星降る夜にあなたと
(10)

 すっかり夜の装いを纏った空には、いつもに増して一際多くの星が散らばっている。
 この国でも指折りの、グリーンフィールドやチェスタートンに劣らない大貴族主催の夜会。
 招待される人々もまた、社交界ではそれなりに名が知れた者たちばかり。
 貴族だけでなく、国内外問わず資産家も招待されているらしい。
 優雅に笑い合いながら会場へ向かう人々は、セレスティナでもどこかで見たことがある顔ばかりだった。
 今宵の夜会は、この国のお姫様が失恋をして、お慰めするために、どこかの物好き大貴族が催した夜会という噂が立っている。
 たしかに、今夜の主催者は、王族とも入魂の間柄と周知のこととなっている。
 真実のほどはわからないけれど、仮に噂が事実ならば、失恋くらいでこのように大規模な夜会を開いてしまうなど、その財力の絶大さだけはわかる。
 しかし、当のお姫様からすれば、ありがた迷惑、とりようによっては盛大な嫌がらせに他ならない。
 果たして、今宵の口実にされたお姫様はどのように感じているのか。
 また、噂が本当ならば、今夜の夜会には、王族もお忍びでやって来るということだろう。
 ますます、セレスティナにとっては重責を感じ、アーヴィンにとっては誂え向きだろう。
 上手くいけば、労せずして、グリーンフィールド侯爵に決まった女性ができたと、王族にまで知らしめることができる。
 それこそ、この偽りの恋人計画の真の目的。
 まるで何かの陰謀のように、舞台が整いすぎている。
 セレスティナとアーヴィンが乗る馬車が車寄せに着くと、扉が開かれた。
 セレスティナは思わず身構え、きゅっと手を握り締める。
 これからが本番、正念場。
 今夜のセレスティナの仕事によって、すべてが決まる。
 そして、約束を果たせば、恋人の振りは終わり。アーヴィンとも終わる。
「お姫様、お手を……」
 先に馬車から降りたアーヴィンが差し出す手に、セレスティナは手を重ねた。
 支えられるようにして馬車から降りる。
 淡い桃色の衣装(ドレス)の裾が、夜風にふわりと舞う。
 セレスティナの金の髪を飾る白い大輪の薔薇もまた、さわさわ揺れる。
 そして、きらびやかに飾り立てた紳士淑女たちが吸い込まれていくその扉へ、セレスティナとアーヴィンも歩いていく。
 アーヴィンに付き添われ、セレスティナは会場に足を踏み入れた。
 大理石で造られたその広間の中央には、天井いっぱいに広がらんばかりの巨大な吊り灯がきらめいていた。
 いつだったか、観劇に行った劇場の玄関広間にも、これに負けないほど大きな吊り灯が吊るされていたことを思い出す。
 さすがは、芸術を誇る国の大貴族の屋敷だけはある。
 この国の名立たる芸術家たちを集め造らせた王宮の舞踏場には負けるが、この舞踏場も名匠の仕事だろうことがうかがえる。
 セレスティナとアーヴィンが会場に姿を現すと、その場はざわりと音を立て、一斉に二人へ視線を向けた。
「冴え渡る君と凍れる茨姫……!?」
 どこからともなく、そのような声が聞こえて来る。
 セレスティナは何事かと驚き、目をしばたたかせる。
 これまでも、セレスティナが夜会の場に顔を見せると、何かと視線を向けられることは多かったけれど、これほどある種の威圧を感じるものはなかった。
 これまでにない、好奇の視線を浴びる。
「さ、冴え渡る君? 凍れる茨姫?」
 セレスティナはその言葉を耳にし、戸惑ったようにアーヴィンを見る。
 するとアーヴィンは、セレスティナの耳にそっと顔を寄せた。
「どうやら、冴え渡る君が私で、凍れる茨姫がセレスティナの、社交界でこっそり呼ばれている名らしいよ」
「……はあ」
 セレスティナは毒気を抜かれたように、げんなり肩を落とす。
 そう呼ばれていることも初耳だし、何故そう呼ばれているのかもわからない。
 社交界の、とりわけ女性たちは、誰彼なしに呼び名をつけて楽しんでいるようだとは思っていたけれど、まさかそれがセレスティナにまで及んでいたとは思いもよらなかった。
 これまでは、遠巻きにちらちら見られ、こそこそ会話されているばかりだったので、こうもはっきり聞き取れるほど叫ぶ声ははじめてだった。
「なるほど、茨の城に住むから、茨姫、ね」
「それだけではないよ。セレスティナの茨の棘のように侵し難い、潔さからもだよ」
「な……っ!?」
 ぼんと顔を真っ赤にして、セレスティナはアーヴィンを凝視する。
 セレスティナの頬にかかる髪を、アーヴィンがそっと払う。
「だから言っただろう? セレスティナは社交界で人気があると」
「え? これって、人気があるということなの?」
「そういうこと。ほら、見てごらん。誰もが私たちに注目をしている」
 アーヴィンはちらりと視線を会場全体に流し、くすりと笑った。
 その目が、企みが見事成功したように生き生きとしているので、セレスティナの肩はますますがっくり下がる。
 どうやら、これもアーヴィンにとっては想定内だったらしい。
 これまでセレスティナが感じていた視線は、関わりたくないというものではなく、関わりたいけれど踏み出せないというものだったらしい。まったく、紛らわしい。
「けれど面白くないな。セレスティナを見る男たちの目が実にいやらしい」
 アーヴィンはセレスティナの腰にまわす手にぎゅっと力を込め、苦々しげにつぶやいた。
「え?」
 たしかに、そわそわした様子でこちらの様子をうかがう紳士はけっこういる。けれど、それ以上に淑女の数の方が多い。
 何故か皆、何かを確かめたくてうずうずしているように見える。
 セレスティナが広間をためらいがちに見回していると、一人の紳士とばっちり目が合った。
 すると、その紳士はきりっと顔を引き締め、セレスティナに合図を送るようにじっと見つめる。
 意味がわからず首を傾げると、アーヴィンはぐいっとセレスティナを抱き寄せ、額にそっと唇を触れさせた。
 瞬間、広間に黄色い悲鳴と野太い絶叫が轟いた。
 いきなりのことに驚き、セレスティナは思わず仰け反りそうになる。
 けれど、アーヴィンが当たり前のようにセレスティナを支えた。
 それで、セレスティナはなんとなくわかったような気がする。
 アーヴィンはわざと注目を集め、そして手っ取り早く見せつけたのだろう。
 アーヴィンには特に親しくする女性がいますと。
 一人一人にそれとなく見せてまわるより、注目を浴びている今、その視線の主すべてに見せつける方が手間が省ける。
 だからといって、このようなやり方があるだろうか。このようなやり方、恥ずかしすぎる。
 それでも、まだ物言いたげな様子でこちらをうかがう紳士がいくらかいる。
 何故かアーヴィンに敵意を向けているようにも見える。
 アーヴィンもそれに気づいたのか、その紳士をじろっとにらみつけた。
 すると、紳士はびくんと体を震わせ、そそくさと人の中に入っていった。
「どうやら、そういうことらしいね」
「……これは、諦めるしかありませんの?」
 ぽつりぽつり、誰からともなく、そのような声がもれてくる。
 すると、それは次第に大きくなり、広間中を巻き込んでいく。
「衝撃ですわ。冴え渡る君を狙っていたのに!」
「ちくしょー。油断していた。まさか、何者も侵し難いあの茨姫が、孤高の花が……!」
「特定の方はいないと思っていたのに……!」
 遠慮することなく、広間中にそのような悔しがる言葉が飛び交う。
 どうやら、セレスティナが思っている以上に、アーヴィンの企みは上手くいきつつあるらしい。
 たったのこれだけで、ともに夜会にやって来ただけで、あっさり勝手に勘違いしてくれている。
 セレスティナが知らなかっただけで、きっと、アーヴィンは社交界ではそれだけ人の目を集めているのだろう。
 アーヴィンに儀礼的護衛(エスコート)をする女性がいる。それだけで、これほどの重大事になってしまうらしい。
 今さらだけれど、セレスティナにちょっとの後悔が押し寄せる。
 それほど人気があると知っていれば、セレスティナはもうちょっと抵抗していたかもしれない。この計画に協力をしなかったかもしれない。
 これだけの騒ぎになるとは思っていなかったので、ふとこの後のことを思い、げんなりした。
 振り≠ェ終わり別れた後も、しばらくはこれで騒がれるのだろうと思うと、本当にうんざりする。
 これまでも、面倒臭いので、人の目を集めないように振る舞っていたのに、今宵のことでそれも終わりになるだろう。しばらくは、外野が煩くなる。そして、周りを誤魔化すのに骨が折れるだろう。
 本当は、二人はそういう関係ではないと、アーヴィンに影響しないよう伝えるのは、並大抵のことではないだろう。
 考えるだけで、疲れる。
 まあ、セレスティナはもともとあまり社交界というものは好きではなかったので、ただ社交場に出なければいいだけだろう。そして、出席しないいい口実にもなる。


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update:10/12/13