星降る夜にあなたと
(6)

 王都の中心部から少しはずれたところに、セレスティナとアーヴィンの姿があった。
 そこは、中央に大きな池を持つ庭園になっている。
 貴族、庶民関係なく人々が集い、憩いの場となっている。
 園内にはぽつりぽつりと休憩所、食事処などがあり、娯楽施設の様相も同時に見せている。
 貴族、庶民関係なくといっても、貴族の令嬢であるセレスティナは、ここには来たことがない。
 まず、わざわざ来なくとも、庭園を楽しむだけなら自邸で十分間に合う。
 セレスティナは、薔薇の迫持(アーチ)の門をくぐり、庭園に足を踏み入れると、思わず目を見開き眺めまわしていた。
 王宮の庭園なら何度も行ったことがあるし、そういうものだろうと思っていたけれど、まったく違った。
 王宮のようにいかにも作られた庭ではなく、自然を上手い具合に取り入れ、よく調和がとれている。
 そして、何より、本当に、貴族、庶民が関係なく、人々でにぎわっている。
 あちらの喫茶処で仲睦まじく茶を楽しむ老夫婦がいると思えば、そちらの池では小舟(ボート)を浮かべる恋人たちがいる。
 かと思えば、すぐ横を、元気に駆けていく子供の姿。
 城下の街でもよく目にする風景が、ここにそのままある。
「アーヴィンは、ここによく来るの?」
 セレスティナはアーヴィンをじっと見上げる。
「いや、私も数度しか来たことがないよ。けれど、セレスティナに楽しんでもらえそうなところと考えると、ありきたりだけれどここになったんだ。セレスティナははじめて?」
 アーヴィンは優しげに微笑み、すっとセレスティナの手をとる。
 そうして二人、ゆっくりと池の周りの小道を歩き出す。
 緑を豊かにたたえた木々の間から、木漏れ日が差し込んでくる。
 その厳しくもなく、けれど少なくもない、絶妙な光加減が、目にも肌にも、そして心にも気持ちいい。
「ええ。存在は知っていたけれど、少し遠いし、来たことはなかったの。これほどにあたたかな場所だったのね」
「どうやらお気に召したようでよかったよ。セレスティナにがっかりされたらどうしようかとびくびくしていたんだ」
「またまたー。慣れているでしょうに。女性を避けたいと言うくらいだから、相当おもてになっているんでしょう?」
 怯えて見せるアーヴィンに、セレスティナは意地悪くにっと笑う。
「言うようになったねー」
「わたしは、元からこうよ」
 アーヴィンは、予想外のセレスティナの反撃に、くすくす楽しげに笑う。
 セレスティナはむっと頬をふくらませた。
「ああ、たしかに。昨日のセレスティナの剣幕はすごかったなあ」
「な、なによ。そうとわかっているのに、それでも今回のことを依頼したのはあなたでしょう。嫌なら今すぐやめてもいいのよ」
「それは困るな」
 とんとアーヴィンの胸を押し、セレスティナは非難じみた視線を投げ掛ける。
 するとアーヴィンは、大仰に肩をすくめてみせた。
 セレスティナは、諦めたように大きく息をひとつ吐き出す。
 困ると言いつつ、アーヴィンの目の奥は、楽しそうにゆらめいている。
 すなわち、まったく困ってなどおらず、今のこの会話すら楽しんでいるのだろう。
 女性に慣れているとはわかっていたけれど、それだけでなく、実に食えない男のよう。
 まあ、偽の恋人計画を持ち掛けるくらいだから、腹に一物もニ物も抱えているだろうとは容易に想像がつくけれど。
「でも、そうだね。セレスティナははじめて目にした時から、まっすぐな人だからね」
 アーヴィンはセレスティナの腕をぐいっと引き、すぐそこの木へ促した。
 セレスティナの背が、とんと木の幹につく。
 アーヴィンの片手はしっかりセレスティナの手を握り、もう一方の手は木に触れている。
 セレスティナにかかる木漏れ日が、アーヴィンのかたちの陰となり遮られる。
 アーヴィンは、微笑をたたえセレスティナを見下ろしている。
 いきなりのアーヴィンの行動に、セレスティナは不思議そうに見つめる。
「それは、嫌味? 嫌味を言うならもうつき合わないわよ」
 アーヴィンのまっすぐな視線を避けるように、セレスティナはぷいっと顔をそむけた。
 すると、アーヴィンは木に触れていた手をセレスティナの頬に触れ、ぐいっと自分の方へ向かせる。
「あまりいじめないでよ」
「いじめているのはあなたよ」
 セレスティナは非難たっぷり込めて、アーヴィンをにらみつける。
 それから二人じっと見つめ合ったかと思うと、ぷっと吹き出していた。
 互いの額と額が触れ合う距離で、気づけばくすくす笑い合っていた。
 剣呑な言葉をかわしているはずなのに、胸はまったくぎすぎすしていない。
 それどころか、差し込む木漏れ日のようにおだやかであたたかい。
 このような何気ない会話が、楽しいと感じる。
 アーヴィンではないけれど、いつの間に、セレスティナはこれほど会話を楽しめるようになっていたのだろう。
 昨夜まではたしかに、セレスティナはアーヴィンをうっとうしく思っていたのに。
 きっと、アーヴィンのあの思いを聞いた時から、知らず知らず受け入れていたのかもしれない。
 だって、アーヴィンが言葉にしたあの望みは、同時にセレスティナも願っていたことだから。
 割り切ることができないその子供っぽいところが、なんだか少し愛しくも感じる。
 ひとしきり笑い終わると、アーヴィンはセレスティナを預ける木から体を離した。
 そして、すっと手を差し出す。
「それでは、お嬢様、そろそろ休憩にしませんか? あちらの喫茶処などおすすめですが?」
 アーヴィンはそう言って、木漏れ日の隧道(トンネル)を抜けたところに見える、煉瓦造りの小屋を指差した。
 小屋の周りは、いろとりどりの花で囲まれている。
 セレスティナは思わず目をしばたたかせ、こくんとうなずいた。
「あら、いいわね」
 そして、にっこり笑い、アーヴィンの手に手を重ねる。
「あそこの喫茶処はやまももの焼き菓子がおすすめらしいよ。セレスティナはやまももは好き?」
 緑の小道を進みながら、セレスティナの手を引くアーヴィンが問いかけた。
 セレスティナはきょとんとアーヴィンを見て、すぐにふわり頬をゆるめた。
「ええ。やまももの焼き菓子というのは珍しいわね。楽しみだわ」
「よかった。セレスティナが気が進まないと言ったらどうしようかと思ったよ」
 アーヴィンは不安げな振りをして、眉尻を下げる。
 セレスティナは思わずぽかんとして、すぐにふうと面倒臭そうにため息をもらす。
「もうっ、またー。女性に慣れていない振りはやめてちょうだい」
「ひどいなあ、信じてくれないの?」
「あなたのどこに、信じられる要素があるのかしら?」
「これほど誠実なのに」
「どこが? 誠実な人が、偽の恋人を欲しがったりするものですか」
 セレスティナは手を握るアーヴィンの手を、ぱちんと叩く。
 誠実な者が、これほど楽しそうにくすくす笑いながら、そのようなことをさらっと言えるはずがない。
 明らかな嘘に、セレスティナはもう呆れるしかできない。
 呆れているはずなのに、けれどやはり、セレスティナの心は天邪鬼なのか、それすらも楽しんでいる。
 何故これほど、アーヴィンとの会話が楽しいと感じるのだろう?
 どちらかというと、これほど軽くて胡散臭い男など、セレスティナは苦手なはずなのに。
 セレスティナは恨めしげに、じいっとアーヴィンをにらみつける。
 するとアーヴィンはやはり、優しくセレスティナに微笑みかけるだけだった。
 振り≠フ恋人にでもこれほど無条件で優しく振る舞えるなど、アーヴィンはなんて女たらしなのだろう。
 そう思うと、セレスティナの心のどこかがちょっぴりちくりと痛んだ。


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update:10/11/12