吸血鬼騒動(3)
闇夜の月に焦がれる太陽

 マリーベルは、すべての準備をすませ、町の中心にあたる時計台のある広場で男たちを待っていた。
 背にする時計台の秒針の音が、コチコチと聞こえてきそうなほど、その場は静まり返っている。
 あの後、瞬く間に、今回の吸血鬼騒動が知れ渡り、町人という町人が皆、それぞれの家に閉じこもってしまった。
 むしろ、それがいい。
 下手に出歩かれたり興味をもたれたりすると、出さなくてもいい犠牲を出すことになりかねない。
 敵が何かわからない今は、大人しくしていてもらった方が何かとやりやすい。
 秒針の音と、風が吹き抜けていく音だけが、その場に響く。
 あれほど活気があった町は、今はまるで廃墟のように静か。
 マリーベルの腰には、きらりと輝く銀の剣がある。
 そして、体をすっぽり覆う黒いマント。
 それだけが、マリーベルがすませた準備。
 ヴァンパイア・ハンターには、それだけで十分。
 それが、ヴァンパイア・ハンターの正装。
 皆ためらっているのか、かれこれここで三十分は待っているかというのに、なかなか男たちはやってこない。
 果たして本当にやってくるのかすら疑わしいけれど、そこは彼らを信じるほかない。
 自分たちの町を守りたいと本当に思っているのなら、やって来るだろう。
 五、六人は集まらなくとも、せめて一人二人ほどは。
 待ちつかれたのか、マリーベルがとんとんとつま先で地面を蹴った時だった。
 この時計台がある広場へと集まってくる道の一本から、一つの人影が現れた。
 それに気づき、マリーベルはぎょっと目を見開く。
「ちょ、ちょっと、ショーン! どうしてあなたが……!!」
 マリーベルは慌てて、怒鳴るようにそう声をかける。
 すると、やって来た人影はにっこり微笑み、マリーベルへ駆け寄る。
 息を切らせやって来るその姿は、まるで野に咲く可憐な花のよう。
 どこからどう見ても、お世辞にも、屈強≠ニは言えない。
 むしろ、ひ弱――華奢という言葉が似合いそうな、マリーベルと同じ年頃の少年だった。
「どうしてって……もちろん、俺も一緒に行くんだよ」
 ショーンはマリーベルの前までやってくると、けろりとそう言い切る。
 そして、胸元から、ちらりと黒く光るものをのぞかせる。
 恐らく、そこには銀の弾がこめられているのだろう。
 銀の剣同様銀の弾も、ヴァンパイアに効果がある。
「なに馬鹿を言っているのよ、あなたじゃ駄目よ。いいからさっさと帰りなさい」
 得意げに微笑むショーンの胸をどんと押し、マリーベルはそう突き放す。
 たしかに、華奢なその体では、間違って戦うことになった時などひとたまりもない。
 屈強な男ですら、敵うかどうか疑わしいというのに。
 むしろ、少女と間違われ、そのまま襲われる可能性も否定できない。そんな危険なことはできない。
 吸血鬼というものは、一般的に、乙女の血をこよなく愛すると言われている。
 事実、その傾向が強くもあるだろう。
「何それ……。それって、俺を馬鹿にしているの? 俺もれっきとした男だよ」
 胸をおすマリーベルの手をぎゅっとにぎり、ショーンは非難するように見つめる。
 そのまっすぐ見つめる目に、マリーベルは思わず少しひるみそうになった。
「だけど……あなたじゃ、ヴァンパイアが現れた時、いちばんはじめに狙われちゃうわ!」
 マリーベルはぶんぶん手をふり、にぎるショーンの手を振り払おうとする。
 だけど、びくともしない。
 その辺りは、悔しいことに、ショーンは男だと認めざるを得ない。
 女のマリーベルは、力ではどうしたってかなわない。
 マリーベルは、苦々しげに唇をかむ。
 そのようなマリーベルを見て、ショーンはにっこり微笑む。
「いちばんはじめに狙われるのは、マリーベルだろ?」
 そして、やはりけろりとそう言ってのける。
 たしかに、これから教会へ向かうメンバーの中で、マリーベルはただ一人の女。
 見た目が少女のショーンでも、ヴァンパイアがみればしっかり男になるだろう。
 彼ら怪物たちは、見た目ではなく、その中味――嗅覚でかぎわけているとも聞く。
 彼らは、見た目に惑わされない。真実を見抜く、恐ろしい生き物。
「――違う。もし本当に彼だったら……」
 ふいっとショーンから視線をそらし、マリーベルはぽつりつぶやいた。
「え? 何か言った?」
「ううん、何でもない」
 不思議そうに首をかしげるショーンに、マリーベルは慌てて首を大きくふる。
 もしあの吸血鬼ならば、マリーベルは狙われることはない。
 五十年前の、あの記憶がある限り。
 そうなると、いちばん危険にさらされるのはショーンだろう。
 吸血鬼は、いちばん容易く殺せる相手と判断するだろうから。
「とにかく、わたしはいいのよ。だってこれは、わたしの使命なのだもの。――知っているでしょう? わたしは、五十年前に……」
 すっと視線を戻し、ショーンをまっすぐにとらえ、マリーベルはそう言う。
 すると、その言葉を遮るようにショーンが口を開く。
「知っているよ。だけど、それがどうしたというのだよ。そんなの関係ないじゃないか。マリーベルは女の子なんだよ」
「だけど……!!」
 マリーベルの手をふわりと包むように握りなおし、ショーンは優しい眼差しを向ける。
 その言葉通り、あまいふわふわの砂糖菓子のような女の子を見つめるように。
 その目は、マリーベルを普通の女の子として見ている。
 マリーベルは、そのような目で見てもらえるような少女ではないのに。
 その身に流れる血が、否応なくそうさせる。
 かの高名なヴァンパイア・ハンターの血をひいている限り、逃れられない。
 その血なまぐさい運命からは。
「いいじゃない、俺は行きたいのだから。ね?」
 にぎる手をぐいっと引き、ショーンはそのまま自らの胸にぽすんとマリーベルをおさめる。
 その胸の中で、マリーベルは困ったようにみじろぎをする。
「ショ、ショーン……」
 ショーンもまた、幼い頃よりマリーベルとロザリアと一緒に遊んだ仲。
 マリーベルは、この幼馴染の優しさも強さも知っているから、無下にはできない。
 悔しいけれど、この腕を振り払う勇気は、マリーベルにはない。
 そのあたたかさを知っているだけに、振り払うことができない。
 ショーンの胸の中で、あたふたと戸惑う。
「ねえ、そろそろみんな集まったようだよ? 早く行こうよ」
 そのようなマリーベルに気づき、ショーンはどこか意地悪くそう微笑む。
 見れば、たしかに、いつの間にか男たちがこの場へとやって来ていた。
 がっしりとはしているけれど、どこか頼りなげにも見える男たちが五人、神妙な顔つきでマリーベルを見つめている。
 それに気づき、マリーベルは、あれほどためらっていたのに、あっさりとショーンを突き放していた。
 とんと突き飛ばすように。
 そのようなマリーベルの行動に、ショーンは気づかれないように苦く笑う。
「ほら、行くよ!」
 また帰れなどと言われないうちに、ショーンはそう言って、マリーベルの腕をひく。
 それから、さっさとすたすた歩き出してしまった。
 町のはずれにある、今はもう使われていない教会へ。
 引っ張られるように、マリーベルも足を動かしていく。
 時折、からまるようにつまずきながら。
 それに続き、男たちも重い足取りで歩きはじめる。
 わかっていることだけれど、彼らは気がすすまないのだろう。
 できるならば、このような役目、さっさと降りてしまいたいだろう。
 だけど、そうすると、町人たちから非難を浴びせられ、さらには村八分にされることを知っている。だから、マリーベルとはまた違った理由で、渋々従わざるを得ない。
 ぷっくりと頬をふくらませ、不満げに、マリーベルはショーンにひっぱられ、町はずれの教会へ歩いていく。


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