星降る夜にあなたと
(3)

 憤るセレスティナの様子を見て、アーヴィンはやれやれと肩をすくめる。
「まあまあ、落ち着いて」
 セレスティナの手にそっと手を触れ、止めようとする。
 さすがに、このまま放っておいたら、本当にゴードンを殺しかねないと思ったのだろう。
 セレスティナはかっと目を見開き、ぎろっとアーヴィンをにらみつける。
「これが落ち着いていられますか! 信じられない、自らすすんで娘を売り渡すなんて!!」
 ゴードンの首にかけるセレスティナの手を引き離し、アーヴィンは微苦笑を浮かべる。
 多少強引にでも引き剥がさないと、本気でゴードンの命が危ない。
 別にこれほどの駄目親父なら、ゴードンの命など惜しくはないが、みすみすセレスティナを親殺しにすることもないだろう。殺人を見て見ぬ振りをすることはまずいだろう。
「でもまあ、私も恋人の振りをしてくれる女性を探していたことは本当だし、賭けに負けた以上、ちゃんと立て替えるよ」
「はあ、賭け、ですって!?」
 セレスティナはあんぐりと口を開け、アーヴィンを凝視した。
 その拍子に、セレスティナの手からするりと力が抜け落ちた。
 よりにもよって、このふざけた取引は、ふざけたことがもとになっていた。
 ようやくセレスティナの手が首から放れ、ゴードンは一息つく。
 再びゴードンの首へ向かわないように、アーヴィンはセレスティナの両手を両手できゅっと握り締める。
 それから、まっすぐセレスティナを見つめる。
「ええ、君のお父君が賭けの勝者で私が敗者。賭け金だけでは負債のすべてはさすがに賄えず、そこで不足分はあなたに一肌脱いでいただこうとなりました」
 アーヴィンは首を傾げ、セレスティナの様子をうかがう。
 アーヴィンに握られた手に、へなへなへなーとセレスティナの頭が落ちていく。
 そして、そこから、疲れ切ったように、ちらっとアーヴィンを見上げた。
「それで、どうして侯爵様ともあろうあなたが、偽の恋人など求めていらっしゃるのかしら?」
 セレスティナが疑わしげにアーヴィンを見る。
 疑わしくもあり、鼻で笑っているようでもある。
 冷静に考えれば、何から何まで胡散臭い。
 そもそも、グリーンフィールド侯爵家といえば、名門中の名門。
 そこの当主ともあろうグリーンフィールド侯爵が、偽りの恋人を求めるなど、あまりにも滑稽すぎる。愚の骨頂。
 これでは、裏がある、疑ってくれと言っているようなもの。
 そのようなものをころっと信じるほど、セレスティナは馬鹿でも世間知らずでもない。
 じっとりにらみつけるセレスティナに、アーヴィンは忌ま忌ましいまでにさわやかに微笑んだ。
「寄ってくる女性がうっとうしいからね。恋人でもいれば、簡単に追い払えるかと思ってね」
 セレスティナは、思わずあんぐり口を開けてしまった。
 裏があるとは思ったが、まさかこういう理由だとは……。
 いや、この理由自体、本当かどうかは限りなく怪しいところだけれど。
 何よりも、暗闇で刺されても文句を言えないようなことを、清々しく言い放つその神経が素晴らしい。
 馬鹿だ、馬鹿すぎる。三国一の大馬鹿者。ゴードンよりもさらに上をいく馬鹿がここにいた。
 グリーンフィールド侯爵といえば、たしかに社交界でよく耳にする名。女性たちが騒いでいる。
 女性たちが群がるというのも、嘘ではないだろう。だからといって、ここまでさわやかに調子に乗れるものだろうか?
 ……なんだかとっても、心底呆れ、腹が立つ。
 これでは、好青年など真っ赤な嘘、とんだ食わせ者ではないか。
 呆気にとられるセレスティナを見て、アーヴィンは何かに気づいたようにぽんと手を打った。
「まあ、それもありますが」
「他にもあるの!?」
「ええ、親族が持ってくる縁談を断るために」
「そちらが本命なのじゃない」
 さわやかに言い放つアーヴィンに、セレスティナはがっくり肩を落とした。
 結局は、そういうことだったらしい。
 縁談が面倒で、セレスティナを恋人に仕立て上げ、厄介払いをしたいと。
 どちらかといえば、そちらの方が納得ができる。しかし、寄ってくる女性がうっとうしいというのも、きっと本音だろう。
 さわやかに言い放った目は、どちらも嘘はついていないように見えたから。
 セレスティナはあまりもの脱力感に、へなへなとくずおれ、ぼすんと椅子に倒れ込んだ。
 そして、ぐったり肘掛にもたれかかる。
 アーヴィンはおかしそうにくすりと笑った。
「ご存知ですか? あなたは、社交界でとても人気があるのですよ」
「……へ?」
 いきなりのアーヴィンの言葉に、セレスティナは思わず目を点にする。
 何を言い出すかと思えば、そのような脈絡がないことを言うのだから無理もない。
 これまででも散々呆れ疲れ果てているのに、さらに鞭打つようにそのような突拍子もないことを言い出して……。
 言うに事を欠いて、そのような嘘だとまるわかりのことを言うなど、セレスティナを馬鹿にしているのだろうか?
 セレスティナの記憶では、とてもではないけれど、人気があるなど思えない。そう振る舞った記憶も、仕向けた記憶もない。
 夜会に出るたびに、男性だけでなく女性にまでも、セレスティナはいつも遠巻きにされている。好奇に満ちた目で見られている。
 話しかけようとすると、何故か皆頬を赤らめ、慌てて逃げていく。
 それで、よくも人気があるなどと嘘を言えるもの。
「チェスタートン伯爵令嬢ならば、私の恋人として申し分なく、文句をつけようがありません。あなた以上の適任者はいません」
 げんなりするセレスティナの両手を取り、アーヴィンは有無を言わせぬようににっこり笑った。
 しっかり握るアーヴィンの手は、簡単には振り払えそうにない。
 まっすぐ見つめ、逃がさないぞと言っているその目が不気味で恐ろしい。
 セレスティナの思考が、さらさらさらと音を立てて流れて消えていく。
 もう何も考えられない。――考えたくない。
「ああもう、どいつもこいつもっ!!」
 思わず、怒りにまかせ、セレスティナはそう叫んでいた。
 仮に、恋人の振りをするのは仕方ない、諦めたとしても、セレスティナの意思など関係なく、こうも強引に事をすすめられてはやはり面白くない。そう、何より、セレスティナの自尊心が納得できない。
 それにしても、いくら表向き理想的な令嬢だとしても、本性を知ってなお、セレスティナに恋人役を依頼するとは、アーヴィン・グリーンフィールドという男は、相当変わっている。
 たしかに、セレスティナは適役かもしれないけれど、この親子のやりとりを見て、それでもいいとは……。一体、何を考えているのだろうか?
 何よりも、このようなとんちんかんな取引をしようという時点で、普通の思考ではないのだろう。
 しかも、このセレスティナの災難を楽しんでいるふうであるから、憎らしい。


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update:10/10/20