吸血鬼騒動(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

「マリーベル!」
 くりくりとした巻き毛の髪をなびかせながら、ふわふわのドレスをまとった少女が、前を行く、長い金の髪の少女にそう声をかけた。
 すると、町中から田園地帯へつづくその細い土の道で、ぴたりと足をとめ、金の髪の少女――マリーベルは、くるりと振り返る。
 ふわりと、この辺り一帯にひろがる、収穫前の麦穂のように髪を舞わせて。
「ロザリア、どうしたの?」
 マリーベルは左腕にかけていた籠を、よいしょっと持ち直す。
 そして、仕立てのよいドレスの裾を翻し、すぐ目の前まで駆け寄ってきたロザリアに、くいっと首をかしげてみせる。
 ロザリアは、この町に大きな屋敷をかまえる良家の令嬢。
 一方、マリーベルは、町のはずれで、物置小屋のような小さな家に一人で住んでいる。
 両親は、もうずっと昔、マリーベルが生まれた頃に亡くなったと聞いている。
 首をかしげるマリーベルの両腕をがしっとつかみ、ロザリアはにやーりと微笑む。
 まるでおもしろいおもちゃでも見つけたかのように。
 しかし、そこに、どこかおどろおどろしさもにじませて。
 どうにも腑に落ちない表情を浮かべている。
「ねえ、マリーベル、知っているでしょう? 三日前から行方不明のアニー」
 ロザリアはマリーベルにすりっと身を寄せて、まるで耳打つようにひっそりとそう告げる。
 しかし、その声は、間違いなく弾んでいる。
「それがどうしたの?」
 マリーベルはいぶかしげに、すぐ目の前にあるロザリアの顔を見つめる。
 すると、ロザリアは、ぽっと頬を少し染め、恥ずかしそうに体をよじらせたかと思うと、再び、おどろおどろしい、けれど、楽しそうな表情をつくってみせた。
 今にも顔と顔が触れてしまいそうなほど、ずいっとマリーベルに顔を近づける。
「ふふふ。それがね、さっき、そこの雑木林で見つかったのよ。――死体で」
 それから、きゃるんと擬態語が飛び出してきそうなほど目を輝かせ、楽しそうに言い放つ。
 瞬間、マリーベルの顔が曇った。
 ロザリアのその不謹慎な楽しみようにではなく、その言葉の内容に。
「え……?」
 そのようなマリーベルに気をよくしたのか、ロザリアはさらに楽しそうに続けていく。
「ね? 驚きでしょう? だけど、それだけじゃあないの。その死因がね、どうも……」
 ロザリアはにやにやと微笑み、そこで言葉を切った。
 すると、色が失せた顔で、マリベールはロザリアに詰め寄っていく。
 まるで何かに気づいてしまったように。
 そして、それは間違いではないと、裏づけを求めるように。確信するために。
「もったいぶらないで、早く言ってちょうだい」
 つかまれていた腕を今度は逆につかみ返し、マリーベルはロザリアへ迫る。
 ロザリアはぽっと頬をそめ、だけど非難するようにぷうっと頬をふくらませる。
「もうっ。マリーベルってば、せっかちなのだから」
 そして、迫ってきたマリベールのおでこをつんとつつき、どこか幸せそうにうっとりとその顔を見つめる。
 いつもなら、そのようなロザリアに、マリーベルは呆れたように肩を落とすところだけれど、今回は違う。
 険しい表情で、じっとロザリアを見つめる。先を促すように。
「そんなことはどうでもいいじゃない。それで、どうなの?」
 観念したように、ロザリアはふうっとため息をひとつつく。
 それから、ちょいちょいとマリーベルに手招きして、もっと顔……耳を近づけるように促す。
 こくんとうなずき、マリーベルは言われるまま耳を寄せた。
 すると、辺りをはばかるように、ロザリアがぼそりと告げる。
「それがね、首に二つ、まるで吸血鬼にでも襲われたかのような傷が残っていたのだって。それで、今騒ぎになっているのよ。ヴァンパイアが現れた……とね。――ねえ、マリーベルはどう思――」
「それ、本当なの!?」
 ロザリアがそこまで言いかけると、マリーベルは急にくるりと顔をまわし、確認するようにじっと見つめた。
 瞬間、ロザリアの唇にマリーベルのそれが触れそうになって、ロザリアは胸をどくんとはずませる。
 それから、険しいけれど、どこか勇ましく見える――ロザリアには――そのマリーベルの顔を、うっとりと見つめる。
「ええ、本当よ。行ってみなさいよ。死体はまだそのままにしてあるはずよ」
「もちろんよ!」
 ロザリアがとろんとした目で見つめながら告げると、マリーベルはそう叫び、走り出して行ってしまった。
 顔から色が失われ、鬼気迫る様子で。
 マリーベルが去る姿を、ロザリアはやはりうっとりと見送っている。
 だけどすぐに取り残されたことに気づき、ぷっくり頬をふくらませる。
「もうっ、マリーベルってば! 本当、人の話を最後まで聞かないのだから! いじわるー!」
 もうすっかり見えなくなってしまったマリーベルへ向かって、まるで沈みかけの太陽に叫ぶかのように、ロザリアはそう遠吠えをする。
 そして、すぐそこに転がっていた小石を、思いっきり蹴り上げた。


 その雑木林には、町の男たちが、わらわらと集まっていた。
 皆一様に、うかない顔をしている。
 うかないどころではなく、色が失われている者もいる。
 そのような男たちを両手でぐいっとおしのけて、マリーベルはその中心へずかずかと入っていく。
「ちょっとそこをどいて!」
 むっとしたような顔をするけれど、男たちはすぐにそれがマリーベルだと気づき、誰一人として不満をもらそうとはしない。
 むしろ、現れたマリーベルに、胸を撫で下ろすような素振りを見せる者もいる。
「マリーベルか……。なあ、あんたはどう思う?」
 その中の一人が、おずおずとマリーベルにそう尋ねた。
 その男をちらっと見て、マリーベルはこくりとうなずく。
「ちょっと待って。今たしかめてみるわ」
 同時に、持っていたつまれたばかりの果物がたっぷりと入っている籠を、その男へぐいっとおしつける。
 男は、慌ててそれを受け取り、不安げにマリーベルを見つめる。
 マリーベルは、すぐ足元にある、布をかぶせられたふくらみのもとに、すっとひざまずいた。
 それから、その布を、少しだけめくってみる。
 するとそこから、恐怖におののいた青白い顔が、どろりとでてきた。
「う……っ」
 マリーベルは一瞬たじろぎを見せたものの、意を決したように、その顔の少しした、首へ視線を移していく。
 マリーベルの顔は、気分が悪そうにゆがめられている。
 まだ十代の半ばをすぎた程度の少女には、その光景はあまりにも酷すぎる。
 それなのに、誰一人として、マリーベルの行動をとめようとする者はいない。
 むしろ、マリーベルにそれを促しているふうさえある。
 死体の首へ視線を合わせた瞬間、その目が驚愕に見開かれた。
 マリーベルから、声にならない叫びがもれる。
 同時に、胃の中から苦いものがこみあげてきそうになった。
 だけど、それをぐっとこらえ、マリーベルは気丈に振る舞う。
 それが、マリーベルに与えられた使命だから。
 この町で生きるための術だから。
 この町の人たちへの恩返しだから。
 何よりも、マリーベルに受け継がれたその血が、そこから目をそむけることを決して許してくれない。


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