星降る夜にあなたと
(11)

 アーヴィンは戸惑うセレスティナを促し、広間を支える大理石の柱の陰へ連れて行く。
 すると、それまで二人に注目していた紳士淑女たちは、それ以上は追及してはいけないと悟ったのだろう、それぞれまた夜会の続きを楽しみはじめる。
 さすが、大貴族主催の夜会、そしてそこに招待される人々なだけはある。
 節度というものはわきまえているらしい。
 そこで二人に執拗に絡もうものなら、その品位が疑われる。
「ね、ねえ、ほのめかすだけではなかったの? このようにはっきりしてしまうと、後々面倒ではない? 本当のお相手が現れた時、困ることにならないの?」
 柱の陰に二人身を寄せると、セレスティナはアーヴィンの胸元をきゅっと握り、ささやく。
 胸に置かれたセレスティナの手に手を重ね、アーヴィンは得意げに微笑む。
「これくらいしないと、信用させられないよ」
「でも、それじゃあ、あなたはいいとしても、わたしはどうなるの?」
「もとより、セレスティナは問題ないのじゃないかな? セレスティナもまだしばらくは縁談はいらないだろう?」
「……うっ」
 セレスティナを柱に押し付けて、アーヴィンは顔を寄せ、耳元で自信たっぷりにささやく。
 ぴくんと、セレスティナの体が跳ねる。
 体中に痺れが走る。力が入らない。
 そのままへにゃへにゃへにゃとくずおれそうになるのを必死でこらえる。
 さっと、セレスティナの腰をアーヴィンの手が支えた。
 セレスティナは悔しそうにアーヴィンを見つめる。
「見ればわかるよ。セレスティナは、そういうつまらないことに流されるような女性じゃない」
 アーヴィンは腰を支えていない方の手で、セレスティナの手をきゅっと握る。
「な、なんて人なの、あなたって。本当にもう、信じられない。自分勝手な人よね」
 ぴとりと二人の体が触れ合い、セレスティナはさっと視線をそらした。
 柱に押し付けられた状態では、顔をそらすことはできない。
 気を抜くとまたすぐにアーヴィンを見つめそうになる。
 ちらりと視界にアーヴィンの姿が入ると、セレスティナは慌ててまた視線をそらす。
 一人うろたえるセレスティナを、アーヴィンはおかしそうに見つめる。
「自分の望みを叶えるためなら、手段は選ばないよ」
「……悪党」
 セレスティナは思わずアーヴィンをじっと見つめ、ぼそりつぶやいた。
 なるほど、アーヴィンもまた、腹黒い、自分の望みに忠実という点では、冴え渡っている。
 セレスティナの耳元で、アーヴィンが小刻みに肩を揺らし、くすくす笑う。
 まったく、セレスティナにとっては、本当に面白くない。とんだ災難。
 なんだかとっても、アーヴィンの思い通りに事が運んでいるようで悔しい。
 それは、当初の目的を達成したことになり、願ったり叶ったりなのだろうけれど、なんとなく腑に落ちない。
 アーヴィンにかかればきっと、思い通りにならないことなんてないのだろう。
 それこそ、セレスティナをこのふざけた計画に巻き込んだことも含め。
 セレスティナがじとりと非難じみた視線を向けると、アーヴィンはにっと得意げに笑った。
 そして、握るセレスティナの手にそっと唇を寄せる。
「それでは、お姫様、決定打を与えましょうか?」
 上目遣いにセレスティナを見て、アーヴィンは楽しげにセレスティナの手を引き、柱の陰から出る。
「え?」
 セレスティナは戸惑いがちにアーヴィンを見つめた。
 すると、その不安を払拭するように、アーヴィンが微笑んだ。
 背後の聳える巨大な吊り灯よりももっと、アーヴィンが壮観に見える。
「躍ろう、そして、二人の仲の良さを見せ付けるんだよ」
 それが、すなわち、決定打。もう誰にも文句を言わせない。
 二人は恋人だと認めさせ、そして――。
「ああもう、好きにしてっ。こうなれば、負債分はきっちり働くわよ。そして、さっさとわたしを解放して」
 セレスティナは投げ遣りに言い放っていた。
 投げ遣りだけれど、どこか心はわくわくしている。
 成功すればこれでもう終わりなのに、同時にアーヴィンと過ごすこの時を楽しんでいる。
 はじめからそうだった。
 アーヴィンの恋人役を演じると決めた時からそうだった。
 一方で、このような面倒臭いことはさっさと終わらせたいと思い、一方で、アーヴィンとのふざけた時間を楽しんでいた。
 そしてそれは、いつの間にか矛盾した思いとなっていた。
 早く終わりにしたいはずなのに、いつまでも離れたくないと思う、そのような矛盾した思い。
 けれど、これは契約だから、約束だから。
 無事目的を遂げてしまえば、二人の関係はそこで終わり。
 だから、そのような思いを抱くこと自体間違っている。
 はじめから、抱いてはいけない思いだった。たとえ、アーヴィンと過ごす時間が、どれほど楽しくとも。
 割り切って、冷静に、たんたんとこなす。
 そのはずだったのに……。
 アーヴィンがいけない。アーヴィンが、偽りの恋人のはずなのに、セレスティナに優しくするから。セレスティナをアーヴィンの全部で守ろうとするから。
 そう、全部、アーヴィンのせい。
 アーヴィンが本当の恋人に接するように振る舞うから。
 だから、気持ちまで勘違いしそうになり、矛盾してしまう。
 早くこのような苦しい気持ちから解放されたい。
 離れれば、きっと、この気持ちもなかったことにできる。


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update:10/12/22