夜明けの月(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

「なになに、それ。わたしも聞きたい」
 明らかに楽しみながら、ロザリアはぽんと両手をうつ。
 それにつづけ、ショーンも、まるで汚れを知らない小さな子供のようにきらきら目を輝かせ言う。
 どちらも、これみよがしでわざとらしい。
「俺も知りたい!」
「お前たち、俺で遊んでいるだろう!」
 とうとうデュークは泣き叫んでしまった。
「や・く・そ・く」
 そこへ、さらにマリーベルが楽しげに追い討ちをかけていく。
 二人の標的はディークへうつったので、マリーベルには怖いものはない。
 むしろ、こんなに動揺するデュークなんて面白いから、さらにいじめたくなってしまう。
 商売敵が困る姿ほど、愉快なものはない。
 じいっと、訴えるように、マリーベルはデュークを見つめる。
 すると、さすがにデュークもあきらめたらしく、降参というように両手を軽くあげた。
「わかった、わかったよ。観念して言います。俺の名前は――」
 デュークがそう言いかけた時だった。
 時計台の広場へ入ってくる道のひとつから、馬車が今にも壊れんばかりの勢いでこちらへやって来る音が聞こえた。
 皆何事かと思い、歓声を止め、同時にそちらへ注目する。
 ぽろりと、デュークの胸倉をつかんでいたマリーベルの手がはなれる。
 ふと視線をそらすと、ちょうどマリーベルの目のはしに、蒼白になっているデュークの姿が飛び込んできた。
 必要以上に、青い。青ざめている。
 マリーベルは、不思議そうにくいっと首をかしげる。
「デューク……? どうしたの?」
 するとデュークは、マリーベルの問いに気づく余裕すらない様子で、声を震わせぼそりつぶやいた。
「やばい……」
「デュー――」
 まるで無視をするようなデュークのその態度に、マリーベルはむっと眉根を寄せ、非難してやろうと口を開きかけた時だった。
 先程の物凄い勢いでやって来ていた馬車が、広場へずずずーと滑り込み、そこでぴたりととまった。
 それから、やはり勢いよく馬車の扉が開かれ、中から身なりのよい若い男が飛び出してきた。
 マリーベル……いや、そのすぐ隣のデュークへ、若い男のするどい視線が向けられる。
 同時に、若い男は駆け寄り、がばりとデュークにつかみかかった。
「デュークさま! やはりここにいらしたのですね! まったく、ご自分の立場というものを考えて行動してくださいと、あれほどいつも申しておりますでしょう! このままでは信用を失うばかりですよ! あなたという方は、まったく……。リープ家をつぶすおつもりですか!?」
 一気にそうまくしたてる男に、デュークはしどろもどろに答える。
 その目は、いやにあちらこちらへ泳いでいる。
「い、いや……。別に、そのつもりはないのだけれど……」
「だったらもっと、当主なら当主らしくしてください! ご親族の方々も嘆いておいでですよ!」
 あまりもの勢いに、そしてすっ飛んだその言葉に、町人たちはもちろん、ロザリアもショーンも、マリーベルでさえも、口をぽかーんとあけて、二人を呆然と見つめている。
 あっけにとられている町人たちに気づき、デュークにつかみかかる男が、ぱっとその手をはなしにっこり微笑んだ。
 そして、くるりと町人たちへ体を向け、きりりと姿勢を正す。
「申し訳ございません。お騒がせいたしました。早々に立ち去りますので、どうかご容赦ください」
 男は胡散臭いまでにさわやかに微笑み、そのままデュークの首根っこをむんずとつかむ。
 それから、ぎゃあぎゃあわめき嫌がるデュークを、馬車へずーるずーるひきずっていく。
「ジョナス、お前、主人に対して、こんな狼藉が許されると思うのか!?」
「だったら、主人らしくしてください。まったく、はた迷惑な!」
 その様子に、はっと我に返り、マリーベルが慌てて、けれどいまいましげに顔をゆがめて叫ぶ。
「もしかして、デューク、あなたって……!?」
 するとデュークは、首根っこをつかむジョナスの手をさらりとふりはらい、体勢を立て直し、マリーベルへ微笑みかける。
 少し格好をつけた、けれど嫌味を感じない気品を漂わせ、清々しく言い放つ。
「その通り。血なまぐさもの好き、リープ家の若き放蕩当主とは、俺のことだよ」
 再び、マリーベルはぽかーんと口をあけデュークを見つめる。
 まさか、怪しい黒マント男が、かの有名なヴァンパイア・ハンター、リープ家の当主その人だとは思いもしなかった。
 それよりも何よりも、自らで、血なまぐさもの好きとか、放蕩とか言ってしまう辺りが、何というかもう……。
 終わっている? 救いようがない?
 そのようなこと、堂々と、しかも格好をつけて言うものではないだろう。
 しかし、あきれると同時に、その重大さに気づき、マリーベルの中で何かがぷつりと切れた。
 マリーベルの体は、次第に大きくふるえはじめ、その場にどかーんと雷が落ちる。
「デュ〜ク〜っ! あなた、よくも騙してくれたわね!!」
 そう、この男は、よりにもよって、マリーベルをたばかった。
 リープ家の当主と知っていたら、マリーベルも決してあの教会への同行は許さなかった。
 信じかけていたのに。せっかく、信じてもいいと思ったのに。
 それが、この裏切り。
 何よりもはやり、マリーベルを騙したというそのことが許せない。
 まさか、リープ家当主のその胸をかりようとは、……なんという失態。屈辱!
「騙したなんて人聞きが悪い。俺は、一言もリープ家の人間ではない、とは言っていないだろう?」
 憤るマリーベルに、デュークは楽しそうにくすくす笑う。
 それがさらにマリーベルの怒りをあおると、当然わかっているだろうに。
「あの口ぶりじゃあ、そう思ってもおかしくないじゃない!」
「それは、君が勝手にそう思っただけ」
 くくくと肩をゆらし笑いながら、デュークはひょうひょうと言ってのける。
 それから、両手をぎゅっとにぎりしめぶるぶる震えるマリーベルへ歩み寄り、さっとその手をとる。
 デュークは、怒りに震えるマリーベルの手に、すっと唇を寄せる。
 同時に、あれほどぶるぶる震えていたマリーベルの手は、ぴたりと動きをとめていた。
 すっと視線を上げ、マリーベルの顔を見てみると、真っ赤に染まり、目を見開きデュークを見つめている。
 デュークは、ふわりと、愛しそうにマリーベルを見つめる。
 それから、どこか名残惜しそうにマリーベルの手を解放して、にこにこ微笑みながら馬車へ歩いていく。
 呆れたように目をすわらせてデュークを見るジョナスが、すっと馬車の扉を開く。
 そして、デュークが乗ると、再び優雅にその扉が閉められていく。
 閉じられる直前、そのわずかにあいたすきまから顔をのぞかせ、デュークは楽しそうに言い放った。
「マリーベル、また会いに来るよ」
 手の甲にキスをされぴきーんとかたまっていたマリーベルが、瞬間解凍した。
 怒髪天をついたように、怒りに満ちた形相で叫ぶ。
「二度と来るなーっ!!」
 しかし、デュークを乗せた馬車は、やって来た時の騒々しさが嘘のように、静かに去っていった。
 ……静かなのは馬車だけで、そこに乗り込む憎々しいどこかのヴァンパイア・ハントで有名な家のご当主さまは、その中で高らかに笑っている。
 マリーベルは、朝日へ向かって去り行く馬車を、憎らしげににらみつける。
 けれど、次の瞬間、マリーベルの体は危険を察知し、びくりと震えた。
 嫌な予感がして、ゆっくりと後ろへ視線を移していくと……そこには、目をつりあげ牙と角をはやしたロザリアとショーンがいた。
 そして、恨めしげな声がマリーベルを包み込む。
「マリ〜ベル〜っ!!」
 その二人に気づき、そして迫り寄られたマリーベルが、その後どうなったかということは言うまでもない。
 清々しい朝の時計台の広場に、まるで吸血鬼にでも出会ったような恐怖の絶叫が響き渡った。
 それは、ヴァンパイア・ハンターに狩られた、吸血鬼の断末魔にも似ていたかもしれない。


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