星降る夜にあなたと
(1)

「おやめなさい」
 人々でにぎわい、活気あふれる街に、その声が研ぎ澄まされたように響いた。
 初夏のさわやかな陽光を背負い、凛とした一輪の花のようにそこに立つ少女が一人。
 十にも満たない幼女の髪を引っ張り上げ、痛がるその子を嘲笑う二人の男を、少女――セレスティナは見下ろすようににらみつけている。
 それに気づいた街行く人々が、不安げにちらちら視線を送り、面倒なことに関わりたくないとさっとそれをそらす。
「ああ? なんだ、ねーちゃん、お貴族様のお嬢様の出る幕じゃないんだよ。関係ない奴は引っ込んでな」
 嘗めるように顎をしゃくりあげながら、男の一人がセレスティナにずいっと詰め寄る。
「この餓鬼からぶつかって来たんだ。俺らは、ジョーシキを教えてやっているだけだ」
 もう一人の男が、ぐんとさらに幼女の髪をつかみ引き上げた。
 同時に、幼女から悲痛な声がもれる。
 セレスティナは、幼女の髪をつかむ男の手に手を重ね、ぎりっと力を込める。
「常識を持ち合わせていないのはあなた方でしょう。子供相手に大の大人が二人。恥を知りなさい」
「言わせておけば調子に乗りやがって!!」
 セレスティナの手をぱんと弾き、男は乱暴に幼女を突き飛ばした。そして、懐から小刀を取り出し振り上げる。
 まわりで様子をうかがっていた者たちから、小さく悲鳴がもれた。
 さすがにこれだけの騒ぎを王都の中心で起こせば、いやでも目につく。
 いやでも目につくが、誰もそこに介入しようとはしない。
 たとえ、幼い少女がいかにも柄が悪そうな男たちに絡まれていようと。
 それが、賢い大人というもの。
 下手な正義感は、自分の身を危険にさらす。
 そう、たとえば、今小刀を突きつけられているその少女のように――。
 しかし、セレスティナはすぐ目の前で鈍く光る刃を突きつけられても、動じる様子はない。
 怯むことなく、まっすぐ、その小刀を見据えている。
 うろたえる様子のないセレスティナに、小刀を突きつける男は明らかな苛立ちを見せる。
「ふざけやがって! この尼がっ!!」
 そう叫び、小刀がセレスティナへ向けて振り下ろされた。
 瞬間、セレスティナの体は、何かあたたかくやわらかなものに包まれていた。
 何事かとセレスティナは目をしばたたかせた。
 ふと見下ろした足元で、男が二人、のたうちまわっている。
「まだ続けますか?」
 思考が止まってしまったセレスティナの頭に、冷たく言い放つその声が飛び込んで来た。
 ばっと顔を上げると、すぐそこに、太陽に溶け込むようにして、男二人を蔑むように見下ろす青年の顔があった。
 よくよく見ると、その青年が、セレスティナを守るように抱き締めている。
 どくんと、弾け飛び出しそうなほどセレスティナの心臓が驚いた。
 びくんと、セレスティナの体が大きく跳ねる。
 一瞬の出来事の記憶をたどると、男の一人は足払いを受けたようにどさりと倒れ込み、一人は剣を収めたままの鞘の先で鳩尾をぐんと突かれ倒れ込んだ。
 今セレスティナを抱き寄せるその青年が、この二人を一瞬のうちに倒していた。
 そう、それは、セレスティナを抱き寄せると同時に行われていた。
 セレスティナはもう一度、ちらりと抱き寄せる青年を見る。
 胸の中から見上げた顔は、日の光を浴び、とてもまぶしい。目が眩みそうになる。
 抱き寄せられる胸から、何かよい香りが漂う。
 セレスティナは、ただただ、何が起こっているのかわからず、この状況に身を任せることしかできない。
「畜生ー!! 覚えていろよ!!」
 そして、次に聞こえた男のその叫びによって、セレスティナの思考はようやく一気に引き戻された。
 見れば、男二人は、ふらつきながら人々の向こうへよろよろ走り去っていく。
 それを見届け、青年は鞘を腰へ戻した。
 それから、セレスティナを支えたまま、地面に尻餅をついたままの幼女をひょいっと助け起こす。
「大丈夫かい?」
 幼女はきょとんと青年を見ると、目元をぐいっと拭い、にこっと笑った。
「うん、ありがとう、お兄ちゃん!」
「どういたしまして」
 青年がにこやかに答えると、幼女は満足したようににいっと笑う。
 そして、セレスティナの袖をぐいっと引く。
「お姉ちゃんもありがとう」
 そう言うと、手を振りながら幼女は去っていく。
 どうやら、怪我などはしていなかったよう。
 その様子を見届け、取り囲んでいた人々も、ばらばら去っていく。
 そしてすぐに、もとの活気あふれる街に戻る。
 セレスティナは驚きに目を見開き、照れたふうに上気する頬を両手でおさえている。
 幼女の言葉が嬉しかったのだろう。
 助けに入ったはいいけれど、結局何もできなかった。それでも幼女は、セレスティナの行為を認めたから。幼女はセレスティナにも助けられたと認識していたから。
 余計なお節介でも、役立たずでもなかった。
「君も大丈夫?」
「え?」
 はっとして、セレスティナは頬から手を放す。
「ええ、何とか。助かりました」
 セレスティナは青年からさっと目をそらし、ますます頬が上気していくのを必死に誤魔化そうとする。
 あらためて、男性の腕の中にいたことに気づき、一気に羞恥心が沸き上がった。
 ふと気づくと、刃物を向けられたことより、抱き寄せられたことに胸がどきどきしている。
 恋人でもない、見ず知らずの男性に抱き寄せられるなど、これほど恥ずかしいことはない。穴があったら入りたい。
 恥ずかしさに爆発してしまいそうなセレスティナに気づき、青年は小さく肩をすくめる。
「ところで、君……」
「わかっていますわ。女のくせに、とおっしゃりたいのね」
 それまで頬を染めていたことが嘘のように、セレスティナはすうっと顔を引き締め、青年にさっと冷たい視線を流した。
 その顔は、軽蔑するような、うんざり顔のようにも見える。悔しげに、さっと顔をそらす。
 どうやら、その言葉より、セレスティナのこのような無茶は、今にはじまったことではないらしい。
 これまでも何度も行い、そしてそう言われてきたのだろう。女のくせに≠ニ。
 青年は一瞬驚いたようにセレスティナを見て、くすりと小さく笑う。一度首を横に振った。
「いいや。まあ、たしかに、危ないことをするのはどうかと思うがね。けれど、困っている者に手を貸すことに、男や女は関係ないだろう?」
「……え?」
 セレスティナは弾かれたようにばっと顔を上げ、不思議そうに首を傾げた。
 かと思うと、肩をすくめ、くすりと小さく笑いつぶやく。
「……おかしな人」
「よく言われるよ」
 青年はにっこり笑い、うなずいた。
 どことなく嬉しそうに、セレスティナはくすくす笑っている。
 青年の細めた茶色の目に、その姿を映している。
「ところで、チェスタートン伯爵のお屋敷を知らないかな? この辺りだと聞いて来たのだけれど……迷ってしまったようで」
 ばつが悪そうに、青年がセレスティナに問いかける。
 セレスティナはぴたりと笑いをやめ、目を見開いたかと思うと、すぐにおだやかな笑みを浮かべた。
「それでしたら、当家ですわ」
 すると今度は、青年が驚いたようにセレスティナを見つめ、どこか得意げに笑う。
「これは驚きました。何かに導かれているようですね」
 訝しげに首をかしげるセレスティナへ、青年はすっと手を差し出す。
「はじめまして。私は、アーヴィン・グリーンフィールド。あなたが私の婚約者ですね、セレスティナ・チェスタートン嬢」
「……はい?」
 瞬間、セレスティナの思考も、そしてめぐる世界の時間もぴたりと止まった。


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update:10/10/01