吸血鬼騒動(5)
闇夜の月に焦がれる太陽

「本当に、ヴァンパイアが……?」
 あらためて確認するように、ショーンはマリーベルに問いかける。
 するとマリーベルは、ショーンに背を向け、視線を床に落とした。
 それから、妙に静かにうなずく。
「ええ、ヴァンパイアの姿がこの棺にないのよ。恐らく、今はまだ日が高いから、この教会の中にいるはずよ」
「そうか……」
 マリーベルのその確信したような言葉に、ショーンは何かをふりはらうように首を小さく横にふる。
 マリーベルが苦しげにぎゅっと目をつむり、意を決したようにぱっと開いた。
「かわいそうだけれど、子供たちは、きっと……生きていないわ。今頃は、恐らくアニーと同じようになっている」
「え……!?」
 いきなりのマリーベルのその言葉に、ショーンは眉根を寄せる。
 たしかに、そのような可能性があると、むしろその可能性が高いとショーンも思っていたけれど、よもや、まだ確認もしていないその内からそうきっぱりと言い切ることができるとは……。
 そう思い、マリーベルが見つめるその床にすっと視線を向けた時だった。
 ショーンもその言葉を確信してしまえた。
 マリーベルの視線の先には、燭台の明かりに照らされたそれ≠ェあった。
「血の痕? ――まったく、余計なことをしてくれて。自業自得だな」
 そして、ショーンは妙に冷たくそう言い放っていた。
 いつにない冷たい言いに、マリーベルは戸惑いの眼差しをショーンへ向ける。
 だけど、その視線に気づいているはずなのに、ショーンはそれ以上何も言おうとしない。
 ふるっと首を一度小さくふり、マリーベルはすっと視線をあげた。
「そろそろ、わたしたちも退却した方がいいわね。よみがえったとわかった以上、態勢を立て直す必要があるわ。ショーンは早くみんなに知らせてあげて」
「ああ」
 ショーンはうなずき、マリーベルに促されるまま、崩れかけた階段を上っていく。
 ショーンを見送り、マリーベルは再びすぐそこにある棺を苦しそうに見つめる。
「本当にあなたなの……? マルセル……」
 そうつぶやき、ショーンを追って、マリーベルも階段を駆け上っていく。
 けれど、その姿は、どこか後ろ髪を引かれるようにも見えた。
 主を失ったその棺を、あわれむように。


 マリーベルが地上に出ると、ちょうどショーンに追いついたところだった。
 後から駆け上ってくるマリーベルに気づき、ショーンがすっと手を差し出す。
 その手をとり、ひきあげようと。
 一瞬ためらったものの、マリーベルは素直にその手に手をかさねた。
 その時だった。
 ざわりと、何か生き物の気配に気づいた。
 とったショーンの手をぐいっとひき、マリーベルはとっさにその背に隠す。
 目の前に、黒いマントに身を包んだ男が立っていた。
 その存在を認めると同時に、マリーベルは腰から銀の剣をさっと抜き取り、その男へ向けて突き出した。
 瞬間、カチンと、金属と金属がぶつかり合う、無機質な音が礼拝堂に響いた。
「あなた……人間ね……」
 すっと剣を引きながら、マリーベルは苦々しくつぶやく。
 すると、男も少し驚いたようにマリーベルを見つめ、苦笑した。
 男は腰へ、するりと剣を戻していく。
 どうやら、あの一瞬のうちに、マリーベルの剣をそれで受けとめていたらしい。
 その定めにあるマリーベルだから、普段から鍛え、その辺りの男には負けない剣の腕を持っているのに、それをやすやすと受けとめた。
 マリーベルは、ぎりっと唇をかみしめる。
「ヴァンパイアの気を感じないわ。見たこともない顔だし……一体、ここで何をしているの!?」
 マリーベルも剣を腰へ戻しながら、尋問するようにそう言って、男をにらみつける。
 男は妙に清々しく、にこりと笑みをのぞかせる。
 瞬間、マリーベルの中で、何かがかちんとぶち切れた。
「どうして、ヴァンパイアじゃないと?」
「馬鹿にしないでよ。こう見えても、わたしはヴァンパイア・ハンターなのよ。人と吸血鬼を間違えたりしないわ」
 ぶち切れたそれを必死になだめ、マリーベルは冷静を装う。
 だけど、言葉の端々ににじみ出る棘だけは、どうにもおさえられない。
 見下すように男を見る。
 すると男は、今度はにやりと、どこか不気味な笑みを浮かべる。
「なるほどね……」
 そして、にたにた笑いながら、まじまじとマリーベルを見る。
 上から下まで、なめるように。
 その汚らわしい視線にいらだちを覚えながら、マリーベルはやはり冷静を装う。
 ここで取り乱しては、思うつぼ、男に負けるような気がしたから。
 これは、マリーベルのヴァンパイア・ハンターとしての誇りが、そうさせているのかもしれない。
 この程度で取り乱しては、ヴァンパイア・ハンターの名に傷がつく。
「それで? あなたは何者なの? この町の者ではないでしょう?」
「ああ、実は、俺もヴァンパイア・ハンターなんだよ。吸血鬼が現れたと聞いてね、こうして真相を確かめにきた次第だよ」
 ふっとどこか得意げな笑みをのぞかせ、男はご丁寧にもそう説明をする。
 そのふてぶてしい態度に、マリーベルはやはり何かをぶち切りそうになる。
 それでも、必死にこらえる。
 何がなんでもこの男に負けるわけにはいかないと、妙な闘争心も同時にかきたてられる。
 それに、この男がヴァンパイア・ハンターというならば、その名にかけて、誇りにかけて、マリーベルは絶対に負けるわけにいかない。
 マリーベルは、ヴァンパイア・ハンターの中でも英雄的な存在、あのクール・ダグラスの孫なのだから。
「そう、残念ね。あなたの出番はないわよ。ここにはもう、わたしというヴァンパイア・ハンターがいるのだから。わかったら、さっさと帰りなさい」
 マリーベルは、男の向こうに見える扉をびしっと指差す。
 すると、それまでマリーベルの背で様子をうかがっていたショーンが、ぐいっと身をのりだした。
「マリーベル! こんな奴の言うこと信じちゃだめだよ! 見て、この格好。黒マントだよ。絶対怪しいよ。きっと、こいつが吸血鬼だよ!」
 そして、マリーベルの耳の傍で、ぎゃんぎゃんまくしたてる。
 耳を痛そうにおさえながら、マリーベルはショーンに冷たい視線を流す。
 せっかく、この胡散臭いヴァンパイア・ハンターとやらを追い返そうとしていたところを、まんまとショーンに邪魔されたと言わんばかりに。
 事実、そうだった。
 怒られ、しゅんと小さくなってしまったショーンに呆れるマリーベルの耳に、くすくすという笑い声が入ってきたのだから。
 とっても腹立たしいその笑い声。
「おもしろいな、君たち。だけど、残念ながら帰る気はないよ。俺は俺で勝手にする。かまわないだろ?」
 そう言って、黒マントの男はにやりとマリーベルに目配せをする。
 同時に、マリーベルはぷいっと顔をそむけた。
 腹立たしいことに、マリーベルはこの男になめられてしまったらしい。ショーンの余計な言葉によって。
 それまでは、せっかく事がうまくいきそうだったのに……。
 この騒動に、下手に他のヴァンパイア・ハンターに介入されては、ややこしくなる。困る。
 マリーベルがしようとしていることが、できなくなってしまうかもしれない。
 それだけは、許せない。させられない。
 それは、この町の人たちのためにもなり、同時に、あの吸血鬼のために、きっとなるから。そう信じているから。
「ちょ……っ」
 さすがに男の言葉を容認するわけにはいかないので、マリーベルが反論しようとした時だった。
 どこからか聞こえてきた。絶叫まじりの悲鳴が。……断末魔が。
「ぎゃあ〜っ!!」
 その悲鳴を聞いた瞬間、マリーベルも黒マントの男も、言い争うことを忘れ、ばっと駆け出していた。
 あれほど苦々しく男をにらみつけていたのに、そのようなことは、マリーベルの頭からすっぽり抜け落ちていた。
 何しろ、それは、こうしていがみ合うよりもっと重大なことだから。人の命にかかわることだから。
 それが連想できてしまうから。
 男と競うように、マリーベルは悲鳴が聞こえてきたその方向へ駆け出す。
 駆け出したマリーベルと男に気づき、ショーンも慌ててその後を追う。
 男はマリーベルをぐんぐん引きはなし、くもの巣をかきわけ、どんどん先へ行ってしまう。
 その後を、マリーベルは苦々しげに顔をゆがめ、必死に追いかけていく。
 ここで負けるわけにいかないと。
 下手な闘争心を持っている場合ではないとわかっているはずなのに、それでも、マリーベルは何だかこの男にだけは負けたくない。
 一体、どうしたのだろう。
 普段のマリーベルなら、絶対にこんなことはあり得ない。冷静さを欠いてしまうなど……。
 マリーベルは悔しげに顔をゆがめ、そして今男がまがったその角をまがろうとした時だった。
 追いかけるマリーベルに気づいたのか、再び男がその角からこちらへ顔をだし、マリーベルの腕を引き寄せる。
「見るな!」
「え……?」
 そしてそのまま、一気にその胸の中へマリーベルをおさめた。
 ばさりとマントをその上にかぶせ、マリーベルを胸と腕とマントの中に包み込む。
 マリーベルは、一瞬のその出来事に何が起こったのかわからず、されるがまま、素直に男の胸に顔をうずめてしまった。
 すると、ふわりと、妙に甘い香りを感じた。
 あたたかいぬくもりまでも感じてしまい……。
 頬を寄せるその胸は、妙にはやく、どくどくと脈打っている。
 すうっと、意識が遠のいていきそうな感覚に襲われる。
 その時だった。
 どんと、マリーベルを抱き寄せる男に、誰かがぶつかったような気がした。
 それと同時に、マリーベルの耳を、恐怖におののいたような絶叫が貫いていた。
「う、う、うわあ〜っ!!」
 それは、マリーベルもよく知るショーンのものだった。
 その叫び声に、マリーベルはびくりと思わず体をふるわせ、男の胸から頬を少しはなすと、同時に異様な臭いに気づいた。
 つんと、錆びた臭いが鼻をつく。
 瞬間、マリーベルはそこに広がっているであろう光景を悟ってしまった。
 ふらりと、また意識が遠のきそうになる。


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