吸血鬼狩り(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

 吸血鬼の赤いその目には、白いマリーベルの姿しか映っていない。
 マリーベルは、守ろうとするデュークをぐいっとおしのけ、その前へ歩み出た。
 そして、マリーベルもまた、歩み寄る吸血鬼へゆっくり歩いていく。
 慌ててデュークがとめようとするけれど、マリーベルに鋭い眼差しで制されて、のばしていた手を思わず引き戻した。
 マリーベルが、とうとうやって来てしまった吸血鬼へ、すっと手をのばす。
「いらっしゃい」
 あろうことか、そのようなことを言いながら。
「マリーベル!!」
 悲鳴に似たデュークの叫び声が、壊れかけた礼拝堂に響く。
 同時に、吸血鬼はマリーベルの胸の中へ飛び込んでいた。
「マリーベル……」
 マリーベルの胸の中で、吸血鬼がすがるようにその名を呼ぶ。
「そうよ。わたしは、マリーベル」
 マリーベルは優しくうなずく。
 驚きとあせりをにじませ、デュークはその場でたたずむ。
 どうやら、恐れていた事態にはなっていないらしい。
 一体、これはどういうことだろう?
 怪訝にマリーベルと吸血鬼を見つめ、デュークはその場にとどまることで精一杯だった。
 ただ、デュークにわかることは、これからマリーベルがしようとしていることの邪魔をしてはいけない、というそのことだけ。
 この場は恐らく、マリーベルに任せることが最良だろう。
 やるせなく、デュークは二人を見つめる。
 ぎゅっと、悔しげに唇をかたく結ぶ。
「マリーベル、探していた。やっと見つけた」
 胸に飛び込んだ吸血鬼は、そこからすっと顔を上げ、愛しげにマリーベルを見つめる。
 マリーベルは、どこか困ったように微笑を浮かべる。
「ねえ、マルセル、あなたなの? 本当にあなたなの?」
 見つめる吸血鬼の頬に、マリーベルはそっと手をそえる。
 そして、苦しげに問いかける。
 すると、吸血鬼――マルセルは、不快げに押し黙った。
 マリーベルが何を尋ねているのか、マルセルは瞬時に理解した。
 間違いなく、あのことだと――。
 その態度が、その()が、すべてを語っている。
 ぶるんと大きく首を一度ふり、マリーベルは重苦しく息をはきだす。
「そうなのね。だけど、どうしてこんなことをしたの?」
「マリーベルを探していた。――奴らは、マリーベルを……!!」
 マルセルは、マリーベルの問いの答えは語らず、すがるように吐き出した。
 その目は、何かを訴えようと、必死にマリーベルを見つめている。
 マリーベルは、きゅっと小さく唇をかむ。
 苦しげに顔がゆがむ。
「マルセル……。あなたは、誰よりも人間を愛していたわよね? なのに、どうして? どうして、あなたのような人が、このようなことを……」
「奴らは、僕からマリーベルを奪った!」
 いまいましげに、この世のすべてを憎むように、その目がすわる。
 どんよりと、だけど妖しく赤く輝く。
 それは、魔物の本性をあらわにした瞬間だった。
 魔物は、おぞましい本能が現れた時、その目が赤く光るという。
 ぞくりと、マリーベルの体を、得体の知れないものが駆け上っていく。
 それは、恐怖に似たものだったかもしれない。
 けれどすぐに、その目は悲痛にゆらめいた。
「だからなの? あなたは、人間も、そしてマリーベルも愛していた。そのため、誰よりも悲しみが深く、憎まずにはいられなかったというの?」
 マルセルを抱き寄せるマリーベルの腕に、きゅっと力がこもる。
「悲しい人ね……」
 ぽつりと、マリーベルがつぶやいた。
 すると、マルセルはぴくりと小さく体をゆらしたかと思うと、そのままマリーベルの胸に顔をうずめていく。
 きゅっと、その胸に頬をすり寄せる。
 何かを求めるように。……救いを求めるように。
 マリーベルはすっと目を閉じ、小さく一度首を横に振る。
 つうっと、マリーベルの頬を、ひと筋の涙の雫が流れ落ちていく。
 すっと目を開き、難しい顔をしてマリーベルを見つめるデュークを見上げる。
「ねえ、デューク。このような話は知っている?」
「え?」
 デュークの険しい顔が、一瞬戸惑いにゆらぐ。
 しかし、すぐにきっとひきしめた。
 マリーベルが言おうとしているそれに気づいたように。悟れてしまえたように。
 デュークは何も答えず、ただじっとマリーベルを見つめ返す。
 それを返事ととり、マリーベルはまるで遠い遠い昔のおとぎ話でも語るように、ゆっくり話しはじめる。
 その目は、優しく、胸にすがるマルセルを見つめている。
「この町には、このような昔話があるの。――五十年前、この町がまだ村だった頃、ここにはひっそりと暮らしていたヴァンパイアと一人の少女がいた。そして、二人はある日出会い、恋に落ちるの。彼らは、本当に愛し合っていたわ。とても幸せだった」
 デュークは、ぎゅっと握り締めていた剣を、ゆっくりと鞘へ戻していく。
 それは、ダグラスと並び、ヴァンパイア・ハンターの家系で有名なリープ家の紋章が刻まれている剣。
 恐らく、それがこのような状況下でもデュークを落ち着かせているのだろう。剣をおさめさせてしまったのだろう。
 その剣を有しているということは、かつて、この町が村だった頃の昔話を知っていてもおかしくはないだろう。
 むしろ、知っていなければ、ヴァンパイア・ハンターのもぐりになってしまう。
 それは、かの高名なヴァンパイア・ハンター、クール・ダグラスの名を知らしめた昔話。
「だけど、それは許されるはずのない恋だった。そして、幸せな日々がしばらく続いた後のことだった。二人が会っているところを、一人の村人に見つかってしまったの。それが、きっかけ」
「マリーベル、それは、やはり……」
 ぽつりと、デュークは思わずつぶやいていた。
 口をはさむつもりはなかった。
 この場は、マリーベルの言葉をただ聞いているだけが最良だとわかっていた。
 けれど、思わず口にしてしまっていた。
 デュークもまた、気づいて、そしてそう℃vってしまったから。
 きっと、この吸血鬼は、マリーベルが言う通り、恐れる必要などない吸血鬼。
 むしろ、その心を救わねばならないのだろう。
 ヴァンパイア・ハンターならば、その名の通り、狩らなければならないはずだけれど、この吸血鬼があまりにも憐れに思えてしまう。
 しかし、そうは言っても、この吸血鬼はもう何人も人を殺している。
 やはり、どのような過去があろうとも、生かしておいては危険が大きい。
 一度剣を戻したその鞘を、デュークはぎゅっと握り締める。
 決断を下すのは、まだ性急のようにも思えたから。
 まだ続くであろうマリーベルのそれをすべて聞き終わってからでも、きっと遅くはない。
 マリーベルがこれほど必死になって救おうとしている吸血鬼だから。
「それまでは、村にヴァンパイアが住んでいようが、自分たちに危害が及ばない限り、それでもよかったの。だけど、その時は違う。村の娘がヴァンパイアに騙されている。――本当は違うのにね?」
 胸にすがるマルセルの髪に顔をうずめるように、マリーベルは悲しげに吐き出す。
 マルセルの抱きつく腕に、いっそう力がこもったような気がした。
 マリーベルは、マルセルから顔をはなし、またデュークを見つめる。
 どこか困ったように微笑んでいる。
 しかし、それも必死につくろっているように見えるから、デュークはやりきれない。
 マリーベルが苦しんでいる。そう思えて。――事実、苦しんでいるのだろう。
 少しでもマリーベルの助けになりたいと思うのに、デュークが持っている今の情報量ではかなわない。
 デュークは、マリーベル以上に、そのおとぎ話≠知らない。
「ねえ、デューク、ひどい話でしょう? 彼らは何も悪いことなどしていないのに。どうして、そんなふうに言われなければいけないの? 種族が違うから? 吸血鬼は、人間を餌≠ニしているから?」
 マリーベルは、すがるようにデュークを見つめる。
 しかし、デュークにはそれに返す言葉がなかった。
 それは、一般的には正しい。吸血鬼は、人間に危害を及ぼす。だから、退ける。
 間違ってはいない。自らの身を守るために行っているのだから、非難などできない。
 それは、すべてのものに許されていること。
 誰だって、そうするだろう。
 けれど、これはどうにもそう思えないものがある。
 たしかに、何も悪いことなどしていないだろう。
 ただ、人間と吸血鬼、種族の違うその二人が、惹かれあっただけ。ただそれだけのはず。
「彼らは、その後すぐに引き離された。――だけど、それだけでは終わらなかったの」
 マリーベルの胸にうずめていたマルセルの顔が、ゆっくり上げられてきた。
 まるで何かに激しく怯えるように、そして悲しげに、マリーベルを見つめる。
 ずっと、その真実を知ることをさけていた。
 けれど同時に、ずっとその真実を知りたいとも思っていた。
 だから、マルセルは自らの思いに怯える。


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