星降る夜にあなたと
(14)

「それじゃあ、お父様の事業失敗というのは嘘?」
「ああ、セレスティナの父君は商才がある方だよ。今では、飛ぶ鳥を落とす勢いだ」
 セレスティナは思わず、あんぐり口を開けてしまった。
 その言葉は、寝耳に水もいいところ。あのすっとこどっこいのゴードンに商才があるなど、初耳。
 果たしてそれは、またアーヴィンの嘘なのか、それとも本当のことなのか……。セレスティナには判断をつけようがない。
 けれど、負債を抱えたと言った後も、ゴードンはのほほんと過ごしていたので、きっとそれは嘘ではないだろう。
 いや、しかし、ゴードンという男は、窮地に立たされてものほほんとしている可能性がある男だから……。やはり、セレスティナにはわからない。
 何よりも、それではどうしてそういうことになったのかがわからない。
「……呆れた。じゃあ、どうしてお父様はあなたの申し出を受けたの?」
 セレスティナはため息まじりに問いかける。
 聞きたいことがありすぎて、頭が混乱する。
 そう、けれど、これだけはわかる。
 ゴードンという男は、呆れずにはいられない男。
 そして、アーヴィンという男もまた、セレスティナを呆れさせてばかりいる。
「事業失敗は嘘だけれど、賭けをしたということは本当だからだよ」
「はあ……」
 ほら、やはり、アーヴィンはセレスティナを呆れさせる。
 すっかり脱力しきったセレスティナに、アーヴィンはどこか得意げに微笑んだ。
「ただ、金品を賭けたのではなく、互いの望みを賭けたのだよ。負けた方が勝った方の願いをひとつきくというものだったんだ」
「それで、あなたが勝って、お父様が負けたの?」
 どちらが勝ったかなど、セレスティナには聞かなくともわかる。
 これまでのことを考慮すれば、そのようなものは簡単にわかる。
 今思えば、はじめからおかしなことばかりだったのだから。
 ゴードンが負けたから、この嘘の恋人話を承諾したのだろう。
 ゴードンが勝ったから、この嘘の恋人話がはじまったというより、よほど理解できる。
 それしか考えられない。
 ゴードンは、普段はいい加減だけれど、あれでも律儀なところがある。
 そこで、約束を違えることができず、あのような無茶苦茶とも思える申し出を受けたのだろう。
 本当の縁談ではなくあくまで振りだったので、ならば仕方ないと折れたのだろう。
 だからといって、それに巻き込まれてしまったセレスティナはたまったものではない。
 二人で賭けをしたのだったら、二人で片を付ければいいものを……。
 セレスティナの問い掛けに、アーヴィンはこくんとうなずいた。
「私の願いは、セレスティナ。――あなたと話をする機会をもらったんだ」
「え? ちょっと待って。話をする機会って……。じゃあ、女性云々は……」
 セレスティナは顔をゆがめ、戸惑いがちにつぶやいた。
 するとアーヴィンは、くすりとどこか楽しげに笑う。
「セレスティナは一筋縄ではいきそうになかったからね。そこで、一計を案じたのだよ」
 セレスティナはまたしても、ぽかんとアーヴィンを見つめてしまった。
 けれどすぐに、得心したように苦く笑う。
 たしかに、セレスティナは、一筋縄ではいかない。縁談話をほのめかされた時点で、力の限り拒否していただろう。
 そして、無理にでも推し進めようものなら、相手のところへ乗り込み文句のひとつも言おうか、それとも家出をしてしまうか……。
 だってセレスティナは、ふらふらした女たらしな男が大嫌いだから。
「その一計が、恋人の振り、ね。同時にお父様の同情も得て、それこそわたしが逃げられないようにしたのね。なんて人なのかしら」
「まあ、それもあるけれど、セレスティナの幸せを願うチェスタートン伯とセレスティナが欲しい私の利害が一致したということもあるね」
「利害が一致って……それじゃあ、もとからお父様も!?」
 セレスティナはぎょっと目を見開き、思わずアーヴィンにつかみ掛かっていた。
 アーヴィンの言葉が本当ならば、ゴードンははじめからセレスティナを売る気まんまんだったということではないか。そこだけは本当だったということではないか。
 本当、なんて親だろう。実の娘を、このような胡散臭い男に売り渡すなど。
 アーヴィンは意地悪くにっと笑ったかと思うと、照れたふうにへにゃっと笑った。
「いやあ、父君を口説き落とすのには骨が折れたよ」
「さ、最悪っ、この詐欺師!!」
 セレスティナは、力いっぱい叫ぶしかできなかった。
 アーヴィンの言葉が本当ならば、本当の本当に最初から、すべてアーヴィンによって仕組まれたことだったということではないか。
 それも、セレスティナが欲しいという訳がわからない理由から。
 では、ゴードンはセレスティナを売り渡したのではなく、アーヴィンにまんまと丸め込まれたということになる。
 どこまでお馬鹿な父親なのだろう。
 アーヴィンは肩をすくめて、困ったように微笑む。
「仕方がないよね。私はセレスティナに一目惚れしてしまったのだから」
「一目惚れって……。というか、開き直るの!?」
「もとより私は、セレスティナを手に入れるために今回のことを仕組んだからね。言ったよね? 自分の望みを叶えるためなら、手段は選ばないと」
「なっ……!?」
 またセレスティナの顔が真っ赤に染まり、ぎょっと目を見開いた。
 どうやら、セレスティナが思っている以上に、アーヴィンは曲者だったらしい。
 そして、アーヴィンの真の望みは、セレスティナ自身だったということ?
 けれど、どうしてそこまでして、セレスティナなど欲しいと思ったのだろうか?
 一目惚れにしても、一体どこで……?
 セレスティナとアーヴィンの間には、何の接点もなかったはずなのだから。
 そう、一週間前のあの日、街ではじめて会うまでは。
 戸惑うセレスティナを、アーヴィンはその胸に再びふわり包み込む。
 セレスティナの頬が、アーヴィンの胸に埋まる。
 いつもアーヴィンから香っていたあの甘い香りが、セレスティナをすっぽり包む。
「……あ、この香り……」
 思わず、セレスティナはぽつりつぶやいた。
「ああ、ひと月前から、私のお気に入りの香りなんだ」
 得意げに笑うアーヴィンを、セレスティナは思わず見つめてしまった。
 そして、ふっと目を細め、頬をゆるめる。
 おかしそうにくすくす笑い出す。
 気づけば、すごく簡単だった。
 セレスティナが感じていたアーヴィンのよい香りは、そう、茨の香りだった。
 いつも当たり前のように側にあるから、気づかなかった。
 これほどに惹かれる香りなのに。
 くすくす笑い出したセレスティナに、アーヴィンもにこっと笑いうなずいた。
「覚えている? ひと月前の夜会でのことを話したことは。あの夜も、今夜のように、まるで降るような星であふれた夜だったね」
 セレスティナはぴたりと笑いをやめ、こくりうなずく。
「あの時に、セレスティナしかいないと思った。どうしても手に入れたくなった」
 そう、わかればすごく簡単。そして、アーヴィンはとっても単純だった。
 だって、あの夜会の時に、アーヴィンはセレスティナに恋をして、そして……。
 とっても自分勝手で強引だけれど、けれどこういう無茶苦茶なところは、セレスティナは嫌いではない。
 そう、アーヴィンはすました顔をして、さらっと情熱的なことをしてしまう男だった。
 これほど激しく求められたら、アーヴィンのいっぱいの嘘も信じてもいいと思えてくる。
 ううん、信じたい。
 だって、セレスティナは、いつの間か、アーヴィンのそのような嘘に魅入られてしまっていたのだから。
 アーヴィンは熱く求めるように、セレスティナの瞳を捕らえる。
「セレスティナ、私の夢を叶えてくれませんか?」
 アーヴィンの夢。それは、愛し合う女性とともに生きていくこと――。
 その願いに、セレスティナは首を縦にも横にも振らなかった。
 ただ、答えのかわりに、セレスティナはその茨の香りがする胸にそっと頬を寄せた。
 そのことは、セレスティナとアーヴィンの他には、二人を見下ろす星たちだけが知っている。
 夜空を見上げると、満天の星、埋め尽くす流星群。
 生まれたばかりの恋人たちを祝福するように、星たちは舞い躍っている。
 二人はもう、偽りの恋人ではない。
 星たちに見守られ、二人は求めるように抱き合い、夢見続ける。
 星降る夜に二人、どこまでも、いつまでも――。


星降る夜にあなたと おわり

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update:11/01/12