星降る夜にあなたと
(2)

「……破産、ですって?」
 王都の中心に近い、貴族の屋敷が並ぶ一角。
 城を囲むようにして、貴族階級が住まう区画が王都の街にはいくらかある。
 この屋敷も、そのうちのひとつ。南地区の要となっている。
 一際美しい、茨の花に包まれた屋敷として知られている。
 ゴードン・チェスタートン伯爵邸。
 人々はその屋敷を、時に茨城(いばらじょう)と呼ぶ。
 その茨城の一室から、世にも醜く汚らわしい言葉でも口にしたかのように、重く低い声がもれた。
 窓の外に広がる茨の花が、せせら笑うように風に揺れている。
「……ああ」
 そのすぐ後に、悲愴感漂う声が続く。
 一気に応接間の空気が地の底に落ちた。
 セレスティナは、目の前に座るチェスタートン伯爵――セレスティナの父親を蔑むように見る。
 ゴードンは長椅子に浅く腰掛け、うなだれている。ちらちらと、セレスティナの様子をうかがうように、遠慮がちに視線を泳がせる。
 セレスティナはひとつ深呼吸し、静かにつぶやいた。声がどことなく震えている。
「聞いていませんわよ」
「だって、言っていないもん」
 瞬間、セレスティナはばっと立ち上がり、その勢いのまま、目の前のゴードンの胸倉をつかみ上げていた。
「どの口がそのようなふざけたことをおっしゃっているのかしら!?」
 そして、ぎちぎち締め上げていく。
 震える声は、抑えようのない怒りのためだった。
「まあまあ、落ち着いて」
 父親を締め上げるセレスティナの手が、なだめるようにぽんぽん叩かれる。
 その手の持ち主は、先程街で出会いセレスティナを助けたアーヴィン。
 この応接間に通され、セレスティナとゴードンの様子をうかがっていた。
「これが落ち着いていられますか! それに、借金とあなたとの婚約のどこにつながりがあるというのです!?」
 セレスティナはアーヴィンの手を乱暴に振り払うと、びしっと人差し指を突きつけた。
 怒りいっぱいを込めアーヴィンをにらみつけたかと思うと、ぱっと顔をそらした。
 そして、再びゴードンに向き直り、今度はその首に両手をかけた。
 ゴードンをにらみつけるセレスティナの目が、不気味に鈍く光る。
 セレスティナの静かなる殺意を察知し、ゴードンの顔からさっと色が失せた。
「あ、そこにいっちゃう?」
 アーヴィンがあははと愛想笑いをしながら、けろりと言い放った。
 どうやら、目の前で繰り広げられる殺人直前の場面は気にしていないらしい。
 首にかけた手はそのままに、セレスティナはゴードンからさっと顔をそらしアーヴィンをにらみつける。
「いっちゃいます! どういうことか、微に入り細を穿ち説明していただこうじゃない!?」
 かと思うと、再びゴードンを射殺さんばかりの勢いでにらみつけ、その首にかける手にぎちぎち力を込めていく。
 セレスティナの敵は二人。どちらも相手にしなければいけないので、忙しない。
 セレスティナの剣幕に、ゴードンはすっかり観念してしまったように、息絶え絶えにけれど慌てて答える。
「それが、大いにあるんだよ。お父様、事業で失敗しちゃってね、莫大な負債を抱えてしまったんだよ」
「やっぱり」
「ええ!? や、やっぱりって!?」
 ゴードンのその説明を聞き、セレスティナは軽蔑するように視線を流し、妙に落ち着いた様子でつぶやいた。
 ゴードンが驚きに目を見開き、すっとんきょうな声を上げる。
 セレスティナのその反応はまったく予想できていなかったのだろう。
 たしかに、先程までの剣幕からして、今のセレスティナの落ち着きようは十分驚きに値する。
 落ち着いているというよりは、呆れを通り越してすっかり諦めているといった方が正しいかもしれないけれど。
 セレスティナのゴードンを見る目は、まるでどぶ川のへどろを見るよう。
「だから、向いていないから、はじめから手を出すなと言ったのよ」
「いやまあ、それはそうなんだが……」
 悟ったようにゴードンを見下ろすセレスティナを、ゴードンはおろおろした様子で見上げる。
 ちらちら見るセレスティナの冷めた目の奥に煮えたぎる怒りの炎を見つけ、ゴードンは恐怖に震え上がる。
 普段は慎ましくたおやかで、理想的な令嬢と謳われるセレスティナだけれど、ひとたび怒らせると地獄の沙汰よりも恐ろしい。
 セレスティナは本当は誰よりも激しい気性の持ち主で、とりわけ父親の駄目っぷりは容赦なく叩き潰す。
 理想的な令嬢はあくまで表向き。良家の令嬢として、そう振る舞っているにすぎない。
 セレスティナは震え上がる父親にすっかり戦意を奪われたように、面倒臭そうに首から手を放した。同時にどんとゴードンの胸を押し、椅子の背もたれに突き飛ばすことも忘れていない。
 びくびく震える相手を締め上げても面白くない。
「それで、大方、借金の(かた)に娘を差し出すとでもおっしゃったのかしら?」
「ご名答」
 怯えるゴードンを見下ろしながら、セレスティナは言い放つ。
 すると即座に、横からアーヴィンが楽しげに答えた。
 瞬間、再びセレスティナの雷が落ちる。
「ふざけるんじゃないわよ!!」
 そう叫ぶと、セレスティナは、今度は横でにっこり笑うアーヴィンに勢いよく振り向いた。
 そして、びしっと人差し指を突きつける。
「それに、あなた。あなたも、このような下劣な申し出を受けるんじゃないわ!!」
 セレスティナは今にも噛みつかんばかりの勢いで、アーヴィンに迫る。
 狼ににらまれた兎のようにふるふる震えながら、ゴードンが恐る恐るセレスティナをとめようと手をのばす。
「いや、そうではなくて……。借金を立て替えるかわりに、セレスティナにはグリーンフィールド卿の恋人の振りをして欲しいと言われてなあ。それでお父様、つい」
「つい、ですって……?」
 セレスティナは、ゴードンのびくびくのばす手を乱暴に叩き払う。
 それから、妙に禍々しい気を発しながら、セレスティナはゴードンの頭をがしっとつかんだ。
 殺意に満ち満ちた瞳を輝かせ、セレスティナはにっこり微笑んでいる。
 ゴードンの頭に、セレスティナの指がぎちぎち食い込んでいく。
 ゴードンから声にならない悲鳴がもれる。
 さあどうして料理してあげようかしら、このうすらばか親父をとにらみつけるけれど、セレスティナはふと気づいたようにさっとアーヴィンを見る。
「え? でも、恋人の振りって、それじゃあ、婚約というのは……」
 セレスティナの探るような瞳を受け、親子の攻防戦をのんびり見学していたアーヴィンはにっこり微笑んだ。
「ああ、それも振りで」
 瞬間、セレスティナの肩ががくんと落ちた。
 何のことはない、ただ恋人の振りだった。
 婚約者とか言うから、セレスティナは頭が真っ白になってしまっていた。
 しかし、婚約者とはまた大袈裟に出たものである。
 出会ってすぐにそのようなふざけたことを言うから、おかしなことになる。
 はじめから、恋人の振りをして欲しいと言っていれば、セレスティナもこれほど怒りはしな――いや、それでも怒っていた。
 たとえ振りだとしても納得はできない。
 何故そのようなことを求めるのかがさっぱりわからない。何の意味があるのだろう?
 そして、ゴードンがアーヴィンに、セレスティナを売り飛ばそうとした事実は変わらない。
 とにかく、いろいろなことがあまりに浅慮で呆れてしまう。
「馬鹿らしい。ならば、他をあたってもらって。お父様は、ご自分でどうにかしなさい。自分で蒔いた種は自分で回収しなさい。このようなお馬鹿、甘やかしていたら切りがないわ。破産というなら自業自得、どんと来いよ」
 セレスティナはアーヴィンを見ようともせず、ゴードンを片手で締め上げたまま、もう一方の手をひらひら振り追い払おうとする。
「いや、それが、この話はお父様が申し出たことだから、その……断れないんだ」
 締め上げるセレスティナの手に、ゴードンがちょんと触れる。
 ゴードンは首を傾げて甘えるようにセレスティナを見る。
 瞬間、セレスティナの瞳が、再び禍々しくきらめいた。
「殺す、殺してやるわ、このような馬鹿親父、細胞ひとつ残さずに消してやる!!」
 セレスティナは両手をゴードンの首にかけ、一気に力を込めた。
 駄目駄目親父のおねだりほど、怒りを煽るものはない。
 せっかくこのような馬鹿馬鹿しいことに関わらずにすむと思った矢先、この大馬鹿親父はまたふざけたことを言う。これはもう殺しても殺し足りないくらいに憎い。
 セレスティナは思いの丈すべてを込め、ゴードンを殺しにかかる。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:10/10/11