首都への招待状(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

 マリーベルの顔はひきつっていた。
 見てはならないものを見てしまい、触れてはならないものに触れてしまい、とてつもない後悔に襲われているというような表情をしている。
 そんな表情をしても仕方がない。誰にも文句は言わせない。
 だって、マリーベルが見たものは、あの血なまぐさもの好きの変人当主と有名なリープ家当主、デュークなのだから。
 にこにこと、殴ってやりたくなるほど幸せそうに笑っている。
 畑仕事に勤しむマリーベルの目の前で。マリーベルの作業の邪魔をしようとばかりに。
「あら? 見慣れぬものが……」
 マリーベルはつぶやくと、ふうと小さく吐息をもらし、腰をとんとんさすり、おまけに額ににじんで……などまったくいない汗をぬぐう。
 そして、さっと視線を一点に集中させ、きっとにらみつける。
「一体どうなさったのですか? リープ家当主ともあろう方が、こんなど田舎まで」
 こめられるだけの嫌味をたっぷりこめ、マリーベルは蔑むように目の前の道楽男を見る目をさっとそらす。
 再び、不覚にもとめてしまっていた作業の手をすすめる。
 もう収穫期も終わり、あとは冬の支度をするだけの季節になった。
 一人暮らしのマリーベルにとっては、冬支度といってもたいした作業はなく、この時期は慌しい町の人々と違って案外のんびりしている。
 なので、畑仕事といっても、これといってすることはない。
 けれど、暇をもてあましていたらそれはそれで厄介なものがこれ幸いとちょっかいをかけてくるので、忙しいふりをしている。
 忙しいふりをしていてもいなくても、あまり変わりない状況のような気もするけれど、気は心というし……。
 いや、実際は、ちょろちょろするこの男を見ていると、気休めにすらなっていない。
「愛しの君を口説きに」
 マリーベルの冷め切った目にもひるむことなく、むしろもうすっかり慣れた様子で、すっとこどっこいの放蕩当主はにっこり微笑む。
 しかも、その目が妙に艶かしいのは、マリーベルの気のせいだろうか?
 瞬間、ただでさえすわっていたマリーベルの目が、どん底まですわる。
「あら、そ。じゃあ、とっととその愛しの君とやらのところへお行きになれば?」
 デュークにさっと背を向け、マリーベルはよいしょっとかごを持ち上げる。
 かごには、鎌がひとつあるだけで他はない。
 あからさまに、忙しいふりをしてデュークを追い払おうとしていることがわかる。
 そのかごを、デュークがすかさず奪い取った。
「つれないなあ、マリーベルは」
「あら〜? その愛しの君とやら、わたしだったの? 気づかなかったわ、ごめんなさい。全然そんなふうには見えなかったから」
 あえてデュークからかごを奪い返そうとはせず、マリーベルはさっさと一人で歩き出す。
 下手にかごを奪い返そうとしたら、逆にデュークの思うつぼになりそうだから。
 ここは、さらっとかわして、無視するのがいちばんだろう。
 デュークは、あの日から、マルセルの件のすぐ後から、何かといってはマリーベルが住む町へやって来る。
 マリーベルが知らないだけで、この分だと町のけっこうな人たちとお友達になっているだろう。
 時折通りかかる町人が、皆デュークを見るとあいさつをしたり、冗談を言い合ったりしている。
 それくらい、きっとデュークは頻繁にやってきている。
 本当に、放蕩当主とはよくいったもので、よくこんなにふらふらしていられるものである。
 さすがにそろそろまずいだろうという頃になると、時機をはかったようにリープ家執事のジョナスが困った当主を連れ戻しにやって来る。
 いやいやとだだをこねるデュークの首根っこをつかみ、強制送還。
 ようやく帰って行ったかと思うと、ほとぼりがさめないうちにまたやって来て、そしてまたジョナスに強制送還されるということを、もう何度となく繰り返している。
 マリーベルのつれない態度はいつものことだけれど、今日はなんだかいつも以上につれない。
 当然、マリーベルのそんな様子に、デュークも不思議そうに首をかしげる。
 眉根を寄せて、マリーベルの顔をのぞきこむ。
「マリーベル、どうした? 今日はやけに機嫌が悪――」
「そう? いつも通りよ。ただ、しいて言えば……」
 マリーベルは、デュークの言葉をさえぎる。
 そして、デュークにずいっとつめより、襟首をつかむ。
 ぎらんと、その目が、まるで怪物を狩る時のように怪しく不気味に、そして残虐に輝いた。
「血なまぐさもの好きの他にも、有名なんですってねえ?」
「な、何がっ!?」
 マリーベルがそう言った瞬間、明らかにデュークの挙動がおかしくなった。
 おろおろと目は泳ぎ、びくびくと体は震えている。狼狽といった言葉がぴったりくる。
 デュークをつめたくにらみつけ、マリーベルははき捨てる。
「女好き。あなたのお噂は、こんな田舎にまでも届いているわよ!?」
 同時に、つかんでいた襟から乱暴に手をふりはらった。
 デュークはぎょっと目を見開く。
「ちょ、ちょっと待って! 誰がそんなことを!?」
「誰でもないでしょう? 噂なんだもの。――そうね、火のないところに煙は立たないというし、まんざら嘘でもないのでしょう?」
 汚らわしげにデュークを見て、マリーベルは深いため息をもらす。
 そして、デュークにさっと背を向ける。
 デュークははじめこそ驚いたけれど、すぐにふっと表情をやわらげた。
 思わず、口元に笑みが浮かぶ。
 どうやら、デュークは、マリーベルの不機嫌の理由に気づいたらしい。
 すたすた先を行くマリーベルの腕を多少乱暴につかみ、ひきとめる。
 マリーベルは勢いよく振り返り、デュークをにらみつけた。
 足を踏みつけようとしたマリーベルの足を、デュークはさっとかわす。
 デュークはすっとマリーベルを片腕に抱き寄せ、にっこり笑う。
 マリーベルの顔のすぐそばに、デュークの顔が近づく。
「まあ、それはそれとして、マリーベル、俺の屋敷に来ないか?」
「はあ!? 何それ。どうして、わたしがあなたのところに行かなきゃいけないのよ!?」
 マリーベルは思い切り馬鹿にしたように顔をゆがめ、そのままべちゃっとデュークの顔をおしやる。
 さっと、デュークから顔をそらす。
 そらした頬は、ちょっぴり熱いような気もするけれど、気のせいだとぶるぶる首をふる。
 そして、デュークのみぞおちに一発お見舞いして、腕の中から抜け出す。
 この変態ドスケベ男は、どさくさにまぎれて何をするか。
 さすがに、不愉快きわまりない噂がこんな田舎にまで伝わってくるだけのことはある。
 その行動は、あの噂を裏づけるには十分。
 なんて不愉快で腹立たしいのだろう。汚らわしいっ。
「もうこれ以上、金持ちの悪ふざけにつき合っていられないわ。さあ、そこをどいてちょうだい。仕事の邪魔よ!」
 マリーベルはデュークの胸をどんとおしやり、おしのけるようにしてずんずん進んでいく。
 かごを奪い返すことは、もう諦めた。
 放っておいても、デュークは勝手にマリーベルの家の前にでもかごをおいて、帰って行くだろう。
 怒りにまかせ、どすどす歩くマリーベルの背に向かって、デュークは鋭い声で言い放った。
「出たんだよ」
 瞬間、マリーベルはぴたりと足をとめ、探るようにゆっくり振り返る。
 すると、デュークはそれまでのふざけていた顔とは違い、真剣み帯びた眼差しをマリーベルに向けていた。
 怪訝に見つめるマリーベルに歩み寄り、デュークはその耳元にそっと唇を寄せる。
「出たんだよ、首都に。ヴァンパイアが」
 みみたぶに触れるようにささやいた瞬間、マリーベルは険しい顔でばっとデュークに顔を向けた。
 そよそよ風が吹き、すっかり秋色深くなった田畑に、ごくりと息をのむ音が響く。
「……それ、本当?」
「嘘を言ってどうするんだ」
 確かめるようにつぶやくマリーベルに、デュークは皮肉るような笑みを浮かべる。
 それから、にやりと口のはしをあげた。
「で、どうする? マリーベル。もちろん来るだろう?」
 マリーベルは悔しそうに唇をかみ、舌打ちをする。
 しばらく考え込んだ後、にがにがしげに顔をゆがめた。
 そして、諦めたようにふうとひとつ吐息をもらし、得意げに微笑む。
「もちろんよ」
「さっすが!」
 デュークは指をぱちんとならし、嬉しそうに笑う。
 マリーベルとデュークは、互いに顔を見合わせ、意味深長に笑い合う。
 そしてそのまま、デュークの手がマリーベルの腰へまわされてい……こうとして、残酷に打ち払われた。


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