懐古、追想(3)
闇夜の月に焦がれる太陽

 男の手がマルセルからはなれると同時に、業を煮やしたように村人の一人が叫んだ。
「早くやっちまえ!!」
 それを合図とばかりに、村人たちは一斉にマルセルへ飛びかかる。
「やめてー!!」
 その時だった。
 一人の少女が、マルセルと、彼に迫る村人たちの間に飛び込んできた。
 真っ白いドレスのすそが、ふわりと舞う。
 陽光にすけ、きらきら輝く。
 目がくらみそうなほど、まぶしい。
 目を奪われるほど、愛しい。
 マルセルは一瞬目をほそめ、けれどすぐにはっと気づき見開いた。
 だって、飛び込んできたその少女は――。
「邪魔だ、どけ!」
「きゃっ……」
 しかし、飛び込むと同時に、少女は村人の一人に斧で突き飛ばされ、地面に打ちつけられた。
 そして、倒れこんだまま動かなくなる。
「マ、マリーベル!!」
 悲痛に叫び、マルセルは倒れる少女へ駆け寄ろうとする。
 しかし、村人たちに取り押さえられ、それはかなわなくなってしまった。
 じりじりと取りかこむ村人たちの足元の向こうに、倒れたまま動かない少女の姿が見える。
 マルセルの胸がえぐられるように痛む。
「さあ、覚悟をするんだな。――お前の女はもういない。あとはお前だけだ」
 マルセルは、数人がかりで押さえつける腕を、ぐいっと動かしはらいのけようとする。
 しかし、うまくいかない。
 人間と吸血鬼、その力の差は明らかなはずなのに、うまくいかない。
 きっとこれは、正気を失い、人間の極限すら忘れた結果なのだろう。
 男の言う通り、この村人たちは、……狂っている。
 何よりも、マルセルただ一人を殺すのなら理解できるが、同じ人間のはずのあの少女にまで手をかけ、そしてはく台詞がそれだとは……。
 許せない。
 必死に拘束する腕を振り解こうとするマルセルの前に、一人の男がすっと立ちはだかった。
 その手には、銀の杭が握られている。
 ……許せない。
 こんな奴らのために、マルセルは殺されてもいいと思ったのではない。
 マルセルなどより、この村人たちの方が、赤い血を失った化け物。
 人の心を失うと、このようにおぞましい生き物になってしまうのだろうか?
 ――許さない。
 こんな奴らに、マルセルの愛しいマリーベルは、マリーベルは……!!
 憎くてたまらない。
「死ね!!」
 振り上げられた銀の杭が、マルセルの胸めがけて振り下ろされる。
 ぎらりと、マルセルのその目が赤く鈍く光った。
「待て!!」
 振り下ろされた銀の杭は、マルセルの胸には突き刺さらず、その足もとでがらんごろんとのたうった。
 マルセルの目の前には、陽光を受け、まぶしいほどに輝く男の背がある。
 その背は、先程、マルセルがこの人間のためなら死んでもいいと思った、その男のものだった。
 マルセルは驚きに目を見開く。
 一瞬意識を手放してしまったそのすきに、マルセルは男の腕の中へ奪い取られていた。
 村人たちもまた、男の刹那の行動に、我を忘れてしまっていた。
 いち早く我に返った村人の一人が、男をにらみつける。
「何故、こいつをかばう!?」
 それに続くように、他の村人たちも続々我に返りはじめた。
「さては、お前もこいつの仲間だな!」
「かまわない。この男も一緒にやっちまえ!」
 口々に叫び、村人たちは斧やら鍬やらをかまえなおす。
「だから、待てと言っているだろう!」
 その村人たちへ向け、他を制圧するような剣幕で男が叫ぶ。
 瞬間、村人たちは叫ぶことをやめ、ぐっと息をのんだ。
 じりっと、後ずさる。
 男のその様に、まるで圧倒されたように。
 男はふうっと大きく息をはきだし、ひるむ村人たちへ捕らえるように視線を向ける。
「頼む。ここは、俺に任せてくれ」
 男は静かにそう告げた。
「そんなことができるわけがないだろう!」
 村人の一人が、勇気を振りしぼるように叫んだ。
 それに促されるように、他の村人たちも、また気力を取り戻したように叫ぶ。
「お前もこいつの仲間だろう!?」
「そうだ。どうせこいつを逃がすつもりだろう!」
「そんなこと認められるわけがない!」
 斧やら鍬やらをふりまわし、村人たちはじりじりと距離をつめていく。
 マルセルと彼をかばう男をとりかこむ。
「……一体、誰に向かってそのようなことを言っている。俺は……俺を、誰だと思っている? 俺はな――」
 怒りをおさえるように静かに、しかし威圧を込めて男がつぶやく。
 すると、村人の一人が、訝しげに男をまじまじと見つめ、はっと何かに気づいた。
「そ、そういえば、この顔は……! こいつ、よく見ると、あいつだ!!」
「クール・ダグラス!!」
 別の村人も、男の顔を見て目を見開き、叫ぶ。
「何だって!? あのヴァンパイア・ハンターのクール・ダグラスか!?」
 村人たちの間に、一気に動揺が広がった。
 なかには、持っていた武器となった農具をぽろりと落とす者もいる。
 ざわめく村人たちへ向け、男――クール・ダグラスはさらりと言い放つ。
「ああ。――だから、ここは俺に任せてくれ」
 クール・ダグラスは、村人たちをじっと見つめる。
「しかし……!」
「――頼む」
 有無を言わせぬといったふうに、クール・ダグラスの目がぎらりと輝く。
 瞬間、声を詰まらせたような音が、その場に複数発せられた。
 村人たちは、苦渋に満ちた表情を浮かべる。
 しかしすぐに、あきらめたような、なげやりになったような、いまいましげな顔へと変えていく。
 クール・ダグラスの表情には、態度には、その言葉とは裏腹に、逆らうことを許さないといったものがあった。
 下手に逆らえば、村人たちをも殺しかねない、そのような恐ろしいものが。
 また、クール・ダグラスといえば、たしかに凄腕のヴァンパイア・ハンターで名が知れている。
 この場合、そのヴァンパイア・ハンターに逆らうのは、得策ではないだろう。
 村人たちは、承諾せずにはいられなくなった。
 悔しげに、誰からともなく小さく首を縦にふる。


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