夜明けの月(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

 そろそろ東の空が明るくなってきた。
 白々と夜が明けはじめたのだろう。
 町の中心にあたる時計台の広場には、マリーベルの帰りを待つ町人たちが集まっている。
 その中に、マリーベルの幼馴染の少年の姿も見える。
「遅い、マリーベル。まさか、何かあったんじゃ……!?」
「そんなわけないでしょ、馬鹿。縁起でもないことを言わないでよ」
 最悪の事態を想像して青ざめるショーンの頭を、ロザリアがぽかりとぶつ。
 ついでに、ヒールですねをげしっと蹴飛ばした。
 ショーンはひーっと声にならない悲鳴をあげ、がばりとしゃがみこみすねを抱え、ぼろぼろ涙を流す。
 ロザリアは、うっとうしげにショーンを見下ろす。
 けれどすぐに、何かに気づいたようにさっと視線を上げた。
 同時に、しゃがむショーンを蹴倒して走り出す。
 その目は、きらきら輝き、同時にうるうる喜びにうるんでいる。
「マリーベル!!」
 それから、愛しそうにその名を叫んだ。
 誰よりも早く気づき、そして駆け出したロザリアの叫びに、町人たちも一斉に駆け寄るその方向へ視線を向ける。
 すると、たしかにそこには、次第に大きくなってくるマリーベルの姿があった。
 勢いよくぶつかるようにロザリアに抱きつかれ、マリーベルは倒れそうになる。
 慌てて、一緒に戻ってきたデュークが抱きとめ支える。
 けれど、次の瞬間には、敵意……むしろ殺意むきだしのロザリアによって、マリーベルはデュークから奪い取られていた。
 同時に、何故だかデュークは、よろりとよろけていた。
 恐らく、ロザリア辺りにでも突き飛ばされたのだろう。
 それから、ロザリアに腕をぐいぐいひかれながら、マリーベルは町人たちが待つ時計台の下までやって来た。
 期待に満ちた、けれどどこか不安げにすがるように見つめる町人たちへ、マリーベルはにっこり微笑む。
「安心して。ヴァンパイアはもういないわ」
 瞬間、その場に歓喜の声が上がる。
 やれやれといった様子で、ようやくデュークが時計台の下にやって来た。
 それから、どこか複雑そうに、嬉しさに舞いあがる町人たちを見ているマリーベルの横へより、ともに何とも言えぬ表情で見つめ合う。
 吸血鬼のあの最期を知っているだけに、デュークは町人たちのように素直に喜ぶことはできない。
 ヴァンパイアはいない。――それは間違いではない。
 ただ、狩った≠フではなく、吸血鬼は自らその道を選び、旅立っていっただけ。
 果たして、彼らにも、吸血鬼をあのようにした責任はないといいきれるのだろうか?
 ……今さら言っても詮無いことだろう。
 しかしそれでも、五十年前のあの時をともにしたかつての村人も、この町人の中にはいる。
 その彼らが喜ぶのは、どうしても納得できないものがある。
 けれどやはり、それも今さら言っても意味がないことだろう。
 彼らが他の方法をとっていれば、このようなことが起こることもなかっただろうと思うと……。それもやはり、今さら。
 マリーベルとデュークは見つめあい、どちらからともなく寄り添うように、そっとその手が触れていた。
 突如、町人たちとともに喜んでいたはずのロザリアが、ぐるりんと首をまわし、ぎらりと目を輝かせた。
 今にも射殺さんばかりのするどい眼差しを、デュークへ向ける。
 ずかずかと二人に歩み寄り、デュークのそれと触れ合っていたマリーベルの手をぐいっと奪い取る。
「ねえ、ところでマリーベル、この男と何かあったりなんてしていないわよね!?」
 あっけにとられたように、マリーベルはロザリアを見る。
 しかし、次の瞬間には、何か恐ろしいことに気づいたように、慌ててぶるんぶるん首を横に振っていた。
「ど、どうして!? 別に、何も……っ!」
 やはり町人たちと喜びを分かち合っていたはずのショーンが、凄まじい勢いでマリーベルたちのもとへかけてきた。
 到着すると同時に、デュークの胸倉が、ショーンによってぐいっとつかみあげられた。
「てめえっ、マリーベルに近づくな!」
 デュークはぽかんと口をあけ、ショーンを見る。
 その横では、ロザリアがなおも執拗に、マリーベルに詰め寄っていた。
「何よそれ。ねえ、どうなのよ!? マリーベル!!」
 マリーベルの目はおろおろ泳ぎ、そして、ぴたりと、すぐそこのデュークにとまった。
「そ、そうだ、デューク! 約束。あの約束を守ってよ。ほら、言ったでしょう。あなたのファミリーネームを教えてくれるって!」
「あれは、いつかという約束だろ!?」
 話題をそらそうと苦し紛れに言われたマリーベルの言葉に、デュークが必要以上に慌てた様子で答える。
「今がそのいつかよ!」
 しかし、それにはかまわず、マリーベルはきっぱり言い放つ。
 マリーベルも必死らしい。ロザリアの追究から逃れるために。
 そのためには、なりふりなどかまっていられない。誰でもいいから生贄にする。
 何故そこまで必死に逃れようとしているのか、マリーベルはわかっていないよう。
 同時に、ロザリアの追究から逃れようと、マリーベルはぐいっとデュークへ詰め寄る。……あくまで、ロザリアをくっつけたまま。
 やはりショーンをくっつけたままのデュークが、非難するようにつぶやく。
「勝手だな……」
「勝手なのはあなたじゃない。約束は約束でしょ!」
 ようやくロザリアから逃れ、そしてデュークに詰め寄るショーンをあっさり蹴散らし、かわりにマリーベルがその胸倉をつかんだ。
「そんなむちゃくちゃな……っ」
 デュークは泣き叫ぶように吐き出した。
 がっくり肩は落ち、動揺の色も隠しきれていない。
 すると、ロザリアもショーンも、どうやら、興味が二人の関係よりさらに面白そう――いやいや、気になるデュークのファミリーネームに移ったらしい。
 困っているようだから、さらに困らせたら間違いなく愉快。
 ロザリアとショーンは、そう判断したらしい。
 マリーベルと一緒になり、デュークへじりじり詰め寄っていく。
 そうなると、マリーベルはようやく安堵できるけれど――幼馴染なだけあり、この二人のことをよく知っているから――デュークはたまったものではない。もうたじたじ。
 何故そこまで隠したがるかわからないけれど、隠せば隠すほど知りたくなるのが、世の習い。楽しくなるのが、世の常。


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