冷酷な狩人(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

「ねえ、デューク、早速だけれど、その吸血鬼について教えてちょうだい」
 通された、マリーベルのために用意された部屋のソファにぼすんと腰をおろし、マリーベルは急かすように目の前に座るデュークに言い放つ。
 デュークはふと気づいたように、ティーカップをゆっくり口からはなしていく。
 この部屋に通されてすぐ、お茶を用意されていた。
「え? ああ、いきなりか」
「当たり前じゃない。わたしが何のためにここまで来たと思っているのよ!」
 マリーベルはテーブルに両手をばんとたたきつける。
 その勢いで、テーブルの上のティーカップが、かたかた揺れる。
 しかし、マリーベルは気にする様子なく、デュークに上体を迫らせ、握りこぶしをつくる。
 マリーベルには珍しいことに、そのままデュークの胸倉をつかまずにいる。
 いつものマリーベルなら、そろそろデュークを締め上げている頃だろう。
 デュークはティーカップをテーブルの上に置くと、どうどうとマリーベルをあやすように両手をかるくあげた。
「もちろんわかっているよ。それでマリーベルを呼んだわけだし」
「じゃあ……っ!」
 勢いのまま、テーブルががちゃんと鳴る。
 デュークは、マリーベルの拳にそっと手をそえる。
「まあ、落ち着いて。そう事を急いては上手くいくものもいかないよ」
 デュークはにっこり笑って、マリーベルの拳に触れる手をぽんぽんとなだめるようにはねさせる。
 マリーベルは釈然としない様子で、デュークをじっと見つめる。
 マリーベルとしては、このような面倒なこと、さっさと終わらせて北の町へ帰りたいのだろう。
 いや、ヴァンパイアハントは面倒ではない。デュークの屋敷でデュークの相手をすることが面倒なだけ。
 どうして、商売敵の屋敷に長居できようか。
 しかも、その商売敵がこれなのだから。
 つき合っていると、いろいろと馬鹿らしくなってくる。
「でも……」
「大丈夫だよ。吸血鬼は決まって夜にしか現れない。まあ、当たり前と言えば当たり前だけれどね」
 マリーベルはもの言いたげにデュークをにらみつけ、諦めたようにはあとため息をついた。
 そして、面白くなさそうにぼすんとソファにすわりなおす。
 むっすりした顔で、ちらっとデュークに視線だけをやる。
 デュークは小さく苦く笑った。
「それが、夜と言ってもまた決まった場所にしか現れないんだよ」
「決まった場所?」
 ぷいっとそらしていた顔をさっとデュークへ向け、マリーベルはじっと見つめる。
 マルセルの例が稀なだけで、ヴァンパイアが夜にしか現れないというのは半ば常識となっているけれど、さらに決まった場所にしか現れないとはこれまで聞いたことがない。
 ようやく落ち着き、そしてデュークの言葉に耳を傾ける気になったマリーベルに、デュークは満足げに小さくうなずく。
「ああ、決まって社交場に現れるんだ」
「しゃ、社交場!?」
 マリーベルはテーブルを蹴散らすように勢いよく立ち上がり、すっとんきょうな声をあげる。
「ははは……。やっぱり、驚いた?」
 マリーベルの勢いに多少気おされながら、デュークは苦笑する。
 そういう反応があるとは思っていたけれど、予想以上だったのだろう。
「驚くも何も……。その吸血鬼、おかしいのじゃない? 普通、吸血鬼というのは……」
「ああ、なかには変わった奴もいるんだよ。そいつもそのいい例だ。だから、これはマリーベルを呼んだ方がいいと思ったんだ」
 普通のヴァンパイアなら、好んで社交場などに現れたりしない。
 たしかに、社交場ほどいい餌場≠ヘないけれど、ヴァンパイアとはもともと騒々しい場所は苦手のはず。
 そして、大勢集まる場所といえば、少なからずヴァンパイア側にとっても多勢に無勢の危険がある。
 人間は、大人数集まれば、時としてヴァンパイアでも捕えてしまう力がある。
 そう、マルセルのあれがいい例。
 わざわざ好んで危険を冒す馬鹿もいないだろう。
 そして、夜とはいえ、明かりの(もと)に好んで現れるのは、やはりおかしい。何かある。
 デュークの言う通り、マリーベルは、普通から抜け落ちた変わったヴァンパイアを相手にすることを得意としている。
 いや、得意としているわけではない。けれど、代々そういうヴァンパイアを専門的に相手にする家系にはある。
 だから、ダグラス家は、ヴァンパイア・ハンターの家としては小さいけれど、ハンターの中では一目置かれる存在でもある。
 一方、リープ家はヴァンパイア・ハンターの家系としては、最大規模になるだろう。
 ごくごく特殊な事例でない限り、どのようなことでも始末する。
 押し黙ってしまったマリーベルに、デュークは試すように問いかける。
「なあ、どうする? やるか?」
 マリーベルは考え込み、すぐにぱっと顔を上げた。
「……もちろんよ」
 得意げに、にっと笑う。
 端から、考えるまでもない。
 こういう特殊なヴァンパイアは、マリーベルしか対応できない。
 ただ、少し考えるふりをしただけ。
 素直に答えては、なんだかデュークにうまいように扱われているようで悔しいから。
「そうか」
 マリーベルの答えを聞き、デュークはどこか複雑そうにつぶやいた。
 こういう事例はダグラス家が得意で、そして後でこのことを知ったマリーベルの激昂ぶりを思い、一応声をかけたけれど、その答えは望んでいなかったというように、デュークは笑っている。
 望んではいないけれど、マリーベルのヴァンパイア・ハンターとしての誇りを優先させたようにも見える。
 一般的でないヴァンパイアとの対峙には、どのような危険があるとも知れない。
 ふいに、時機をはかったように扉がノックされた。
 デュークが答えると、扉がゆっくり開きジョナスが入ってきた。
「お話中失礼します」
「ジョナス、それで、頼んでおいたことは?」
「はい、こちらに……」
 歩み寄るジョナスへデュークが声をかける。
 ジョナスはデュークのもとまでやってくると、さっと一枚の紙を差し出した。
 デュークはそれを受け取ると、難しい顔で目を通しはじめる。
 マリーベルは、訝しげに首をかしげる。
「ねえ、それ何?」
 デュークは紙からふと顔を上げると、持っていた紙をマリーベルへ向けてテーブルの上に置いた。
「これは、これから各上流階級家主催のパーティーの一覧表だよ。とりあえずすべてのパーティーに出て、例の吸血鬼が現れるのを待とうと思うのだが……」
「……そうね、それ以外に手がかりがないのなら仕方ないわね。まずは、その吸血鬼を見てみないことには何もはじまらないし」
 マリーベルはテーブルの上の紙に視線を落とし、難しそうにつぶやく。
 珍しく、マリーベルとデュークはまともに会話をしている。
 世間話や雑談では、こう上手くはいかない。
 デュークが少しでも親しくなろうと話題をふったって、マリーベルはすべて容赦なく蹴散らす。
 けれど、それがヴァンパイア――仕事の話となると別。
 商売敵であるはずのデュークとでも、喧嘩腰にならず話をする。
 マリーベルのこういうところは、デュークも感心する。
 一般的なヴァンパイア・ハンターならば、どんなに協力が必要な時でも素直に相手の言葉に耳を傾けたりしない。
 表面上は協力しているふりをして、いつ相手の寝首をかいてやろうか虎視眈々と狙っている。
 しかし、マリーベルは素直といえば素直、馬鹿といえば馬鹿、そういう思いはあっちへ置いておいて、ヴァンパイアのことだけを考える。
 ヴァンパイア・ハンターとしてはある意味致命的かもしれないけれど、デュークはそんなマリーベルを気に入っている。むしろ、ヴァンパイア・ハンターに求められているものだろう。
 家系によらず、協力して人々を守る。それこそが、本来あるべきかたちのはず。
 今ではすっかり、各々の権力争いとなっている。
 デュークも恐らく、マリーベルでなければ、今回も声をかけたりはしなかっただろう。
 他の自らの力量をわきまえぬ愚かなハンターは、このような特殊な場合でも、ダグラス家に協力を求めたりはしない。
「では、早速準備をいたしましょう」
「ああ、そうしてくれ」
 マリーベルとデュークの会話を聞いて、ジョナスが得心したように言う。
 デュークはさっと立ち上がった。
「ジョナス、マリーベルのことは頼んだよ。俺は着替えてくるから」
 そして、ジョナスの肩をぽんとたたき、デュークはそのまま部屋を出て行く。
 マリーベルは何がなんだかわからず、ぽかんとデュークが去るのを見ている。
 それから、はっとしてさっとジョナスを見る。
 どうやら、早速今夜から社交場潜入がはじまるらしい。そして、デュークはその準備へ行ったのだろう。


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