もう一人の狩人(3)
闇夜の月に焦がれる太陽

「わたしね、両親ともにいないのよ。小さい頃に死んじゃって……。それで、引き取り手がなくて町の人たちは困ったけれど、結局、ダグラス家の娘ということもあり、わたしを町全体で育ててくれることになったの。それで、わたしが町を守ることは、恩返しにもなるの。だから……だから、わたしは、どんな危険なことだってするわ」
 きっとデュークをにらみつけ、マリーベルはきっぱり言い切る。
 けれど、その目は一瞬、どこかゆらぎを見せるように、淋しげな光を放った。
「本当に、それでいいのか?」
 その光を、デュークは見逃していなかった。
「当たり前じゃない」
 挑発的に、マリーベルはデュークをにらみつける。
「そうか……」
 強気なマリーベルの態度に、デュークは微苦笑を浮かべる。
 そして、悲しそうにマリーベルに微笑みかける。
 マリーベルの顔が怪訝にゆがむ。
「だけど、無茶だけはするな。わかったな?」
 デュークは、ぽんとマリーベルの頭をなでた。
 マリーベルの頬がかっと真っ赤にそまり、いまいましげにデュークをにらみつける。
 まるで子ども扱いなその振る舞いに、悔しそうに唇をかむ。
「それは……その時にならないとわからないわ」
 けれどすぐに不敵な笑みを浮かべ、マリーベルは突き放すようにそう言った。
 ここで冷静さを欠いては、デュークに負けるとでも思ったのだろう。
 事実、冷静さを欠いては、この胡散臭い男にいいように扱われかねない。
 それだけは、マリーベルの誇りにかけて、阻止せねばならない。
 こんな男の思い通りになることだけは、絶対に許せない。腹立たしい。
 マリーベルの何かが、この男にだけは屈服してはいけないと、懸命に叫んでいる。
 デュークは、どこか愛しそうに、けれど苦しそうにマリーベルを見つめている。
 マリーベルの弱さを見せられないその生き方に、気づいてしまったように。
 弱さを見せては、負け。その時点で、生きていけなくなる。
 そのようないばらの道を、これまでたどってきたのだろう。
 それは、容易に想像がつく。
 ヴァンパイア・ハンターの家系に生まれただけでなく、両親はすでに――そこからも。
 恩返しとマリーベルは言っているけれど、果たしてそれだけだろうか?
 マリーベルのその姿は、まるで吸血鬼に襲ってくれと言っているようなもの。
 その身を捧げようとしているとしか思えない。
 あの教会の吸血鬼に対しては、デュークの知識が間違っていなければ、たしか白いドレスは絶対に避けなければならなかったはず。
 それを知っていて、マリーベルはあえてその服装を選んだのだろうか?
 ――そうに違いない。
 ならば、その覚悟、いかばかりか……。
 デュークの胸が、しめつけられるように痛む。
 みすみすそれを見逃さなければいけないとわかってしまっているから。マリーベルのために。マリーベルの意志を尊重するために。
「さあってと、そろそろ行きますか。夜も更けてきたことだし」
 しかし、デュークの内なるその葛藤に気づくことなく、マリーベルはなんとも簡単にそう言ってのける。
 その言葉通り、足取りも妙に軽く、玄関へ向かっていく。
 その姿、まるですべてを吹っ切ったように、そして同時に、すべてを投げ出したように見える。
 それにはっと気づき、デュークは慌てて椅子から立ち上がる。
 そして、マリーベルの腕を多少乱暴につかみ、強引に振り向かせる。
「俺に、マリーベルの護衛をさせてくれ。このままでは、心配で行かせられない!」
 マリーベルの意志はかたいとわかってしまっては、デュークはそれを尊重せざるを得ない。ならば、引き換えに、それを願っても罰は当たるまい。
 真剣な眼差しを向けるデュークに、マリーベルは一瞬気おされたようにきょとんと目を見開き、そしていたずらっぽくにっこり笑う。
「あら? 最初からそのつもりよ? だって、言ったじゃない。協力を許すってね? デュークには、せいぜいわたしのために、その命使ってもらおうじゃない?」
 その言葉を聞き、デュークは驚いたようにマリーベルを見つめ、そしてすぐにくすりとおかしそうに笑った。
 それから、複雑な笑みを浮かべる。
「マルセル、今行くわ。――あなたを救いに。ようやく、あなたを救えるのね……?」
 デュークに聞こえないように、マリーベルはぽつりそうひとりごちる。
 その目は、切なげに窓の向こうの夜空を見つめていた。


 もうすっかり日が暮れ、夜の帳が下りた頃、玄関からマリーベルとデュークが姿を見せた。
 これから、町を騒がせる吸血鬼と対峙しに行く。
 デュークの腰には、リープ家から委ねられたという剣が携えられている。
 けれど、マリーベルにはそのような武器の類はない。
 それどころか、あの教会の吸血鬼が好むという、白いドレスに身を包んでいる。
 月光に照らされ、その白いドレスが、妙に艶かしく浮かび上がる。
 その時だった。
 マリーベルとデュークの前に、人影がすっと現れた。
「マリーベル、お願いだ。俺も一緒に連れて行ってくれ!」
 そして、そう叫びながらマリーベルに迫る。
 けれど、マリーベルはどこか冷めた表情で、その現れた人影をするりと振り払う。
 衝撃を受けたように、人影――ショーンは目を見開く。
「足手まといよ」
 それから、マリーベルはさっと身を翻し、さっさとショーンに背を向けすたすた歩いていく。
 月光がさす、田園の中を。
 その後を、デュークが慌てて追いかけようとする。
 どこか複雑そうにショーンをちらりと見て、駆け出す。
 それに気づき、ショーンはいまいましげに顔をゆがめる。
 デュークとのすれ違い様、ショーンは鋭くにらみつけ、乱暴に言い放った。
「お前に、マリーベルは渡さない!」
 そして、ショーンはだっと駆け出し、去っていった。
 思わず足をとめ、デュークはその後ろ姿をあっけにとられたように見つめ、次にはくすくす笑い出していた。
 まるで駄々をこねる子供を見守るように、優しい眼差しを走り去るショーンへ向けている。


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