見捨てられた教会(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

 優しい優しいヴァンパイアさん。
 あなたは、人間を愛しすぎてしまったのね――。


 今も胸を占めるその言葉。
 この世で最も愛しい人間が贈ってくれた、その大切な言葉。
 君がいるこの世界に生を受けたことを、これほど感謝したことはない。
 君がいるだけで。
 君といるだけで。
 我が穢れた存在さえも、赦せてしまえるよう。
 これから先の未来、君とともに歩めるのならば、神にすら祈ろう。
 どうか、この穏やかな時間が、永遠につづくように――。

 優しい木漏れ日の中、君をはじめて見た。
「わあ、すごいのね。ヴァンパイアなのに、陽の光が平気なんて」
 あどけなく笑った君の姿は、今はもう遠い昔。
 おぼろの記憶の果て――。


 町はずれの荒れ果てた教会。
 ここは、もう数も定かでない昔から使われていない。
 人も足を踏み入れない、おどろおどろしい場所。
 教会のまわりには、うっそうと草が生い茂っている。
 裏手にある墓地も、やはり誰も手入れすらしていないらしい。
 あちらこちらで、墓石が倒れたり、掘り返された痕跡がある。
 しかし、それも、もう随分と古い。
 果たしてそれは、墓泥棒をはじめとする人間の仕業か、それとも、野犬や狼等の獣の仕業か……。
 もう誰にもわからない。
 昼間ですらどんよりとした空気をはらみ、今にも化け物でもでてきそうな陰気な場所。
 ここは、そんな見捨てられた教会。
「ねえ、ここって五十年も使われていないのでしょう?」
 かさりと、好き放題にのびきった雑草を踏み、ようやく十にとどいた辺りの少年が、前を行く同じ年頃の少女、メリッサにそうはなしかける。
 ぎゅっと両手を握り締め、眉をひそめている。
 発せられた声も、どことなく震えを帯びている。
「そうよ。それがどうしたの?」
 おびえるような少年を、メリッサは思い切り馬鹿にしたように一瞥する。
 ふうと、ひとつ、大きなため息をもらす。
 そして、スカートに触れる雑草を、うっとうしげにばさりとふりはらう。
「ママが言っていたよ。ここには近づいちゃだめだって」
「だから、それがどうしたというのよ?」
 ためらうようにのばされてきた少年の手を、メリッサは乱暴にたたきはらう。
 その目は、早速怖気づいたのねと、やはり馬鹿にするように少年を見ている。
「だって……ここって、何か怖いんだもん。それに、危ないって言っていたよ」
 あきらめきれなかったのか、少年はふりはらわれた手を、もう一度メリッサへのばしていく。
 恐る恐るのばされるその手に、メリッサはまたいらだちを覚える。
 しかし、今度は振り払うことはせずに、そのままそでをつかませてやった。
 どうせ、ふりはらったところで、また懲りずにその手がのばされてくることを、メリッサは知っているから。
 この幼馴染の少年は、メリッサよりも意気地がないことをよく知っている。
 だから、仕方がない。
 それでも、「男のくせに情けないわねっ!」と思うことだけはやめられない。
「当たり前じゃない。怖くなきゃ、肝試しにきた意味がないじゃない」
 メリッサはふんと胸をはり、あたかももっともらしく言ってみせる。
 たしかに、怖くなければ、肝試しの意味がない。
 先ほど、いつもの遊び仲間の町の子供たちと、たまにはかわったことでもして遊びたいねと話していた時に、ちょうどこの教会のことを思い出した。
 そこは、子供たちが生まれるずっとずっと、もうずうっと前から、見捨てられ使われていないことを知っている。
 そして、町の大人たちには、決して近づいてはいけないと強く言われている。
 ならば、そのような所なら、一度は行ってみたいと思うのが、好奇心が強い子供においては普通のことだろう。
 近づくなと言われれば、それに反発し行きたくなる。
 それに、普段の遊びはまんねりしていて、たまには珍しく刺激的なことをしてみたい。
 すがりつく少年に、メリッサは首をかしげる。
 しかし、どことなくいたずらっぽく、おもしろそうに笑ってもいる。
「――危ない? ……まあねえ。崩れかけているから、それはそれで危ないだろうけれど、別にたいしたことじゃないじゃない。ねえ? ニッキー?」
 子供たちの中では、頭一個分背が高い、そして子供のわりにはがっしりとした体格の少年に、メリッサはそう同意を求める。
 その体格や態度から、どうやら、ニッキーは今ここにいる子供たちの親分的存在のように見える。
 メリッサは、ニッキーに試すようにちらりと視線を流す。
 その視線に気づき、ニッキーも得意げに、にやりと嫌な笑みをみせる。
 無邪気な子供には似つかわしくない、どこか憎たらしい笑み。
 しかしまあ、大人でさえも近づきたがらないこのような場所へ肝試しにやってくるくらいだから、このくらい肝がすわっていて不思議ではないだろう。
 意味深長なその笑みのまま、ニッキーは意地悪く、おびえる少年へ視線を流す。
「ああ、今すぐ崩れるわけでもないしな」
「そんなあっ!」
 瞬間、メリッサにしがみつく少年は、非難するような声をあげた。
 しかし、それくらいで、ニッキーやメリッサがひるむはずがない。
 さらに楽しそうに、二人顔を近づけ、にやにや笑う。
 それを見て、少年は悲愴感を漂わせる。
 がっくりと肩が落ちる。
 この二人にはもう何を言っても無駄だと悟ったらしい。
 そのような少年の様子に、メリッサがしてやったりと嬉しそうに微笑む。
 こちらも、ニッキー同様、子供らしからぬ意味ありげな笑みで。
 どうやら、この二人が、ここにいる子供たちを率いているらしい。
「いいんだぞ? 怖いなら、別についてこなくても。だけど、そうすると、お前はこれからいくじなしマイク≠ニ呼ばれるようになるけれどな?」
 にやにやと、やはり子供らしからぬ笑みを浮かべ、ニッキーは少年――マイクに、ずいっと顔を近づける。
 同時に、マイクは肩をすくめ、しがみつくメリッサの背にすすっと隠れてしまった。
「そ、そ、そんなあ〜……」
 隠れたマイクを追うように、メリッサの背へ、ニッキーはさらにずいっと顔を移動させる。
 やはり、からかうような意地悪い笑みをうかべながら。
 そのようなニッキーを、メリッサも楽しげに見ている。
 他の子供たちは、おろおろとその様子を見守っている。
「わ、わかったよ。行けばいいのでしょう、行けば……」
 渋々といった様子で、マイクはメリッサの背に顔をうずめたまま、そうつぶやいた。
 本当は、思い切り気がすすまないと言いたげに。
 しかし、これからずっと、いくじなしマイク≠ニからかい続けられるくらいならば、この一時の恐怖を選んだ方がよほどましとも言いたげに。
 たしかに、ニッキーのしつこさは普通ではないので、これは賢明な判断かもしれない。
 一生いじめられ続けるくらいなら、一時の恐怖を選んだ方がはるかにましだろう。


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