星降る夜にあなたと
(7)

 前方から、このほのぼのとした庭園には不似合いな男二人が、下品な笑い声を上げながら歩いてきた。
 セレスティナは思わず眉根を寄せる。
 すると、その男たちもセレスティナとアーヴィンに気づいたようで、すっと笑い声を引っ込めた。
 それから、何故か二人へずかずか歩み寄ってくる。
「ようよう、兄さんよ、昨日はよくもやってくれたな」
 顎をしゃくり上げながら、男の一人がアーヴィンに言い放つ。
 その言葉で、セレスティナははっと気づいた。
 そういえば、どこかで見た覚えがあると思えば、昨日、街で幼女に乱暴を働いていた男たちだった。
 どうやらアーヴィンもそれに気づいていたようで、同時にセレスティナをさっと背後に隠した。
 男をちらりと見て、腹立たしいくらい清々しく微笑むと、アーヴィンはセレスティナを抱き寄せその横を通り過ぎようとする。
 たしかに、こういうごろつきたちは下手に関わらないことが得策だろう。
 セレスティナもアーヴィンに合わせ、そそくさとそこを通り抜けようとした。
 その時、目の端にきらりと光るものが見えた。
 はっとして目を見開くと、同時にセレスティナの体はふわりと宙に舞っていた。
 無機質な、金属を弾く音がその場に響く。
 庭園を楽しむ周りにいた人たちも、何事かと瞬時に注視する。
 アーヴィンが振り上げた剣が、まっすぐ太陽を指していた。
 陽光を受け、剣の先がきらんと光る。
 セレスティナの足元では、小刀ががらんがらん激しく数度揺れ、ぴたりと止まった。
「ぎゃあ!!」
 そしてすぐに、男の苦痛な叫び声が上がった。
 地面に倒れ込み、血がにじむ右手を押さえている。
 それに気を取られていたのか、もう一人の男がはっとして、
「……ってめー!!」
 そう叫びながら、アーヴィンに小刀を振り上げ飛び掛かる。
 アーヴィンはさっとセレスティナをかるく突き飛ばし、離れさせる。
 同時に、飛び掛かる男を難なくさっと避け、小刀を持つ手の筋をすうと切った。
 二人の男が、地面にうずくまり、悶えている。
 男二人に、すっと陰がかかる。
 恐ろしく冷たい目が、二人を見下ろしている。
「せっかく見逃してやったのに。二度目はないよ。今回は、しっかり警備官の世話になってもらおう」
 剣をさっと払うように振り鞘に戻すと、アーヴィンはぱちんと指を鳴らした。
 すると、どこからか、身形のいい男が二人、さっと現れた。
 そして、倒れ込む男二人を拘束する。
 次には、アーヴィンに一礼をして、男たちを連れて去っていった。
 セレスティナはその一連のよどみない行動を、呆気にとられた様子で眺めていた。
 どうやら、いきなり現れた男性二人は、グリーンフィールド家の使用人、陰からアーヴィンの護衛をしていた者たちらしい。
 この分だと、あの二人の他にもまだ数人、陰で見守っているのだろう。
 グリーンフィールド侯爵家当主というくらいだから、護衛の一人もつかないことを不思議に思っていたが、なるほど、これなら納得できる。
 セレスティナは思わず、不安げにアーヴィンを見つめてしまった。
 すると、冷たかったその目が、ぬくもりをすっと取り戻し、やわらかに細められる。
「突き飛ばしてすまない。怪我はない?」
 そして、呆然としていたセレスティナの両手を取り、心配そうに顔をのぞき込む。
「え、ええ」
「よかった」
 セレスティナがどうにかそれだけをつぶやくと、アーヴィンは安堵の表情を浮かべる。
 セレスティナはきゅっと顔をゆがめた。
 握るアーヴィンの手の中から、手をすうっと抜き取る。
 そして、今度は逆に、セレスティナがその手を取っていた。
「ごめんなさい。わたしを庇ったために、怪我を……」
 セレスティナは苦しそうにそうつぶやき、真っ白いすかし編み(レース)手巾(ハンカチ)で、アーヴィンの手の甲をさっと押さえる。
 すると、真っ白いそこに、じわりと赤い染みがにじむ。
 先程、一人目の男の小刀の刃がセレスティナに迫った時、アーヴィンはとっさに庇い、その際そこに傷を負っていた。
「ただのかすり傷だよ。セレスティナに怪我がなくてよかった」
 アーヴィンはセレスティナの両手に包まれた手とは逆の手で、ふわりとその頬を包み込む。
 セレスティナは思わずきゅうっと手を握り、アーヴィンの胸にそっと頬を寄せる。
 その顔が、辛そうにゆがんでいる。
 ――困っている者に手を貸すことに、男や女は関係ないだろう?
 アーヴィンの言葉が、セレスティナの耳に響き、よみがえる。
 昨日、出会った時の光景がよみがえる。
 あの時も今のように、アーヴィンは颯爽と現れ、そして勇ましくセレスティナを助けた。
 グリーンフィールド侯爵の名はセレスティナもよく耳にしたけれど、実際に目にしたことはあまりなく、目にしても垣間見る程度でよくは知らなかった。
 セレスティナの耳に入ってくる噂も、大変よく女性にもてるという程度。
 そもそも、社交界にあまり興味がないので、その程度でも十分耳にしている方だろう。
 女性にもてるということは、相当な女たらしだろう、軟弱な軟派男だろうと思っていたけれど、実際はそうじゃない。
 女たらしというのは否定する気はないけれど、軟弱でも軟派でもなかった。
 ただちょっと貴族のわりには結婚に理想を抱く夢想家(ロマンチスト) で、武勇の腕が立つ男性だった。
 今回だって、これほど簡単にセレスティナを守ってくれた。
 しかも、セレスティナを庇うため、自らは怪我を負い、それでも何ともないと笑う。セレスティナが無事でよかったと笑う。
 女たらしというのも、アーヴィンの場合は、ただ女性に優しいだけというふうにもとれる。
 そう見ると、なるほど、アーヴィンがもてるというのも、なんとなくわかったような気がする。
 セレスティナだって、今これほどにもどきどきしているのだから。
 ううん、きっと、最初からわかっていた。出会った時からわかっていた。
 セレスティナはきっと、アーヴィンをそれほど嫌いではないと。
 胡散臭いけれど、決して信じられない男性ではない。信頼に値するだけの誠実さはある。
 アーヴィンと出会った時、セレスティナの胸はたしかに止まりそうなほどの衝撃を受けていた。
 どうして、セレスティナの胸は、切なさでこれほどずきずき痛んでいるのだろう。
 出会った時からずっと、予想外で規格外のことばかりするアーヴィンに、気持ちがぐるぐる振り回される。
 恋人ではあるけれど、それは偽り。近い未来に終わる関係。その関係が、セレスティナの胸を殴りつける。
 そうわかっているのに、どうしてセレスティナの中に、違う感情が芽生えはじめているのだろうか?
 それは、決して抱いてはいけない感情。
 すべて、アーヴィンが悪い。女性を勘違いさせてしまうほど、女性に優しいから。
 吹く春の風が二人を包み、通り過ぎていく。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:10/10/20