため息をもらす。
「世の中、絶対間違っているよな」
 空から視線をゆっくり戻してきて、ライヒはちらりと横のジョルーへ注ぐ。
 すると、ジョルーもすっとライヒへ視線を流し、疲れたようにうなずく。
「――はい。間違いなく」
 それから、また顔を見合わせ肩をすくめると、困ったように、だけど嬉しそうに、くすくす笑い出した。
 笑いすぎて目に涙がにじんでしまうじゃないかと、どこの誰とも知れない相手を非難しつつ。
 あまりにも馬鹿らしくて、だからこそおかしくて、二人は次第にお腹がよじれるほど笑ってしまっていた。
「萌歌さんは、まことフィガロットさまの運命の乙女ですよ。わたしにはわかります」
 いつだったか――この計画を告げた時、ランバートがライヒとジョルーにそう言っていた。
 それが、皮肉にも今納得することになるなんて……。
 だって、目の前で消えた、腕の中から一瞬でいなくなった萌歌は、間違いなく今頃は――。


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update:09/03/28