星降る夜にあなたと
(12)

 セレスティナは、アーヴィンに手を引かれ広間の中央へ歩み出る。
 そして、紳士淑女の輪に混ざり、セレスティナとアーヴィンは最初で最後の踊りを楽しんだ。
 この時ばかりは、何も考えないように躍る。
 考えてしまえばそればかりに気を取られ、躍れなくなってしまう。
 楽しげに優しげにセレスティナを見つめ躍るアーヴィンの姿に、セレスティナの胸はぎゅっと締め付けられる。
 このような胸の痛み、セレスティナは知らない。
 終わりへ向かう、刹那の幸福。
 そうして、曲の演奏がひとつ終わると、セレスティナとアーヴィンの踊りの時間も終わった。
 セレスティナはゆっくりと、寄せるアーヴィンの胸から体を離していく。
 離そうとするのに、なんだか離れ難くて、なかなか離れてくれない。
 気持ちは離れようとしているのに、手が、体が、まったく言うことをきかない。
 もう少しこうしていれば、もう少し演じていられるのだろうか。アーヴィンの恋人を。
 そのような思いに駆られ、はっとして、セレスティナはアーヴィンからさっと身を離した。
 セレスティナは何を馬鹿なことを考えてしまっているのだろう。
 きっと、ちょっぴり情が移ってしまったんだ。だから、これで終わりだと思うと、ちょっぴり淋しくなってしまったんだ。きっと、それだけ。きっと、そうに違いない。それ以外の思いは、許してはいけない。
 セレスティナが苦しげに、アーヴィンからさっと視線をそらした時だった。
 前方からゆっくり歩み寄って来る、少女の域をようやく脱したばかりのあどけなさが残る女性の姿が、セレスティナの目に入った。
「あの……茨姫様」
「……え?」
 認識したばかりだが、まだ自覚はない。けれど、茨姫とはセレスティナのことだろう。
 セレスティナは首を傾げ、戸惑いがちに目の前にやって来た女性を見る。
「ひと月前の夜会では、ありがとうございました。ずっとあの時のお礼をお伝えしたくて」
「ああ、あの時の……」
 女性の言葉を聞き、セレスティナは思い出したようにうなずいた。
 手はアーヴィンに握られたまま。
 そういえば、どこかで見覚えがあると思えば、たしかに、セレスティナはひと月前の夜会で、男性に言い寄られ困っている女性に手を貸した覚えがある。
 しかし、その礼をわざわざ言ってくるとは、なんと律儀な女性なのだろう。
 セレスティナは思わず、アーヴィンに握られていない方の手で、女性の手をきゅっと握っていた。
 すると女性は小さくはにかんだ。
 その時だった。
 女性がよろけて、セレスティナへと倒れ込みそうになる。
 慌てて、セレスティナとアーヴィンが同時に手を出し、同時に女性を支えた。
「あら、ごめんなさい。そのようなところにいらっしゃるから、気がつかなかったわ」
 女性のすぐ後ろで、蔑むような微笑を浮かべる女がそう言った。
 その後ろには、くすくす笑う数人の女がいる。
「身の程をわきまえないから、そういうことになるのよ」
「冴え渡る君と茨姫に気安く近づくなんて、生意気よ」
 セレスティナがその言葉に違和感を覚えふと視線を落とすと、女性のちょうど右の腰辺りに、赤い染みが出来ていた。
 そして、女性にぶつかっただろう女の手には、底に赤い酒が少し残った硝子杯(グラス)が持たれている。
 女性もその言葉、そして赤い染みに気づき、羞恥にかあと顔を真っ赤にして、目に涙を溜めた。
 うつむき、ふるふる震え出す。
 セレスティナは、くすくす笑う女たちをじろっとにらみつけ、そして女性の両腕にそっと手を添えた。
「大丈夫よ、これくらいならどうにかなるわ」
「え……?」
 セレスティナはそう言うと、自らの髪を飾る薔薇を取り外した。
 同時に、金の髪が波打ち、ばさりと流れ落ちる。
 そして、その薔薇を、女性の衣装の赤くなった腰にそっと添えた。
「ほら、こうしてこれをつければ、どうにか誤魔化せないかしら?」
「わあっ!」
 セレスティナの髪を飾っていた薔薇が、今度は衣装を飾り、女性はぱっと顔を華やがせた。
 たしかに、セレスティナの薔薇で隠せば、もう赤い染みはわからない。
 それどころか、その薔薇のために、衣装はさらに華やかさを増した。
 女性は戸惑いがちに、けれど嬉しそうに微笑んだ。
 そっと、目元を拭う。
 どうやら、女性も元気を取り戻しつつあり、セレスティナは満足そうに微笑んだ。
 女性の後ろで、ぶつかった女、それを笑った女たちが、面白くなさそうに顔をゆがめている。
 そして、女たちが何か言いたげに口を開きかけた時だった。
 アーヴィンが、包み込むように背からセレスティナを抱き寄せた。
「すみません、お嬢様方。私は、上品を装うだけの女性は好きではないのですよ。私は、上品であることはもちろん、果敢で気高く清らかな女性が好きなのです」
「あら、奇遇ね。わたしも、上品を装うばかりで面白みのない人は好きじゃないわ」
 セレスティナもアーヴィンの意図するものを汲み取ったように、妙に清々しくにっこり微笑んだ。
 するりと、アーヴィンの首に腕をまわす。
 アーヴィンもまた、セレスティナの流れる髪に唇を寄せる。
 二人、艶かしく微笑み合う。
 すると、女たちはかっと目を見開き顔を真っ赤にして、そのまま乱暴にその場から立ち去って行く。
 セレスティナとアーヴィンの行動に呆気にとられてぽかんとしていた女性が、はっとして、慌てて二人に向き直った。
「お花、ありがとうございます」
 穢れを知らないように微笑む女性に、セレスティナとアーヴィンも、ちょっぴり恥ずかしそうに体を離していく。
 ちょっとどころでなくあの女たちに怒りを覚えていたからといって、ちょっぴりやりすぎてしまったらしい。
 ばつが悪そうなアーヴィン、そして恥ずかしそうにもじもじするセレスティナに、女性はくったくない笑顔を向ける。
「お二人、お似合いですね。素敵です」
 そう告げたとたん、それをきっかけにしたように、様子を見守っていた人々の間から歓声が上がった。
 女性だけでなく、その場に居合わせた人々は、二人の様子にすっかり諦め、完敗を悟ったのだろう。
 これほど理想的な二人はいないと、喝采を送る。
 ただ純粋に、二人を祝福するように皆、目を細め、声を上げている。
 セレスティナが驚き戸惑っていると、アーヴィンが得意げにしてやったりと微笑んだ。
 やはり、これもアーヴィンの計画の内だったらしい。
 どういう行動をとれば、周りがどう反応するか、アーヴィンには手に取るようにわかっていたのだろう。
 セレスティナはもう、呆れて苦く笑うしかできない。
 本当に、なんて質が悪い男なのだろう。
 けれど、そのようなアーヴィンを、セレスティナはもう嫌いじゃない。


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update:10/12/29