もう一人の狩人(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

「つまり、吸血鬼は蘇っていた――と?」
 時計台がある町の広場に、町人たちが集結している。
 皆神妙な面持ちで、マリーベルを見つめている。
 マリーベルが教会へ確認に行った後、一人、また一人と、気づけば集まっていた。
 そして、マリーベルたちの報告を待ちわびていた。
 報告を受けた町の代表の老人は、血の気が引いた顔で、確認するようにマリーベルにそう尋ねた。
 その声はふるえ、そしてかすれている。
 今マリーベルが報告したその事実が、本当は嘘だと言ってくれと、そう願うようにすら聞こえる。
 今にも倒れてしまいそうなほど、頼りなげである。
 老体には、あまりにも刺激が、衝撃が強すぎた。
 ある程度の覚悟はできていたはずだけれど、それでも、つきつけられたその現実は、あまりにも酷すぎた。
 ――老人もまた、五十年前のあの記憶を持つ一人だから。
「ええ、恐らく。棺の中にはヴァンパイアの姿はなく、一緒に確認に行った男たちは、ショーンを除きみんな殺されたわ。それに、棺がある地下室の床には、最近ついたような血の痕が……」
 しかし、マリーベルは、うろたえる老人を労わることなく、追いうちをかけるようにきっぱりと言い切る。
 いくら言葉を選び丁寧に言ったところで、現実は変わらない。
 ならば、わかりやすく、率直に言った方が、よほどその重大さが伝わるだろう。
「そうか……」
 力なく肩を落とし、どこか悟ったように、あきらめたように、老人はそれだけをつぶやく。
 また、この場に集まった町人たちも、皆言葉を失い、蒼白な顔で、ただそれぞれの顔を見合うだけだった。
 町人たちも、マリーベルが何を言おうとしているのか悟ったらしい。
 つまりは、そういうこと。その血痕の持ち主は――。
「ところで、マリーベル、その男は? まさか、その男が吸血鬼だということは……?」
 マリーベルのすぐ後ろで、どこか考えるように難しい顔をしている男に、老人は気を取り直しちらっと視線を向ける。
 先ほど教会でばったり会ったあの黒マントの男が、マリーベルについてきていた。
 その見慣れぬ、この町の住人でない男を、老人はもの言いたげに見つめている。
 老人の言葉に、町人たちもざわつく。
「それはありえないわ。この男からは吸血鬼の気は感じられないもの。それに、男たちが殺された時、この男はショーンとわたしと一緒に別の場所にいたのよ」
 老人の言葉に、今ようやくその存在を思い出したとばかりに、マリーベルは面倒くさそうにはき捨てる。
 あの後、この男は町まで勝手についてきた。
 ついてくるなと言っても、にこにこ笑いながら、なんだかうまくかわされた。
 そこで、とうとう根負けしたマリーベルは、無視を決め込むことにした。
 そう、とりあえず、ヴァンパイアの気は感じない。そして、人間の気を感じる。
 それに、あくまで自称だけれど、ヴァンパイア・ハンターと名乗っている。
 ならば、現時点においては、この男は危険ではない、ということにしておく。
 また、およがせるのもひとつの手だろう。何を企んでいるかわからない今は。
 マリーベルのきっぱりとしたその言葉に、老人も町人たちも安堵したように胸をなでおろす。
 この男を胡散臭く思っていないわけではないけれど、とりあえず今は、町人たちにひとまずの安堵を与えることを優先した。
 マリーベルはぐるんと振り返り、黒マントの男をにらみつける。
「で? 自称ヴァンパイア・ハンターさん。あなた、とっとと帰ってくれないかな? はっきり言って邪魔なのよ」
「だから、邪魔しないと言っているだろう? こっちはこっちで勝手にさせてもらうし。――あ、何だったら協力しようか?」
「けっこうよ!!」
 マリーベルのにらみをさらっとかわし、自称ヴァンパイア・ハンターの黒マント男はにっこり笑う。
 その不謹慎な笑みに、マリーベルは乱暴に怒鳴り返す。
 男の胸を、どんと押しやる。
 すぐそばで二人の会話を聞いていた老人が、どこかすがるように男を見つめる。
 どうやら、先ほどまでの疑念は、自称であろうと“ヴァンパイア・ハンター”というその言葉だけで、あっさり吹き飛んでしまったらしい。
「ヴァンパイア・ハンターというのは本当かい!? ならば、是非……!」
「ちょ、ちょっと、長老!?」
 マリーベルが、慌てて老人に食い下がる。
 しかし、老人は、しわが深く刻まれた手をすっとマリーベルへつきだし、制する。
「マリーベル、ヴァンパイア・ハンターというのならば、協力してもらおうじゃないか。たしかに、マリーベルは五十年前にあの吸血鬼を封印した男の血を引く者。高名なヴァンパイア・ハンターの血筋だ。しかし、ヴァンパイア・ハンターはたくさんいても困りはしないだろう?」
 老人は諭すようにマリーベルを見つめる。
 マリーベルがきゅっと唇をかんだ。
 たしかに、ヴァンパイア・ハンターはたくさんいるにこしたことはない。
 吸血鬼相手に油断は禁物。果たして、一人で挑み、勝てるかどうかもほとんど賭けになる。――吸血鬼の格付けによっては。
 下位のものならマリーベル一人でもやすやす狩ることができるが、それが高位になるとさすがに難しい。
 しかし、この場合はその例に入らない。
 マリーベル一人で挑まなければ意味がない。
 だって、あの教会に眠っていた吸血鬼は――。
「だけど長老、この男がヴァンパイア・ハンターだということから怪しいのよ。いきなりわたしたちの前に現れて……」
「しかし、たとえヴァンパイア・ハンターでなかったとしても、我々に協力してくれるというのだから――」
「こんな胡散臭い奴を信じるの!?」
 どうにも男の肩を持とうとする老人に、マリーベルはとうとう怒りにまかせ叫んでしまった。
 老人の言うことはわからないでもない。
 つまりは、いざという時は、この正体不明の余所者を犠牲にすればいい、そう言いたいのだろう。
 卑怯で残酷だけれど、この町の被害を少しでも減らせる可能性があるならば、それくらいの人の道をそれたこともしてしまうだろう。
 老人にとっても町人にとっても、余所者の男より自分たちの身がかわいいのだから。自分たちの町が大切なのだから。
 一人の犠牲ですむならば、当然のように余所者をさしだそう。
 しかし、あの教会の吸血鬼に限っては、マリーベル一人で対峙しなければならない。
 むしろ、それが最善。
 だから、よけいな助勢は邪魔なだけ。
 それが言いたくても言えないもどかしさ、そして男をけしかける老人に、マリーベルはやりどころのない怒りを吐き出してしまった。
 ――本当のこと≠ヘ、彼らのためにも伝えるべきでない。
「いつ裏切るかもかわらない奴!!」
 口汚い言葉を浴びせれば、男も腹を立て助力するなど言わなくなるだろう。
 マリーベルは、いまいましげに男をにらみつける。
 男はどこかあきらめたように、ふうっとひとつ大きな息をはきだした。
 それから、腰にさしていた剣をすうっと抜きとり、マリーベルに示す。
「ここの柄のところを見てみて」
「え……?」
 いきなりの男の予想外の行動に、マリーベルは怪訝に顔をゆがめる。
 しかし同時に、素直に剣の柄に視線を落としていた。
 マリーベルはぎょっと目を見開く。
「こ、これは……!!」
「ああ、君と同じ、ヴァンパイア・ハンターの家系で有名なリープ家の紋章だ。俺は、そこの人間にこの剣を委ねられた」
 すうと剣を再び腰に戻しながら、男は妙に静かにそう告げる。
 マリーベルは次の言葉を奪われたように、悔しそうに顔をゆがめる。
 たしかに、その剣の柄に刻まれた月桂樹を模した紋章は、リープ家の紋章。
 そして、ダグラスと並び、ヴァンパイア・ハンターで有名な家系。
 これでは、この男がヴァンパイア・ハンターだということを認めざるを得なくなる。
「これでも、まだ信じられない?」
 マリーベルの動揺にめざとく気づき、男は得意げににやりと笑う。
 ぎりりと、マリーベルは悔しさに奥歯をかみしめる。
 マリーベルがもうそれ以上食い下がれないとわかっていて、男はあえてそのようなことを言うのだろう。
「わかったわよ。あなたがヴァンパイア・ハンターだということは認めてあげるわ。協力も許す。だけど、もしここの町人に危害が及ぶようなことがあれば、即消すわよ!?」
 マリーベルはなかば投げやりに言い捨て、いまいましげに男をにらみつける。
「はいはい。怖いお姫様だね」
 男はおどけるように両手をあげ、白旗を振る。
 どこか苦しげに、マリーベルの顔がゆがむ。
 そして、視線を不気味な色を放つ空へすっと向け、泳がせる。
「お姫様なんかじゃないわ。わたしは、かつて吸血鬼を封印した男の孫」
 マリーベルは自嘲気味につぶやき、男へ視線を戻す。
「リープ家縁の者ならわかるでしょう? わたしは、ダグラス家の末裔よ」
「……ああ」
 男は何かを悟ったように、静かにそう答えるだけだった。
 どこか難しく、険しい顔をして。


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