見捨てられた教会(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

「……まったく、ニッキーは意地悪なのだから」
「ん? 何か言ったか?」
 その小さなつぶやきに、はなれていきつつあったニッキーの顔が、再びずいっとマイクに寄せられる。
「べ、別にっ!」
 思いのほかニッキーは地獄耳だったらしいと、今度は口には出さず、マイクは胸の内で毒づく。
 そのようなマイクを見透かしているのか、くいっと口のはしをあげたニッキーが、やはり意地悪く見る。
 ぶるるっと、マイクは身震いする。
 何やら、この場所よりも、ニッキーの方が恐ろしく感じはじめてしまっているらしい。
「ね、ねえ、ニッキー。やっぱりやめようよ。怖いよ。パパとママに怒られちゃうよ」
 楽しげにマイクをいじめるニッキーの服のそでをぐいっとにぎり、子供たちの中ではいちばん小さな女の子が、すがるようにそう言った。
「何だよ、メリーまで」
 ちらっとメリーを見て、ニッキーはとても不服そうに顔をゆがめる。
 そして、メリーの手からそでをぐいっと奪い返す。
「仕方ないじゃない。メリーはいちばん小さいのだから」
 当然、またニッキーの援護をするだろうと思われていたメリッサが、何故だかメリーの味方をする。
 そして、ニッキーにつめたくつきはなされたメリーを、くいっと抱き寄せる。
 まるで、「いじわるニッキー、メリーをいじめないでよ」とでも言いたげな視線を送りながら。
「まったく……。メリーは弱虫だな」
 それに少しむっとして、ニッキーはさらにメリーにくいつく。
 すると今度は、それまで黙って見ていた少年ジェリーが口をはさんだ。
 ずいっと、メリーを抱き寄せるメリッサの前に躍り出る。
「メリーは女の子なんだよ。そんなにいじめちゃ、かわいそうだよ」
 ジェリーは、非難するようにニッキーをじっと見つめる。
 どうにも立場があやうくなりつつあるニッキーは、足もとにころがっていた石を、乱暴に蹴飛ばした。
「わかったよ。じゃあ、そんなに怖いならついてくるなよ。俺たちだけで行くから」
 そして、そう言い捨て、まったく気がのらないマイクの腕をつかみ、ずかずかと教会へ向かって歩いていく。
 思うままに成長した雑草を、うっとうしげに蹴りながら。
 マイクはただ、びくびくと震えながら、ニッキーにひっぱられていくだけ。
 時折、助けを求めるようにメリッサたちを見ながら。
 その様子をぽけっと見ていたメリッサが、ふと我に返る。
「ちょ……っ。待ちなさいよ、ニッキー!」
 自分勝手にどんどんと進むニッキーを責めるように、歩きにくい雑草の中駆け出す。
 今まで抱き寄せていたメリーを、さっと放り出し。
 そのようなメリッサを見て、ジェリーもふうっと細い吐息をもらす。
「仕方がないな〜」
 そうつぶやきながら、一歩足を踏み出した。
 やれやれと、肩をすくめる。
 ニッキーの自分勝手ぶりはいつものことで、メリッサの負けず嫌いもいつものことだと、ジェリーはよーくわかっている。
 そんな二人の補いを、ジェリーはいつもしている。
 結局、そうして、一緒にやってきた子供は、メリー一人を残し、教会へ歩いていってしまった。
 おいていかれたことに気づき、メリーはおろおろと慌てだし辺りを見まわす。
 どんなに見まわしたところで、もうここにはメリーしか残っていない。
 そのことを悟り、メリーの顔からさあっと血の気がひいていく。
 こんな恐ろしい場所で、一人きりになんてされたくない。
「やーん。メリーだけおいていかないでー!」
 そう泣き叫びながら、メリーも子供たちの後を追い教会へかけていく。


 扉に手を触れると、ぎぎーと嫌な音を立ててゆっくり開いた。
 もう五十年も放置されている教会なので、これほど簡単に扉を開くことができるなど思っていなかった。
 そこに少しの驚きを抱き、五人の子供たちはそれぞれ後ずさる。
 当然、施錠されているものと思っていた。
 ふと足元に視線を落とすと、茂る雑草の中に、朽ちた錠前を見つけることができた。
 それを、ニッキーはこつんと靴の先でけり、納得する。
 五十年やそこらで朽ちてしまう錠前もどうかと思うけれど、たしかに、こんな場所で野ざらしになっていれば、簡単に朽ちることもあるだろう。
 人一人がようやく通れるくらいに開いたその扉から、中をそっとのぞき見る。
 すると、教会の中は、昼間だというのに真っ暗だった。
 わずかに開いた扉から差し込む少しの明かりで、辺りをみまわしてみる。
 すべての窓という窓が、黒い布で覆われている。
 あちらこちらの壁が、くずれ落ちている。
 くもの巣やら何やらが、天井から垂れ下がっている。
 仕舞いには、どこからもぐりこんだのか、こうもりなどが目を輝かせ、子供たちの動向を見守っている始末。
 この見捨てられた教会は、予想以上に荒んでいる。
 その様子に、のどの奥が思わずごくりと鳴る。
 しかし、ここでひるんではいくじなしになってしまうと、ニッキーは自らを奮い立たせ、一歩中へ足を踏み入れた。
 そして、あらかじめ用意していた、燭台にのせた一本のろうそくに、ぽっと灯かりをともす。
 ニッキーに続き、他の子供たちも入っていく。
 灯かりを持つニッキーを先頭に、子供たちは恐る恐る歩みを進めていく。
 足元には、ほこりが積もっており、それが歩くたびに舞い上がる。
 あちこちにはりめぐらせたくもの巣が、いく手をはばむように襲いかかってくる。
「な、なあ、本当に、吸血鬼なんているのかよ」
 そのあまりにもおどろおどろしい光景に、ニッキーは思わずそうもらしていた。
 すると即座に、メリッサが多少不機嫌に言い切る。
「いるわよ。だって、おばあちゃんが教えてくれたもの。五十年前、この教会に吸血鬼が封印されたって。それで、この教会は閉ざされて、ずっと使われていないのだって」
「本当なの? メリッサのおばあちゃんて、最近記憶があやふやでしょ?」
 メリッサの言葉に、ジェリーの背にかくれながら、マイクが不満そうに眉をひそめる。
 ジェリーはというと、そんなマイクを多少馬鹿にするように見下ろしている。
 その目はまるで、「弱虫のくせに、口だけは達者なのだから」とでもいっているかのよう。
「あら、信じられないのなら、ついてこなければいいじゃない」
 メリッサは、おもしろくなさそうに、つきはなすようにそう言い返す。
 マイクのこの憎まれ口はいつものことのようで、たいして相手にする気もないらしい。
「そうだ。嫌ならついてくるな、マイク」
 いちばん先をいくニッキーがちらっと後ろを振り返り、責めるようにマイクを見る。
 そしてまた、ずんずん先へ進んでいく。
「誰も嫌だなんて言っていないじゃない。ただ……怖いって言っただけで……」
 どうやら、多勢に無勢、一人悪者になりつつあることを悟り、マイクはやはり不満そうにそうぶつぶつこぼす。
 相変わらず、ジェリーの背に隠れるように歩きながら。
「どっちも同じじゃない……」
 そのようなマイクに、ジェリーはため息まじりにそうつぶやいた。
 その横では、メリーがびくびくと身を震わせながら、懸命についてきている。


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