風化せぬ思い(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

 ――不思議。
 どうして、この少女はこんなにも安らげるのだろうか。
 この少女は、マルセルのマリーベル≠ナはないはずなのに。
 そして何故、これほどまでにマルセルのことを知っている?
「マルセル、もう気づいているとは思うけれど、わたしは、マリーベルだけれど、あなたの愛しいマリーベルではないの」
 マルセルは一瞬目を丸くしたが、納得したようにくすりと笑った。
 それから、穏やかな眼差しでマリーベルを見つめる。
「ああ、わかっていた。だけど、探さずにはいられなかったんだ。どうしても、彼女の元気な姿をもう一度見たかった。――その姿……。白は、マリーベルが好んで着ていた。だから一瞬、本当にマリーベルがかえって来たのかと思ったけれど……」
 マルセルは自嘲するように肩をすくめる。
「ええ」
 マリーベルは微笑を浮かべ、静かに相槌をうつだけだった。
「会えるかもな」
 すると突然、デュークがそのような奇妙な言葉をもらした。
 そして、マリーベルの手をとり、くいっと抱き寄せる。
「え?」
 マルセルは首をかしげ、デュークをきょとんと見る。
 しかし、デュークはそれ以上何かを言おうとはせず、ただ優しくマリーベルを包み込んでいる。
 腕の中で、マリーベルはじっとデュークを見つめ、そして苦笑した。
 あれほど敵対心をむき出しにしていた男の腕の中に、マリーベルは不思議と素直にいる。
 そのことには、マリーベルはまだ気づいていないようだけれど。
 それよりも、マリーベルには、今デュークがつぶやいた言葉の意味がわかってしまい、そちらに関心を覚えていた。
 このデュークというヴァンパイア・ハンターは、一体どこからどこまでを知っている?
 五十年前のことはそれほど詳しくなさそうだったのに、それなのに、まさかそれを知っているとは……。
「ところで、君は……?」
 マルセルはデュークからゆっくり視線をそらし、マリーベルを不思議そうに見る。
 錯覚をしてしまうほど、マリーベルはマルセルの愛しい少女とかぶる。
 姿かたちではなく、その……持っている、そう、雰囲気が。
 その包み込むような優しさが、マルセルのマリーベルと同じ。
 マリーベルは、デュークの腕の中、意地悪げににっこり微笑んだ。
「あなたを封印したあの男はね、あなたが愛した少女のお兄さんだったのよ」
「……本当か?」
 マルセルは小さく驚きの色を見せ、けれどどこか心配げにマリーベルをうかがうように見つめる。
 しかし、その目は少しも疑問は抱いていない。むしろ、確信しているようにすら見える。
 マルセルにも、もうわかっていたように。
 あの男が、そう≠ネのだと。だからあの男は、マルセルを救おうとしたのだと。そう、マルセルの心を救おうと――。
 何よりも、それは妹を思ってだったのだろう。
 それでも、そのついでにでも、マルセルをも救おうとしたそのことが、マルセルには代えがたい喜びとなる。
 唯一二人を認めたその人が、愛しい少女の兄だったというその事実。
「ええ、お兄さんは、あなたたちの味方だったのね」
 それを肯定するように、マルセルの愛しい少女によく似た少女が微笑む。
 思わず、マルセルも満面の笑みでうなずいていた。
「そして、その男の孫がわたしなの。――本当、因縁?運命?はいたずら好きね」
 いらずらっぽく笑みを浮かべ、マリーベルはくすくす笑い出す。
「じゃ、じゃあ、君は……!!」
 マルセルは目を見開き、マリーベルを見つめる。
 その頬が、わずかに上気している。自然、口のはしが上がる。
「だから言っただろう?」
 マリーベルを抱き寄せるデュークもまた、いたずらっぽく微笑を浮かべている。
「ああ、そうだな……」
 おだやかな微笑を浮かべ、マルセルは大きくうなずいた。
 その頬を、つうっと、一筋の雫が伝い落ちていく。
 これが、マルセルの本来の姿なのだろう。
 その体を人の血で染める恐ろしい魔物などではなく、この姿こそが。
 誰よりも人間を愛し、誰よりも優しい吸血鬼。
 それ故に、悲しい定めへ突き落とされた吸血鬼。
 それが、マルセル。
 だから、かつての少女も、この吸血鬼に恋をした。
 するりとデュークの腕から抜け出て、マリーベルはそのままマルセルを抱きしめる。
 この吸血鬼の本当≠ノ触れてしまったら、もう放ってなんていられない。
「このままずっと抱きしめていてあげる。だから……ね?」
 マリーベルがさらりと髪をひとなですると、マルセルはその胸の中でこくりとうなずいた。
 マリーベルが何を言おうとしているのか、マルセルには十分すぎるほどわかっている。
 この後、マルセルがとるべき道は――。
「頼む」
 ただ静かにそう答え、マルセルはゆっくり目を閉じていく。マリーベルの腕の中。そのぬくもりに包まれて。
 ここでなら、安心して、いける。
 待ってくれているだろうと信じる、その少女のもとへ。
 マリーベルは、マルセルを抱く腕をひとつはなす。
 そして、そのまま天井へすっと手をかざす。
 その瞬間、マルセルの体はふわっと宙に浮いた。
 それから、淡い虹色の光に包まれ、次第に薄れていく。
 その薄れた体は、さらに霧状の光となり、上へ上へと昇っていく。
 マリーベルはそれを見つめ、ぽつりつぶやいた。
「お幸せに……」
 同時に、その場にとどまっていた霧状の光が、一気にはじけとぶように消えた。
 まるで、マリーベルにありがとうと言っているかのように、優しい光の余韻をそこに残して。
 ほかは、何も残っていない。
 光が消えたそこを見つめるマリーベルの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
 デュークがゆっくりとマリーベルに歩み寄り、そのままそっと肩を抱き寄せる。
 マリーベルも、デュークに身をまかせるように、その胸にぎゅっと顔をうずめた。
 その後、そのまま二人、礼拝堂の中で、優しいヴァンパイアが消えていった(くう)を仰いだ。
 マリーベルたちが選んだ道は、きっと間違いではないと信じている。


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