星降る夜にあなたと
(4)

 セレスティナがあの後もう一度ゴードンを締め上げたけれど、結果は変わらなかった。
 商才もないのに調子に乗って事業を立ち上げたあげく、呆気なく失敗して莫大な負債を抱えて終了。
 昔からゴードンは抜けたところがあるとは思っていたけれど、セレスティナの予想をはるかに越えてうすらばかだったらしい。
 きっと、セレスティナの死んだ母親も、このろくでなし親父に相当苦労させられたのだろう。
 セレスティナは今、ひしひし感じている。
 結局、アーヴィンの嘘の恋人役云々はうやむやのまま、話は中断してしまった。
 諦めて、父親の負債のために恋人の振りくらいすればいいとはわかっているけれど、どうにもセレスティナの心はそれを許さなかった。
 簡単といえば簡単だけれど、偽りの恋人という言葉はセレスティナの胸をぎゅっと締めつける。
 受け入れてもいいかなと思いが傾いたら、心臓がえぐられるように痛んだ。
 そうして、決断ができないまま、気づいた時には宵の口になっていた。
 そこで、ゴードンのすすめもあり、アーヴィンはチェスタートン邸に泊まることとなった。
 そうなると、客人(一応)と夕食を共にとることになり、セレスティナは渋々同席した。
 そして、人生最後の晩餐のように重苦しい空気に満ちた食事が終わると、早々に自室へ戻っていく。
 とりあえず、一晩じっくり、もう一度考えることにした。
 結局のところ、いくら考えてもセレスティナに与えられた答えはひとつしかないとわかっていても、可能な限り抵抗を試みる。
 セレスティナがゴードンの尻拭いをしなければいけないというところに、どうにもひっかかりを覚える。なかなか納得できない。
 ありったけの嫌味とともに、恩を売ってやる。
 怒りをあてつけるため退室の挨拶もせず、食堂を出ようとした時だった。
 セレスティナの手が、ぐいっと引かれた。
 振り返ると、どこか淋しげで、神妙な顔をしたアーヴィンがいた。
「少し外へ出ませんか? 今夜は星がとても綺麗なので」
 セレスティナは思わず、アーヴィンを見つめてしまった。
 アーヴィンは、まるですがるようにセレスティナを見つめている。
 セレスティナはふるっと小さく首を振り、ゆっくりうなずく。
「ええ、よろしいですわ。わたしもうかがいたいことがありますので」
 そうして、おろおろと二人の様子を見るゴードンをおいて、共に食堂を出ていく。
 使用人たちも、さすがにあの葬式のような食事風景を目にしているだけに、不安げに二人を見送っている。
 ゴードンに指示を受けているのか、誰も二人に関わろうとしない。


 夜の帳に浮かび上がる茨の庭をのぞむ露台(テラス)に出ると同時に、夜風がセレスティナの長い髪をさらさら揺らし、アーヴィンの頬を冷たくかすめていった。
 そろそろ初夏の頃を迎えようとしているけれど、風はまだ冷たい。
 アーヴィンは羽織っていた上着を脱ぎ、セレスティナの肩に着せかける。
 セレスティナは慌てて断ろうとしたけれど、それはアーヴィンにやんわり制された。
 仕方なく、セレスティナはそのまま素直にその行為を受けることにした。
 セレスティナの頬に触れる上着の襟が、肩をすっぽり包む服が、あたたかい。
 風の香りよりも強く、よい香りが――アーヴィンの香りがする。
 どこかで嗅いだことがあるような、それでいて嗅ぎ慣れたような、不思議な香りがする。
 セレスティナは思わず、そのままその香りに頬をうずめそうになる。
「わあ、本当に綺麗。まるで、星が降っているみたい」
 知らずに香りに気を取られていることに気づき、慌てて顔を上げると、たしかに満天の星。
 競うように、星々が自らの輝きを主張している。
 セレスティナの頭の中は偽りの恋人のことでいっぱいで、今夜は空を見上げる余裕すらなかった。
 けれど、こうして見上げてみると、夜空には数多の星が輝いている。
 すぐ上には、流れ出しそうな天の川(ミルキーウェイ)
 今にもそれらすべてが降ってきそうなほど、力強く輝いている。
 セレスティナは、露台においた籐の椅子にアーヴィンを促す。
 思わず星に見とれて、本題を忘れるところだった。
 今宵、セレスティナがアーヴィンの誘いを受けたのは、聞きたいことがあったから。これを聞かなければ、とりあえず今は敵の男と二人きりになった意味がない。
 星の多灯式吊下げ灯(シャンデリア)の下、セレスティナとアーヴィンは並んで椅子に腰掛けた。
 風に遊ばれ頬にかかる髪を、セレスティナはさっと掻き上げる。
「聞いていいかしら?」
 セレスティナはうかがうように、アーヴィンをちらりと見る。
 セレスティナの金の長い髪が目の前でふわふわ揺れ、アーヴィンはすっと茶色の目を細め、静かにうなずいた。
「先程はああ言っていたけれど、嘘の恋人を求める本当の理由は何? うちの父親は平気で娘を売っちゃうようなろくでなしだけれど、あなたはそうは見えないわ」
 一気にそう問うと、セレスティナはじっとアーヴィンを見る。
 すると、アーヴィンは少し考えたかと思うと、すっと口の端を上げた。
 先程は、ゴードンと同じようにアーヴィンのことを散々言っていたけれど、どうやらセレスティナはしっかり見るところは見ていたらしい。
 果たして、ゴードンとは違うと見たセレスティナの目は、正しかったのかどうかは、アーヴィンにもわからないだろう。
 しかし、思いの外買い被られていることに、アーヴィンの胸は少しあたたかくなる。
 やはり、アーヴィンの見る目は間違っていなかったらしい。
「そうですね……。しかし、残念ながら、女性対策というものは本当です」
 明らかに、セレスティナの顔がゆがんだ。
 どうやら、本当にセレスティナはアーヴィンを買い被っていたようで、この時までもその答えが返ってくるとは思っていなかったのだろう。
 もっと違った、もっとまともな、もっと納得がいく答えがあると、信じていたのだろう。
 セレスティナの顔には、少しの失望の色がにじんでいる。
 何故、そこまでセレスティナはアーヴィンを買い被るのか、アーヴィンにはわからない。
 けれど、セレスティナにはわかる。
 昼間、はじめて会ったあの時、買い被るだけのことをアーヴィンは言っていた。
 人助けをすることに、男も女も関係ない。その言葉が、どれだけセレスティナを勇気づけたか――。
 まさか、その言葉を告げることができる者が、このようなふざけた取引を持ち掛けるとは思っていなかった。
 セレスティナは納得がいかないのか、疑わしげにアーヴィンをじっと見る。
 アーヴィンは思わず、小さく苦く笑ってしまった。
 どこか諦めたように、細い息を吐き出した。
 すっと、空を流れる満天の星へ視線を向ける。
「私もそろそろ身を固める年頃ですしね、立場上、いろいろなところから縁談が持ち込まれるんです。それに、寄ってくる女性は皆、明らかに私の地位と財力が目当て。私は、どうしてもそれらの女性に好感が持てないのです」
 アーヴィンは眉尻を下げ、再びセレスティナに視線を合わせた。
 セレスティナのまっすぐで澄んだ眼差しに根負けしたのだろう。
「ああ、それは納得。男性を値踏みし盛り上がる女性たちの輪って、わたしもどうしても馴染めないもの」
 セレスティナはこくりとうなずく。
 どうやら、そのような簡単な答えで、セレスティナはあっさり納得したらしい。
 セレスティナにはきっと、どのようなもっともらしい言葉より、たったひとつ、本音だけが必要だったのだろう。
 まあ、たしかに、縁談を断るためや、寄ってくる女性を排除するためというよりは、そういう女性が苦手と言った方が、理解はしやすいだろう。
 アーヴィンも、案外あっさり受け入れたセレスティナに少し驚きの色を見せている。
 セレスティナへと、少しだけ上体を動かした。
「何より、私は一緒になるなら、心から愛し合える女性とがいいのです。当主として、それではいけないと、叶わぬ望みだとはわかってはいますが、どうしても願わずにはいられないのです。いつか決断しなければならないその時まで、もう少しの間だけ夢見ていたいのです」
 アーヴィンはどこか切なそうに、すがるように、セレスティナを見つめる。
 セレスティナの胸が、ちくりと痛む。
 どうやら、それが、アーヴィンの本当の思い。偽りの言葉の中に隠された、本当の言葉。
 それを望むのは、ごくごく当たり前のこと。
 けれど、貴族である限り、望んではいけないこと。
 そのような平凡なことが、アーヴィンだけでなくセレスティナも望めない。
 政略のため、愛し合う人とは一緒になれないことが、世の常。貴族の常識。
 なんと純粋で澄んだ願いなのだろう。
 それは、セレスティナが望むことを忘れていた願い。
 そのようなことを聞かされたら、セレスティナはもう諦めるしか、決断するしかない。
 セレスティナは思わず、肩にかかったアーヴィンの上着をきゅっと握り、見つめた。
「申し訳ありませんが、しばらくの間、私のわがままにおつき合い願えませんか?」
 ばつが悪そうに、けれどまっすぐ、アーヴィンはセレスティナを見つめる。
 セレスティナは探るようにアーヴィンを見つめ、そしてすっと口元をゆるめた。
「わかったわ。心から愛し合える人と……。素敵ね。その考え方、わたし、嫌いじゃないわ」
「ありがとうございます」
 満天の星の中に溶け込むように、セレスティナの微笑みが輝く。
 アーヴィンは、まぶしそうにその星を見つめる。


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update:10/10/30