吸血鬼狩り(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

 破れた窓とカーテンの隙間から、わずかな月光が差し込んでいる。
 天井からは、惜しげもなくくもの巣がたれ下がっている。
 壊れたシャンデリアが、今にも落ちそうに、わずかな風にあおられ、キイキイと不気味な音を立てながら揺れている。
 マリーベルとデュークは、再び教会にやって来た。
 今度は、確認というそのような生ぬるいことではなく、退治≠ノ。
 町人たちは皆、そう思っているだろう。
 しかし、マリーベルはそうは考えていない。
 マリーベルは、退治≠ナはなく対峙≠オに来た。
 決着は決着でも、怪物を殺めることだけが目的ではない。
「さっきは気づかなかったが、礼拝堂もくもの巣だらけだな」
 デュークは、ほとんどがはげ落ち、その形をとどめていないフレスコ画の天井を見上げ、つぶやくようにすぐ横を歩くマリーベルに言う。
 すると、マリーベルも難しい顔で、すっと天井へ視線を移す。
 そこでは、羽をもぎとられた天使が、悲しげにマリーベルを見下ろしていた。
 わずかに残ったその顔が、とても痛々しい。
「ええ。だって、もう五十年も誰もここに足を踏み入れていないもの。……ううん、いなかったもの」
 マリーベルはくもの巣をはらいながら、すたすた歩いていく。
 昼間、ここへやって来た時とは違い、礼拝堂の扉から中に入った。
 正面には、その姿をすっかりかえた聖母像がある。
 それにゆっくり近づいていき、ふぁさりと、かぶるほこりをはらいのける。
 ちょうど像の頬をなでるかたちで、マリーベルの手がぴたりととまった。
「ヴァンパイアはね、教会が駄目だというけれど、そうではないヴァンパイアもいるのよ。おかしいでしょう?」
 そして、歩み寄るデュークへゆっくり顔を向け、悲しげに微笑む。
 デュークは眉尻を下げ、どこか困ったように微笑み返す。
「まあ、なかにはそういうのがいても……」
 歯切れ悪く口ごもるように、デュークが答える。
 頬に触れていたマリーベルの手が像からはなされ、ぎゅっと握り締められた。
「本当、かわいそうなヴァンパイア……」
 何かを憎むように、何かを悲しむようにぽつりつぶやくマリーベルを、デュークはただ無言で見つめる。
 マリーベルが何を言いたいのか、わからなくて。同時に、わかってもしまえて。
 この教会にまつわるおとぎ話≠、デュークは少しだけ知っている。
 だから、その真相をたしかめたくて、今回こうしてやって来た、というのもここへ来た理由の一端ではある。
 この教会の吸血鬼がよみがえった可能性があると知った時、デュークはまさかと思った。
 それはきっと、マリーベルも同じだっただろう。
 マリーベルは、恐らく、デュークが知らない何かを知っている。
 だからこそ、それほど苦しげにしているのだろう。悲しげに、白いドレスをまとうのだろう。
 ふいっとマリーベルから視線を少しそらし、けれどすぐに、意を決したようにデュークは口を開く。
「なあ、マリーベル。君は、どうしてそんなにヴァンパイアの肩を持つんだ? 少し異常だぞ?」
 ぴくりと、マリーベルの肩がわずかに震えた。
 けれど、また聖母像へ手をのばし、マリーベルは静かに語りだす。
「本当はね、わたし、まだ信じられないの。あの地下室のヴァンパイアと、今町を騒がせているヴァンパイアが同一だとは……」
「何故?」
 デュークの問いに答えはなかったけれど、しかし、返って来たその言葉を優しく受け入れる。
 きっと、それがマリーベルなりの答えなのだろうと思い。
 事実、それが答えだろう。
 マリーベルは、デュークに何かを伝えようとしていると思えるから。
「だって、彼は、誰よりも人間を愛していたはず」
「ああ、だから……」
 勢いよく振り返り、すがるように見つめるマリーベルに、デュークはすべてを悟れてしまったような気がした。
 その言葉だけで、マリーベルが真に望むものがわかってしまったような気がした。
 なんてむちゃなことを考えるのだろうかと思うと同時に、妙な愛しさもこみあげてくる。
 マリーベルの両手が、デュークの両腕をつかむ。
 マリーベルの顔が、デュークの顔へ迫る。
「わたしは、彼を狩りたいのじゃない! 本当は……本当は、救いたいの! ――ねえ、ヴァンパイア・ハンターがその標的を救いたいと思うのは、間違っている!?」
 鬼気迫るマリーベルのその様子に、デュークは気おされるように驚き目を見開いた。
 けれど、すぐにすっと表情をやわらげた。
 そして、腕をつかむマリーベルの両手をとり、ぐいっと抱き寄せ、そのまま包み込む。
 マリーベルは、大きく一度体をゆらす。けれど、何も言わず、デュークに身をゆだねた。
 マリーベルを包み込むその両腕が、何故だか大きく感じ、そして妙に心地よく思えてしまい。
 こうしているだけで、不思議に、マリーベルのその望みを受け入れられたような気がした。
 ――あるいは、その答えも間違いではない、そう言ってもらえているような安心感。
 しかし、その時だった。
 礼拝堂のちょうど入り口辺りで、がたっと、大きくも小さくもない物音がした。
 それにはっと気づき、マリーベルとデュークはばっと互いの体をひきはなす。
 同時に、感じる、二人の間を通り抜ける冷たいわずかな風。
 それが、何故か淋しさを感じさせる。
 しかし、今はそのようなものにひたっている時ではない。
 視線を向けたそこには、血まみれになった吸血鬼が恨めしそうに立っていた。
 目が血色に妖しく輝いている。
 血に濡れた牙が、どろりと顔をのぞかせている。
 開け放たれた扉からさす月明かりに、それはまがまがしく浮かび上がる。
 息をのむ音だけが、冷たく礼拝堂に響き渡る。
 しばらく、三人は互いの様子をうかがうように見つめ合っていた。
 しかし、それを最初にやぶったのは吸血鬼だった。
 こつんと、崩れ落ちた天井の欠片でも蹴飛ばしたのか、無機質な音が礼拝堂に響く。
 同時に、吸血鬼は、一歩一歩歩みを進める。
 マリーベルとデュークがいる、礼拝台へ向けて。
 デュークは鞘から剣を抜き、マリーベルの前に躍り出る。
 この状況では、マリーベルが危険だと判断した。
 すっと、剣先を吸血鬼へ突きつける。
 マリーベルは、白いドレスを着ている。
 それがどれほど危険なことか――。


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