星降る夜にあなたと
(13)

 見上げると、満天の星。
 ひとつ大きな星がぽんとはじけ、空いっぱいに星屑が散らばっているよう。
 まるで、星の絨毯。空いっぱいから降ってくる星の霧雨。
 そのような星のひとつが、さっと流れ落ちた。
 かと思うと、またひとつ、ふたつと流れ、それは次第に勢いを増し、広がる世界すべての星が流れ降りはじめた。
 空いっぱいの流星群。
 星の光の競演。
 あの後、なんだかとっても恥ずかしさに居た堪れなくなり、セレスティナはアーヴィンの手を引き、逃げるように露台へやって来た。
 今もすぐ横の広間では、紳士淑女たちが夜会を楽しんでいる。
 吹く風に髪を遊ばせ、セレスティナとアーヴィンは並んで星空を見上げている。
 星が流れる様を見て、セレスティナははじめの頃こそ瞳をきらきら輝かせ興奮気味だったけれど、今はすっかり落ち着いている。
「予定外の大事になってしまったねー」
 流れる星を見上げたまま、アーヴィンが楽しげにくすくす笑う。
 セレスティナは非難じみた視線をさっとアーヴィンに流し、すぐに諦めたようにため息をひとつついた。
 アーヴィンの計画は成功し、二人はすっかり恋人と思われてしまった。
 大成功のはずなのに、これでアーヴィンから解放されるはずなのに、セレスティナの心はどこかうかない。
「全然そうは思っていないくせに。でもまあ、数ヶ月もすれば、きっと落ち着くでしょう」
 気がない風を装い、んーと伸びをして、セレスティナはまた流れる星を仰ぎ見る。
 きっと、広間で社交を楽しむ彼らは、夜空にあふれるこの星たちのことなど知らないだろう。気づきもせず、気に留めないだろう。
 そう、今この場で、夜の帳の下、セレスティナとアーヴィンだけが、星の行列(パレード)を楽しんでいる。
 星々の饗宴は二人だけのもの。
「……落ち着かせたくはないのだけれどね」
「え?」
 セレスティナの肩にそっと上着を掛け、アーヴィンはきゅっとその肩を抱き寄せた。
 振り向き、セレスティナはきょとんと首を傾げる。
 風の音に混ざり、アーヴィンのつぶやくその小さな声は上手く聞き取れなかった。
 いや、それでも耳元でささやかれたから、きっと聞こえていた。聞こえていたけれど、脳を直撃したその言葉の意味を、上手い具合に理解することができなかった。
 その言葉の意図するものは、一体……?
 ううん、それは望んでいた言葉かもしれない。けれど、決して聞くことができる言葉とは思っていなかった。
 セレスティナの胸に響くその言葉は、きっと幻聴。セレスティナの欲が聞かせた、幻。
 セレスティナは怪訝な顔をして、探るようにアーヴィンを見る。
 アーヴィンはどこか困ったように肩をすくめる。
 そして、セレスティナの体をまわし、アーヴィンに向き合わせた。
「この予定外の出来事を、本当のことにしない?」
 瞬間、セレスティナは確信したように、かあと頬を赤らめる。
 アーヴィンの言葉を理解していないなんて嘘。本当は、ちゃんとわかっていた。
 それはあまりにも唐突すぎて、現実のものと思えなかっただけ。
 幻聴などでも、セレスティナの願望が聞かせた言葉でもなかった。
 けれど、現実のものだとあらためて念を押されると、もう平静を装ってなどいられない。
 たとえそれが、本気の言葉でなくたって。冗談だって、からかわれただけだって。
 本当でなくたって、セレスティナには十分な言葉。けれど同時に、苦しくもなる。
 セレスティナは非難するように、アーヴィンをきっとにらみつける。
「ま、また、からかっているのね!?」
「私は本気だよ」
 アーヴィンはいつものようにふざけて返すことなく、ただまっすぐにセレスティナを見つめる。
 セレスティナは目を見開き、アーヴィンを見つめる。
 ――本気?
 アーヴィンは今、本気と言った?
 セレスティナの顔が、切なげにきゅっとゆがんだ。
 ――嘘。
 本気なんて言って、本当は全然本気じゃないくせに。
 どうせ口だけ。あくまで契約。
 はじめにそう言ったのは、アーヴィン。
 そのような気などないのに、思わせ振りなことばかり言って、セレスティナがちょっと勘違いしそうになると、冗談で片付け地獄に叩き落す。それが、アーヴィンのはず。
 なんて酷い男なのだろう。
 そういうことばかり言っているから、世の女性たちの誤解を招く。
 結局のところ自業自得じゃないか。
 そして、そのようなことを繰り返していては、堂々巡り。
 ほとぼりが冷めた頃にはまた、女性たちが彼の周りに花を添えるだろう。
 そしてまた、今度はセレスティナとは違う女性が、その横で偽りの恋人を演じる……。
 なんて罪深い男なのだろう。
 振り回すだけ振り回して、その気はまったくないのだから。
 もう振り≠フ時間は終わったのだから、いつまでもそのような甘い言葉をささやく必要はない。
 つうと、セレスティナの頬を一筋の涙が伝う。
 これで終わり、これで終われ、これでセレスティナはこの酷い男から解放される。
 それを喜ぶべきなのに、どうしてこれほど胸が潰れそうに痛むのだろう。
 もう会えない。
 そう思うだけで。
 夜風で少し冷たくなったアーヴィンの指が、セレスティナの頬を伝う涙を拭う。
 セレスティナは思わず、すがるようにアーヴィンを見つめてしまった。
 どうして、終わりを迎えたのに、アーヴィンはセレスティナにいつまでも優しくするのだろう。
 涙など拭わなくてもいいのに。これくらい、セレスティナができるのに。
 きゅうと唇を結んだ時だった。
 セレスティナの目に映る満天の星から視界を奪うように、アーヴィンの顔が重なった。
 同時に、セレスティナは目を見開き、目の前にあるアーヴィンの顔を見つめる。
 ゆっくりと、アーヴィンの顔がセレスティナから離れていく。
 セレスティナは何も言えず、ただただアーヴィンを見つめるだけ。アーヴィンが触れた唇に、激しい熱を感じるだけ。
 アーヴィンはちょっぴり気まずそうに、けれど熱くセレスティナを見つめた。
「愛している、セレスティナ」
 セレスティナの涙が、驚きとともにぴたりと止まった。
「ア、アーヴィン?」
 セレスティナはきゅっと両手を握り合わせ、震える唇から小さく絞り出す。
 アーヴィンが切なそうに目を細め、そのままぐいっとセレスティナを抱き寄せた。
「もう無理だ、我慢できない。もう黙っていられない」
 セレスティナは戸惑いがちにアーヴィンの姿を瞳に映す。
「ごめん、セレスティナ、私は君を騙していた」
 セレスティナは一瞬顔をゆがめたものの、落ち着いた様子で、確かめるようにアーヴィンを見る。
 ふいに唇を奪われたはずなのに、騙していたと突如言われたはずなのに、何故かセレスティナの心はそれほど怒っていない。妙に落ち着いている。ただ、頭の中がぐるぐる回っているだけで。
 頭は理解していなくとも、きっと心はずっと前から知っていた。
「騙してって……。それは、どこからどこまで?」
「はじめから、かな?」
 アーヴィンは観念したように肩をすくめる。
 もとより、アーヴィンにはもう、セレスティナに何事も隠す気はないらしい。すべてを告げる覚悟があるのだろう。
 だって、アーヴィンの心はもう、セレスティナに偽れないと叫んでいるようだから。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:11/01/05