冷酷な狩人(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

 首都のはずれの小高い丘の上にある大邸宅。
 そこからは、王城、そして城下が一望できる。
 この邸宅までの道のりは長い。
 この丘、そしてそのまわりの土地一帯が所有地となっている。
 そのため、門をくぐり、そこから少し長く感じる程度の時間をかけて丘の裾の林を通り、丘をのぼり、そうしてようやく邸宅が見えてくる。
 その邸宅が、リープ家本家である。
 何十、何百年前に建てられたのか、独特の雰囲気がある古城のような屋敷。
 しかし、だからといって、傷んだところは一切なく、よく手入れされている。趣がある。
 代々の城主が大切に管理してきたことがうかがえる。
 時間をかけのぼってようやくたどりついたその屋敷の前で、馬車から降りたマリーベルがあんぐり口をあけ、ぽかーんとそれを眺めている。
 そのマリーベルらしからぬ様子に、御者に指示をし終わったデュークが不思議そうに顔をのぞきこむ。
「どうした? マリーベル」
 瞬間、マリーベルはびくんと体を震わせ、はっと我に返った。
「ど、どうしたもこうしたも……っ。噂には聞いていたけれど、デューク、あなたって……本当にリープ家当主だったのね!」
 マリーベルは目をまん丸に見開き、驚いたというよりは非難するような眼差しをデュークに向ける。
 デュークは一瞬戸惑ったように瞳をゆらし、がっくり肩を落とした。
「本当にって……。だからずっと言っているじゃないか。一応、俺は当主の座についているって。それを今さら……」
 ぽふぽふとマリーベルの頭をなで、デュークは苦く笑う。
「だって、デュークがこんなにすごいお屋敷を持っているなんて……。いつも遊び歩いているから、想像もつかなかったわ」
「マリーベル、一見誉めているようだけれど、実のところ思い切り馬鹿にしている言い方はやめてくれないか?」
 がくがくがくーとデュークの肩は、さらに落ちていく。
「え!? あ、ごめん。なんか動転しちゃって、思ったことをそのまま言っちゃったみたい」
「マリーベル!!」
 あははと笑いながらあっけらかんと言い放つマリーベルに、デュークは泣き真似をしてみせる。
 つまりは、デュークが言った通りなのだろう。マリーベルは、デュークを馬鹿にしている。
 馬鹿にしているとまではいかないが、誉めてはいない。大きな屋敷を持っていることに驚いてはいるけれど、賞賛しているわけではない。
 デュークをからかって遊んでいる。
 まあ、デュークもそういう気はうすうす――じゃなくしていたけれど、だからってそんなにあっさり認めるとは、さすがはマリーベル。デュークが見込んだだけのことはある。
 デュークが泣きまねをしたままちらっと見ると、マリーベルは楽しそうにくすくす笑っていた。
 デュークはふと口元をゆるめる。
 そして、姿勢をただし、さっとマリーベルに手をさしだす。
 もちろん、その顔ももう泣き真似はしておらず、ひきしまっている。
「さあ、中へ入ろう。外は寒いだろ?」
「う、うん」
 マリーベルは驚いたようにデュークを見て、そして戸惑いがちにうなずいた。
 そっと、デュークの手に手を重ねる。
 車寄せから、扉番の壮年の男が頭を垂れる扉へゆっくり歩き出す。
「マリーベル、まさかこれで、俺に接する態度がよそよそしくなったりはしないよな? マリーベルだからここに連れてきたんだが……」
 マリーベルの反応を確かめるように、デュークは恐る恐るつぶやく。
 マリーベルは一瞬何のことかわからなかったらしく、くいっと首をかしげた。
 そして、何かに気づいて、にやっと意地悪な笑みを浮かべる。
「ええ、もちろんよ。このわたしが、どうしてデュークに気を遣わなくちゃいけないのよ?」
 デュークは目を見開きマリーベルを見つめ、くしゃっと顔をくずした。
「はは……。マリーベルはそんな奴だったよな」
 そして、ほっとしたように笑みを浮かべ、優しい眼差しでマリーベルを見つめる。
 マリーベルの手をとる手に、少しだけきゅっと力が入る。
 デュークは、マリーベルをリープ家に連れてくることを悩んでいた。
 まさか、マリーベルがデュークの屋敷を見て態度を変えるなどもちろん思ってはいなかったが、もしものことを考え恐れていた。
 他の者たちのように、リープ家のその辺の貴族などくらべものにならない莫大な財力に怖気づき離れて行きはしないだろうかと。もしくは、その逆も……。
 しかし、マリーベルに関しては、そのようなことは杞憂にすぎなかった。
 デュークが信じている通りのマリーベルで、胸をなでおろした。
 今デュークの隣を歩く少女は、まさしくデュークが思っている通りの少女。
 扉までやって来ると、扉番が扉を引き開けた。
 屋敷自体が古いためか、重厚な音が響く。
 そして、開いた扉の向こうでは、使用人たちが両脇にずらっと並び、全員うやうやしく頭を下げている。
 その最も手前に、恐ろしいくらいさわやかに微笑むジョナスが立っていた。
「お帰りなさいませ、デュークさま」
 やっぱり恐ろしさを感じてならないほどさわやかに、ジョナスはデュークに語りかける。
「ああ、ジョナス。今帰った」
 デュークはちらっとジョナスを横目で確認するだけで、どことなく冷たくそう言い放つ。
「ええ、そうですね。今回は珍しくお早いお帰りで」
「ジョナス……。それは、嫌味か?」
「いいえ。思ったことを言ったまでです」
 デュークがジョナスをきっとにらみつける。
 ジョナスはにっこり笑って、それを否定する。
 デュークはまわりには気づかれないように小さく舌打ちをした。
 もちろん、まわりとは言ってもそれは居並ぶ使用人たちにであって、ジョナスにはしっかり聞こえているはずだろうに、さっぱり気にした様子はない。
 それどころか、マリーベルへ向き直り胡散臭い微笑みを浮かべ笑いかける。
「マリーベルさま、お久しぶりでございます。このたびは、うちの馬鹿主人がご迷惑をおかけしました。わざわざこのようなところまでお運びいただき、ありがとうございます」
「ジョナス!」
 どうやら、これでもかというほどこめられた嫌味に、デュークは気づいたらしい。
 いや、ここまで嫌味をたっぷりこめた微笑、口調で言われれば、気づかない方がおかしい。鈍すぎる。
 いまいましげににらみつけるデュークの視線をさらっとかわし、ジョナスはやっぱりにっこり笑って続ける。
「しかし、本当に今回は助かりました。マリーベルさまがご一緒にお越しくださったおかげで、こうして珍しくデュークさまのお帰りが早くなり……。連れ戻しにいく手間がはぶけました。まったく、この放蕩当主はっ!」
 瞬間、ジョナスの微笑みは消え、責めるようにデュークをにらみつけていた。
「あははは……」
 マリーベルはデュークからもジョナスからも視線をはずし、乾いた笑いをする。
 なんだか思っていた通りの会話に、マリーベルは何も言うことができない。
 ただただ呆れるだけ。
 このデュークというリープ家当主は、一体どこまでむちゃくちゃなのか……。
 仕えている使用人にまで、馬鹿当主と言い放たれるのだから。
 まあ、その馬鹿当主はあえて否定しないけれど。
 それにしても、マリーベルが一緒だからデュークが早く帰ったとは、一体……?
「デューク、あなた本当、ろくなことをしていないわね?」
 ふうとため息をもらし、マリーベルはそっとデュークに耳打ちする。
 すると、デュークは「う……っ」と小さく声をもらし、たじろいだ。
 マリーベルはまた、呆れいっぱいのため息をもらす。
 たじろぐということは、図星だろう。まあ、図星じゃないわけがないけれど。
 あれだけ頻繁にマリーベルの元を訪れていたのだから、他のところにはもっと行っているだろう。マリーベルのところだけですむはずがない。
 どれだけ放蕩三昧なのか……。
 仕える使用人の苦労が、手に取るようにわかる。
「ジョナスさんがかわいそうよ。もう少し真面目にすれば?」
 デュークはまた小さくうめき声をあげた。
 そして、諦めたようにがくんと肩を落とす。
「……以後、気をつけます」
「よろしい」
 マリーベルはくすりと笑う。
 その様子を、ジョナスがうんうんうなずき、満足そうに見ていた。
 それはまるで、デュークへのお説教はやはりマリーベルにまかせるのがいちばんとでも言っているかのよう。
「本当にいい人を見つけたものだ」
 しかも、そのように言い放つ辺り、間違いないだろう。
 マリーベルは思わず目を見開きジョナスを見て、そしてくすくす笑う。
 本当に、このお馬鹿当主は、使用人にどこまでお馬鹿扱いされれば気が済むのか。
 まあ、こういうのも悪くはない。
 デュークはとうとう、降参と手をあげる。
「デュークさま、そろそろマリーベルさまをお部屋へご案内いたしましょうか?」
 ジョナスがにっこり笑いそう問いかけると、デュークは手をおろし、マリーベルも笑いをぴたりとやめた。
「ああ、そうしてくれ。――さあ、マリーベル、おいで」
「え、ええ」
 デュークはそう言うと、マリーベルの返事を待たずにさっと手を取り直した。
 デュークに促されるまま、マリーベルは使用人たちが作る道を屋敷の奥へ歩いていく。
 そこに控える使用人たちに二三指示を出し、ジョナスもゆったりついていく。
 その三人の後姿を、一体何が起こったのかわからないといった様子で、控えていた使用人たちがあっけにとられ眺めている。
 すると、誰かがぽつりつぶやいた。
「今のは一体……? あのデュークさまが……」
 それにはじかれたように、他の使用人たちもそれぞれいまだ呆然とした様子でつぶやく。
「ええ、それに、ジョナスさん。あの方がデュークさまに近づく女性を受け入れるなんて……」
「あんなに恐ろしいデュークさまが……」
「あの女性は一体……?」
 使用人たちは、その場にたたずみ、しきりに首をかしげあう。
 リープ家当主は、代々冷酷無情といわれている。
 その例にならい、現在の当主も恐ろしい。
 敵とみなした者には、敵とみなさずとも、気に入らなければ容赦ない。容赦なくたたきつぶす。
 相手が狩る対象であるならば、命乞いをしたところで、無表情のまま命を絶つ。
 だからこそ、リープ家はヴァンパイア・ハンターの中でも、名が売れた優秀な家系として現在まで続いてきた。
 いつもは冷たく厳しい、近寄り難いデュークしか、使用人たちは知らない。
 それが、あんなにも優しい目をしていた。
 あの女性の前には、主然としたデュークはいなかった。
 使用人たちは、そこにひどく驚き、動揺している。


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