もう一人の狩人(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

 時計台の広場から、ひとまずは自分が暮らす簡素な丸太造りの小屋へと、マリーベルは帰ってきた。
 ともに、ヴァンパイア・ハンターのあの胡散臭い男もついてきている。
 男を認めた以上、追い払うことも、邪険にあしらうこともできなくなってしまった。
 それに、男は理解しているようだったから。マリーベルの先ほどの言葉を。
 ならば、マリーベルの大きな邪魔にはならないだろう。
 そして、いざとなれば、この男は役に立ってくれるかもしれない。
 そう、いざとなれば。
 マリーベルがこれからしようとしていることに失敗したその時は。
 それは、あってはならない、あっては欲しくないけれど、しかし、あれから五十年もたってしまっているから、少しばかりゆらぎもある。
 そのゆらぎの部分を、この男は補ってくれるかもしれない。
 ――リープ家縁の者、そしてマリーベルのあの言葉に対する答え、それにより、不確かだけれどこの男を認めつつある。
 おもしろくないことに。
 男は、背に腕を置くように椅子に座り、かたかたと戯れるように揺らしている。
 先ほどから、忙しなく動きまわるマリーベルを見ている。
「それで、マリーベルさん、どういう策でヴァンパイアを倒すおつもりで?」
 マリーベル観察にあきてしまったのか、男は試すようににたにた笑いながら問いかける。
 すると、マリーベルはするどい視線を男へ向け、とげとげしく言い放つ。
「どういうのでもいいでしょう。放っておいて。あなたには関係ないわ」
「そうは言いましてもね〜……」
 ぴたりとゆする椅子をとめ、ぽりぽりと頭をかきながら、男は困ったようにつぶやく。
 それから、じいっと、訴えるようにマリーベルを見つめる。
 その視線に、マリーベルは居心地悪そうにみじろぐ。
 そして、すぐに折れてしまった。
 恐らく、マリーベルがまともに言葉を返すまで、男はそうしてずっと物言いたげに見つめ続けるのだろうと、早々に悟ってしまい。
 見つめ続けられては、たまったものではない。
「……わかったわよ。わたしにしかできない方法で、といった感じかしら?」
 面倒くさそうに、マリーベルは渋々それだけを答える。
 男は、ふむと一人納得したのかしていないのか、うなずいていた。
 男を横目に見ながら、マリーベルは不服そうに問いかける。
「ねえ、ところであなた、名前は? さすがにあなたというのもね……」
「ああ!」
 男はぱっと顔をはなやがせ、嬉しそうに声を上げる。
 マリーベルは、「な、何よ!?」とたじろぎつつ、不服そうに口をとがらせる。
 けれど、男はかまわずににっこり微笑む。
「デュークだよ」
「あ、そ」
 くるりと男――デュークに背を向け、マリーベルはひらひらと面倒くさそうに手を振る。
 つれない態度のマリーベルに、デュークは言葉をつづけようとしたけれど、すぐにあきらめてしまった。
 今のマリーベルには、何を言っても無駄だと悟り。
 デュークはマリーベルにまだまったく受け入れられていないのだから、この程度の扱いでも十分すぎるだろう。
「それで、ファミリーネームは?」
 がたんがたんと物音をさせ作業を続けながら、やはりデュークに背を向けたまま、マリーベルは一応はね、とばかりにそう尋ねる。
 しかし、すぐに返って来ると思っていたデュークの言葉はなく、マリーベルはぴたりと手をとめ、怪訝に視線を向ける。
 すると、デュークが気まずそうにマリーベルを見つめていた。
「今は……まだ言えない」
 申し訳なさそうに、だけど難しそうにそうつぶやくデュークに、マリーベルはふっと視線を弱めた。
 それから、ぷるっと一度小さく首をふる。
「わかったわ、今は聞かないわ。だけど、いつかはちゃんと教えてくれるのでしょう? わたしの方だけいろいろ知られているようだもの。そんなの不公平だわ」
 複雑そうに微苦笑を浮かべるマリーベルに、デュークは笑顔を取り戻す。
 マリーベルのその気遣い、聡さに助けられたように。
 ヴァンパイア・ハンターという職業柄、人に知られたくない、または知られてはいけないことは、少なくない。
 デュークにとってのファミリーネームも、恐らくそれなのだろう。
「ああ、もちろん」
 そして、二人顔を見合わせ、くすりと肩をすくめ合う。
 きっと、マリーベルは気づいたのだろう。
 デュークが、ファミリーネームはまだ言えないと言ったその理由。
 彼らヴァンパイア・ハンターには、少なからず、与えられるはずの幸せが与えられないことがある。
 互いに、互いの傷に気づきはじめているのかもしれない。
 また、妙な親近感がうまれはじめているのかもしれない。
 ――たしかマリーベルは、これから吸血鬼と対峙しにいくはず。
 にもかかわらず、その服装はどういうことだろう?
 真っ白な、風が吹けばぱたぱたとなびくような、ふわふわしたワンピースに身を包んでいる。
 つい先ほど、吸血鬼と戦うための服装に着がえると言って、マリーベルは別室へ行ったはず。
 そして、しばらくして、デュークの前に戻ってきたら、その服装とは……。
 デュークは、惜しげもなく、遠慮なく、訝しげにマリーベルを見つめる。
「なあ、マリーベル、つかぬことを聞くが、まさか……?」
 そして、恐る恐る、マリーベルの顔色をうかがうようにのぞきこむ。
 すると、マリーベルは必要以上にびくりと肩を震わせた。
 けれど、すぐに平静を装い、どかりとソファに腰を下ろす。
 その姿は、ふてぶてしくさえ見える。
「ええ、そのまさかよ」
 マリーベルは悪びれることなく、けろりと言い放つ。
 瞬間、デュークの顔からさあと色が失せた。
 それから、がしっとマリーベルの両肩をつかみ、迫る。
 その目は、何かに気づいてしまったように、不安げな色を浮かべている。
「何故、君がそこまでする? 他に安全な方法が……」
 マリーベルは、じっとデュークを見つめる。
「わたしは……わたしは、ヴァンパイア・ハンターだから。だから、この町を守る義務があるの。それだけよ」
 両肩をつかむデュークの手をはらいながら、マリーベルはどこか投げやりに答える。
 デュークは、もの言いたげにマリーベルを見つめる。
 まるで、全てを見透かしているかのように。
 その目に気おされるように、あきらめたように、マリーベルは大きく息をはきだした。
 さらに深く、ソファに身を沈める。
 そして、観念したように、ぷいっとデュークから顔をそむける。


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