吸血鬼騒動(4)
闇夜の月に焦がれる太陽

「吸血鬼は、地下室に封印されているはずよ。――あれ……?」
 雑草が生い茂る見捨てられた教会へやって来ると、マリーベルはそこを指差しそう告げようとし、違和感に気づいた。
 ここまできてしまっては、さすがにショーンを追い返そうとはもうしない。……できない。
 そうしたところで、ショーンが従うとは思えないこともある。
 仕方がないので、いざという時は、マリーベルがショーンを守ることにする。
 ただでさえ厄介なのに、こんなお荷物までかかえるはめになってしまった。
 今町を騒がせるそれが、本当にこの教会に眠る吸血鬼ならば、そして、今もあの時の記憶が胸にあるならば、マリーベルは決して傷つけられることはない。
 マリーベルは、そう信じている。
「ねえ、たしか、この教会はもう何十年も誰も近づいてはいないはずよね? それなのに……」
 つづけてそう言いながら、マリーベルは雑草が生い茂る一角をすっと指差す。
 するとそこには、たしかに違和感があった。
 マリーベルが言う通り、この教会は何十年も使われていない。あの吸血鬼を封印してから、気味悪がり、誰も近づいていない。
 なのに、この違和感は……これは、あり得ない。
 どうして、教会へつづく、もう定かでなくなったこの道に生える雑草が、最近人に踏み荒らされたように地に倒れているのだろうか。
 これは、決して獣の仕業などではない。
 獣にしては、やけに整って倒れている。
 マリーベルが指差す先に視線を移し、ショーンは険しい顔でひざまずき、倒れた草に触れる。
「本当だ。これは……最近のものに違いない」
 踏み倒されたにしては、その草は妙に青々としている。
 そしてまた、踏み倒された草の合間をぬって、新しい草がはえてきてもいない。
 ということは、すなわち、これは最近の仕事と見ていいだろう。
 見上げるショーンをマリーベルは見下ろし、二人険しい顔で見つめあう。
 すると、マリーベルの背から、男たちが顔をだし、それぞれにその倒れた雑草をしげしげと確認する。
 すると、そのうちの一人が、はっと何かに気づいたように身をはねさせ、そして震える声でしぼりだす。
「な、なあ、これって、もしかして、五日前から姿が見えない子供たちが倒したものじゃないのか……!?」
 瞬間、その場に嫌なざわめきが起こった。
 同時に、皆顔を見合わせる。
 その顔からは、一瞬にして色が失われていた。
「まずいわ! 急ぐわよ!」
 動きをとめてしまっている男たちにそう言い放ち、マリーベルは駆けるように教会へ歩いていく。
 その行動で、マリーベルが何を言いたいのか、男たちにもわかってしまった。
 がくがくと、その場で震えはじめる。
 そのような男たちを一瞥し、ショーンもマリーベルを追うように駆け出す。
「待てよ! マリーベル!!」


 壁は崩れ落ち、天井からはくもの巣が垂れ下がっている。
 歩くたびに、もわもわと埃が舞い上がる。
 燭台だけの頼りない明かりでは、辺りをよく見渡すことができない。
 しかし、それにもかまわず、まるではじめから間取りを知っているように、この暗い中でもしっかりと見えているように、マリーベルはすたすた歩いていく。
 その後を、ショーンが慌ててついていく。
 この教会の扉には、たしかに鍵がかけられていた。
 もう古くなり錆びたその鍵は、役目を果たすには不十分のように見えたけれど、それでもしっかりと施錠されていた。
 今は、それだけが希望。
 鍵がかけられてあるということは、誰かが浸入した形跡はないということだから。
 また、何かが、ここから出て行ったということでもないだろう。
 ただ、この教会には、もうひとつ出入り口があるので、そちらはどうか――。
 あの倒れた雑草に気をとられ、不覚にもそちらの確認を怠ってしまった。
 今は、それが悔やまれてならない。
 だからといって、いつまでも気にしていてもはじまらない。
 今はとにかく、鍵などより、もっと重要なそちらを確認しなければならない。
 壊れた扉の向こうには、かつては人が暮らしていたなごりが残っている部屋がある。
 その前をいくつか通り、マリーベルは礼拝堂に出た。
 そして、そこの礼拝台の下に、吸血鬼が眠る地下室への扉がある。
 そこへ、燭台の明かりをすっとかざす。
 瞬間、マリーベルは目を見開いた。
「まさか……本当に……?」
 同時に、ぽつりと、そうもらしていた。
 その地下室への扉が、開いていたから。
 マリーベルは、ふらふらとそこへ歩み寄る。
 後からついてきていたショーンも、慌ててマリーベルに続く。
 礼拝台までやってくると、地下室の様子がうかがえた。
 だけど、中は真っ暗で、しっかりと見通すことができない。
 ごくりとつばをのみ、マリーベルはショーンに目で合図をし、ゆっくりと地下室への階段をくだりはじめる。
 ショーンもきゅっと唇をかみしめ、こくんとうなずいた。


 マリーベルが持つ燭台の明かりを頼りに、地下室におりきった時だった。
 また、マリーベルに衝撃が襲ってきた。
 目の前にあるその棺の蓋が、半開きになっている。
 このようなことは、あり得ない。
 五十年前に、かの高名なヴァンパイア・ハンターは、たしかにしっかりと封印を施していた。
 それなのに、棺の蓋が開いている。
 それは、すなわち……。
「マリーベル、待てよ。俺が先に行く」
 一瞬ためらったように足をとめたマリーベルにすかさず気づき、ショーンは棺へ歩み寄ろうとする彼女の腕をぐいっとひく。
 だけど、ちらっとショーンに視線を向け、マリーベルはその手をすいっと振り払った。
 そして、そのまま、ゆっくりと棺へ近づいていく。
 マリーベルの突き放すような態度に、ショーンは悲しげに顔をゆがめた。
 今振り払われたばかりの手を、ぎゅっと握り締める。
 ショーンがどれだけ大切に思っても、女の子として扱おうとしても、こういう時のマリーベルはそれを決して許してくれないと、あらためてつきつけられた。
 ……わかっていたはず。
 マリーベルは、そのようにしか生きられない、不器用な少女だということくらい。
 だけど、その不器用な生き方から、救ってやりたいともショーンは思っている。
 少女一人の肩には重すぎる、その定めから。
 そのようなショーンの思いは、マリーベルには届くことはないのだろうけれど。
 それでも、ショーンは願わずにはいられない。
 棺まで歩み寄り、なめるようにそれを見まわした後、マリーベルは声を殺し、苦しげにはきだした。
「……よみがえったわ」
 マリーベルは、じっと、棺をにらむように見下ろしている。
 そこには、この棺の主であるはずの吸血鬼の姿はない。
「みんなを早くこの教会から出して。後をついてきているのでしょう? 危険だわ。この教会のどこかにヴァンパイアがいる! 早く!!」
 振り返るなり、マリーベルはショーンにそう叫んでいた。
 すると、ショーンもはっと我に返り、慌ててこくりとうなずく。
 それから、踵を返し、階段を駆け上ろうとした。
 だけど、そこでぴたりと足をとめ、まだ棺のもとでたたずむマリーベルへゆっくり振り返る。


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