吸血鬼騒動(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

「マ、マリーベル? おい、どうしたんだよ? もしかして……?」
 言葉を失ったマリーベルの顔を、男たちは不安そうにのぞきこむ。
 嫌なざわめきが、その場を覆う。
 ごくりとつばをのみ、マリーベルはかすれる声で言葉をしぼりだす。
「これは……ヴァンパイアの仕業よ」
 マリーベルがそうきっぱり告げた瞬間、その場が大波にのまれた後のようにしんと静まり返った。
 しかし、次の瞬間には、世界の終わりのように、恐怖の声がとどろきはじめる。
「本当なのか!? だって、ヴァンパイアは五十年前に……!!」
 一人の男が、信じられないと、青い顔でマリーベルに詰め寄る。
 その華奢な肩が、ぎりっと力強くつかまれる。
 マリーベルの顔が、きゅっと痛みにゆがむ。
 その手をすっとはらいのけ、マリーベルは男から一歩後退した。
 また肩をつかまれてはたまらないと。
 きっと、ここにいる誰もが、その事実に恐れおののき、もう冷静でいられないだろうと、そう悟り。
 そのような男たちの中に一人いては、逆にマリーベルの身が危険になる。
 ヴァンパイアとは、また違った意味で……。
 このまま、恐怖にかられ、暴動でもはじめられてはたまらない。
「ええ、そうよ。この町のヴァンパイアは、五十年前に封印されたはず。――だけど、間違いないわ。これは、ヴァンパイアがつけた傷よ」
 そうわかっているはずなのに、追い討ちをかけるように、マリーベルはきっぱりとそれを告げる。
 たしかに、暴動を起こされる危険も否めないけれど、それよりも、この起こってしまった事実から目をそらされる方が、もっと危険だと知っているから。
「そ、そんな……!!」
 一斉に、その場が恐怖にのまれる。
 五十年前に封印されたはずのそのヴァンパイアが、かつてこの町にもたらした恐怖、絶望は、まだ人々の記憶にとどまっている。
 今でも、町の年寄り連中の間では、昨日のように思い出せる程度に新しい記憶。
 まるでこの世の終わりかのような空気に、その場が支配される。
「たしかめなきゃいけないわね。――ねえ、屈強な男を五、六人ほど集めてくれない? 例の教会へ行くわ」
 恐怖にこおりついたようなそこへ、マリーベルはそう投げかける。
 すると同時に、怯えや不安、非難など、いろいろな負の感情がないまぜになったざわめきが起こった。
「お、おい! 冗談はよせ! 誰がそんな危険なことを……!!」
 すぐさま、すごい剣幕で、マリーベルがざわめく男達をにらみつける。
「何を言っているのよ! 誰かがたしかめに行かなきゃ、どうしようもないでしょう!? それとも、みんな一緒に死にたいの!? 町を死滅させる気!?」
「う……っ」
 まるで責めるようにそう言われ、男達は悔しそうに言葉をつまらせる。
 たしかに、悔しいけれど、認めたくないけれど、マリーベルの言葉には一理ある。
 誰かが行動を起こさなければ、この町は全滅することになるかもしれない。
 五十年前に封印したはずのヴァンパイアが、本当によみがえったというならば。
 そうでなければいいと願うけれど、最悪なことにそうだとすれば……。
 どのようなことをしてでも、そのヴァンパイアを灰へと還さない限り、この町の平和は約束されない。
 五十年前は、ある高名なヴァンパイア・ハンターの意見を尊重し封印するにとどめたけれど、そのヴァンパイア・ハンターがいない今は、この世から消し去らないことには安心できない。
 しかし、それは、あくまでヴァンパイアがよみがえったことが前提。
 もしかしたら、よみがえっていないかもしれない。
 ならば、また別の対処法を考えることができる。
 いや、考えねばならなくなる。
 願わくは、後者であって欲しい。
 五十年前のヴァンパイアにはかなわないけれど、後者ならば、町の者すべての力を合わせれば、どうにかできないこともないだろう。
 たとえ、後者もまた、人ではないもの≠セとしても。
 きっと、これは、後者であることを確認し、安心するためのものだろう。そう信じたい。
 ……いや、後者であったとしても、この町に災いをもたらすものであることには変わりない。
 しかし、教会に封印したヴァンパイアでなければ、少しは安心できる。
 あのヴァンパイアは、この町――かつては村だったここの人々を、とても憎んでいるだろうから。
 それを知っているから。
 憎しみから、復讐にかりたてられ、そして――。
 それは、否定できない事実。
「わかったら、さっさとして!」
 いつまでたっても腹を決めずじれったい男たちに、マリーベルは早々に業を煮やしてしまった。
 多少乱暴に、そう怒鳴る。
「あ、ああ……!」
 男達は慌てて、皆散り散りに散っていく。
 マリーベルの指示通りに、これから町の屈強な男を五、六人みつくろいに行くのだろう。
 ここは、マリーベルに逆らわないことが賢明だと、男たちはよく知っている。
 いざとなると、この事件を解決できるのは、マリーベルを除いて他にいないから。
 男たちが皆去ったことを確認すると、マリーベルは足元に横たわる無残な死体へ、再びすっと視線を落としていく。
「まさか……そんなはずはないわよね? だって彼は……」
 マリーベルが苦しそうにつぶやく。
 そして、すいっと視線をそらしていく。
 憎らしいくらい青く澄み渡った、広い広い空へと。
 すっと、目を閉じる。
 このまま開いていては、その目から熱いものが流れ落ちてしまいそうだから。
 ……泣いては駄目。
 まだ、そうと決まったわけではないのだから。
 そして、泣いているところを、もし間違って誰かに見られようものなら、この町は救われることのない恐怖に陥れられるだろう。
 マリーベルは、そんな、まるでタイトロープの上にいるようなものだから。
 いつ壊れてもおかしくない、そんな硝子細工のような存在。この町では。
 みんな、壊れ物を扱うように、一線をおいている。恐れている。
「マリーベル……。本当に行くの?」
 じゃりっと土を踏む音とともに、静かに問いかける声があった。
 その声に、マリーベルはゆっくりまぶたをあげていく。
 そして、すっと振り返った。
 そこには、悲しそうにマリーベルを見つめるロザリアが立っていた。
 マリーベルは、するっと体をずらし、ロザリアから足元の死体が見えないように移動する。
 このような凄惨なものを、ロザリアに見せるわけにはいかない。
 このようなものを見なければいけないこの町の少女は、マリーベルだけで十分。
「もちろんよ。だって、わたしはあの男の孫だもの。生まれた時からそういう運命なのよ」
 マリーベルはにっこり笑い、たわいないとばかりに、あっさりそう言い切る。
 そして、両手を握り締め、心配そうに見つめるロザリアへ歩み寄る。
 ふわりと、小刻みに震える握られたその両手を包み込む。
 ロザリアはきっと、先ほどまでの男たちとの会話を聞いていただろうとわかるから。
 いや、聞いていなければ、そのような問いはでてこないだろう。そのような顔はしないだろう。
「でも……」
「心配しないで。わたしは大丈夫よ。何しろ、五十年前にヴァンパイアを封印した男、クール・ダグラスの孫だもの」
 それでも不安に震えるロザリアに、マリーベルはもう一度にこっと微笑みかける。
 男たちではないけれど、あのヴァンパイアではないように、マリーベルも願う。
 マリーベルは、五十年前にあのヴァンパイアを封印したヴァンパイア・ハンターの孫。
 だから絶対に、この危険な役目から逃れることはできない。自ら率先してそこへ立ち向かわなければならない。
 それが、かの高名なヴァンパイア・ハンターの血を継ぐ者の責務。
 たとえ、女の身であろうとも、受け継がれた血は絶対。
 そして、あのヴァンパイアに限っては、逃れられない責任がある。
「マリー……ベル……」
 マリーベルのその逃れられない立場に、ロザリアは苦しそうに唇をかむ。
 そしてそのまま、包むマリーベルの手をふりほどき、がばりとその胸に抱きつく。
 マリーベルの胸にうずめたロザリアの顔からは、ぽろぽろとこぼれるものがたくさんあった。
「泣かないでよ、ロザリア。これは、わたしがしなければいけないことだもの。――大丈夫、必ず帰ってくるわよ」
 ふるふる震え、必死にその言葉に抗おうとするロザリアを、マリーベルは両腕ですっと包みこむ。
 この幼馴染が、どれほどマリーベルの身を案じているかわかるから。
 ロザリアだけが、幼い頃からマリーベルが抱き続けているその思いを、理解していると知っているから。
 それでも、案じるロザリアを振り払ってでも、マリーベルは行かなければならない。
 それが、マリーベルがこの町にいられる方法だから。
 唯一の存在理由。……生かされている理由。


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