冷酷な狩人(3)
闇夜の月に焦がれる太陽

「ねえ、ジョナスさん、いいの?」
「……何がでしょう?」
 ジョナスはにっこり笑って、探るような視線を向けるマリーベルを見る。
 それから、マリーベルにさっと手を差し出した。
 マリーベルは難しそうに顔をゆがめながら、素直にジョナスの手に手を重ね、すっと立ち上がる。
「だって、ご主人様がこんな危険なことをして……。それに協力までして……」
 ジョナスは驚いたようにマリーベルを見つめ、けれどすぐにおだやかに微笑んだ。
「よいのですよ。デュークさまがなさることに、わたしは口出しできませんから。それに、このようなことは、デュークさまでないと解決できません」
「え……?」
 マリーベルは怪訝にジョナスを見つめる。
 このようなことは、むしろ当主であるデュークが出ることではないだろう。
 それに、そこにダグラス家がかんできたのだから、余計にそうだろう。
 普通のハンターならば、ここまできたら、保身のためにも素直にダグラス家にまかせる。
 リープ家ほどの家柄なら、当主自ら危険を犯すことはない。
 それなのに、ジョナスはデュークの行動を容認している。
「だって、リープ家といえば名うてのヴァンパイア・ハンター一族でしょう? それに、そこの当主といえば侯爵さま、立派な貴族じゃない。わざわざ当主自ら動かなくたって……」
「マリーベルさま、あなたがそうであるように、デュークさまもリープ家では稀に見る特別な力をお持ちです。今回のように難しいことは、一族の他の者では対応できません。デュークさまでないと……」
 ジョナスは優しく、けれどどこか苦しそうに答えた。
 恐らく、ジョナスとしても、当主が危険を冒すことは本意ではないのだろう。
 しかし、それを認めざるを得ない理由もあるので、仕方なく受け入れているのだろう。
 たしかに、マリーベルも、デュークは他のヴァンパイア・ハンターとは少し違うとは思っていた。けれど、マリーベルと同種とは思っていなかった。
 特殊な事例を引き受けるダグラス家の中でも、マリーベルはたしかに異端。
 それは、世間ではあまり知られていないはずなのに、ジョナスは知っている。知っていてそれを語る。ならば、間違いなくデュークも知っているだろう。
 マリーベルは、ジョナスの言葉に何も言うことができなくなってしまった。
 異端≠ナあるということがどういうことか、マリーベルは身をもってわかっているから。
 そして、デュークという人間を、はじめて少し理解できたような気がした。
 デュークも特殊な立場にあるというのなら、その気持ちも少しは理解できる。どうしてマリーベルに執拗につきまとうのかも、不本意ながらわかる。
 本来なら考えられない、若くしての当主。
 その理由(わけ)も、これによるものだったのだろう。特別な力を持つがゆえなのだろう。
「では、マリーベルさまもご用意いたしましょう」
「え!?」
 重ねたマリーベルの手をさっと引き、ジョナスはにっこり微笑む。
 同時に、扉から、わらわらと使用人たちが入ってきた。
 手には、何やらやたらきらびやかに見えるドレスやら装飾品やらを持っている。
 マリーベルは、突然やってきた使用人たちにぎょっと目を見開く。
 マリーベルの驚きように、ジョナスは困ったように眉尻をさげる。
「まさか、そのお姿でパーティーに出席されるおつもりですか?」
「……あっ!」
 ジョナスの言葉を聞き、マリーベルはようやく理解したらしい。
 たしかに、マリーベルが着ている普段着で、パーティーに出席などできるはずがない。
 吸血鬼と接触するために社交場に行こうとしているのだから、それなりの格好をしなければならない。
 マリーベルはすっかりそのことを失念していて、このままで行く気まんまんだった。
 マリーベルは羞恥に顔を赤らめる。
 ジョナスはその様子を見て、おかしそうにくすくす笑う。
「んもう、いじわるね、ジョナスさんってば!」
 ぷうと頬をふくらませ、マリーベルは恨めしげにジョナスを見る。
 ジョナスは優しげに目を細め、相変わらずくすくす笑っている。
 ヴァンパイアのことになると、自分のことはすっかり忘れてしまうとは、デュークから聞いていたままの少女とでも言いたげに。
 ジョナスはぱんぱんと手を打ち、使用人たちに合図する。
 そうして、ジョナスが退室すると、マリーベルの使用人たちにやたら飾り立てられるある意味恐怖の時間がはじまった。


 使用人の一人がマリーベルの仕度が済んだと報告に行くとすぐに、デュークとジョナスが再びやって来た。
 マリーベルはソファに浅く腰掛け、気恥ずかしそうにもじもじしている。
 デュークたちが入ってきたことに気づくと、すっと視線をそらした。そしてやっぱり、もじもじ。
「ああ、やっぱりデュークさまがおっしゃった通り、よくお似合いですね! ねえ、デュークさま?」
 マリーベルを見るやいなや、ジョナスは両手を打ち鳴らし、嬉々としてデュークにそう同意を求める。
「ふんっ」
 デュークはぷいっと顔をそらした。
 しかし、その顔はどことなく悔しそうに赤らんでいる。
 その様子を見て、ジョナスは意地悪くにやっと笑う。
 そして、不安そうにデュークを見るマリーベルにすすすと歩み寄る。
 これまでのデュークならば、たとえ似合っていようがいまいが、うっとうしいくらいに大騒ぎをするだろうとマリーベルは思っていた。
 けれど、そのデュークが予想に反した態度をとっている。
 ということは、からかえないほどにマリーベルの今の姿は醜いということだろうか? 似合っていないということだろうか?
 しかし、マリーベルのそんな不安も、すり寄ったジョナスによってあっさり蹴散らされた。
「デュークさまがおっしゃっていたのですよ。『マリーベルにはマーガレットがよく似合う』と」
 ジョナスは、聞こえよがしにマリーベルに耳打つ。
「え!?」
 マリーベルは思わずジョナスを見つめ、そして勢いよくデュークを見た。
 たしかに、用意されたドレスは、マーガレットをふんだんにあしらったもの。
 小さなマーガレットがドレスいっぱいにちりばめられた、かわいいけれど上品で、洗練された仕上がりになっている。
 ジョナスの言葉から推量すると、マリーベルが今着ているドレスは、もしかしなくてもデュークが選んで……?
 デュークはいまいましげにジョナスをにらみつけ、乱暴に叫んだ。
「ジョナス! そんなことまでばらすな!」
 瞬間、マリーベルの頬も見事に紅潮した。
 ばっと、デュークから顔をそらす。
 両手で頬をおさえると、やけどしそうなほど熱かった。
「しかし、本当によくお似合いですね、マリーベルさま」
 ジョナスはくすくす笑いながら、今度はマリーベルに語りかける。
 マリーベルは恥ずかしさのあまり、今にも泣き出してしまいそうに叫んだ。
「ジョナスさんってば、お世辞はいいのよ!」
「そのようなことはありませんよ。ねえ、デュークさま?」
 ジョナスは楽しげにそう言うと、再びデュークに同意を求める。
 しかし、デュークは顔をそらしたまま、ジョナスに答えようとしない。
 ジョナスは訝しげに首をかしげ、つっ立ったままのデュークに歩み寄る。
 そして、デュークの顔をのぞき込んだ。
「デュークさま!?」
 同時に、ジョナスは驚きに満ちた声をあげた。
 すると、デュークはジョナスから顔をそらし押しのけ、観念したようにマリーベルをじっと見つめる。
 どこかぎこちない笑みを浮かべた。
「……よく、似合っている」
 そして、壊れてしまいそうなほど恥ずかしさに満ちた目で、ぽつりつぶやいた。
 マリーベルの顔は、さらに真っ赤に染まる。
「ば、ばか……っ」
 マリーベルははき捨てるようにそうつぶやき、ぷいっと顔をそらした。
 やっぱり、顔が熱くて仕方がない。
 恐らく、今のマリーベルの顔は、太陽より熱く燃えている。
 マリーベルとデュークは、互いに視線をそらしつつ、けれど時折ちらちらっと見合う。
 ばったり視線が合うと、勢いよくそらす。けれどやっぱり、そろーりと視線を流すとまたばっちり目が合って……と、赤い顔でなんだか永遠に続きそうな無駄な行為を繰り返す。
 その煮え切らないうっとうしい二人を、ジョナスはうんうんうなずきながら微笑ましそうに眺めている。
 そして、ふと、そこにまだ使用人たちがとどまっていることに気づき、ジョナスはしっしっと追い払う。
 使用人たちはあてられたように赤い顔をして、慌てて部屋から出て行った。
 いつまでそうして続けるのだろうと思った矢先、それを断ち切ったのは意外にもデュークだった。
「マリーベル、これを」
 そう言いながら、胸のポケットから小さなマーガレットを取り出してきた。
 それは、マーガレットをあしらった髪飾り。
「そのドレスと一緒に作らせていたんだが、これだけ遅れていてね。さっき出来上がったところだ」
「え……?」
 マリーベルは思わず、じっとデュークを見つめる。
 その言葉通りにとれば、デュークはマリーベルを街へ連れに来る前にすでに、このドレスを発注していたことになる。
 そう、マリーベルの返事を待たずに、マリーベルは首都に来るものだと、パーティーに出席するものだと決めつけていたということだろう。
 何よりも、既製品ではなく、マリーベルのためにわざわざ作らせたことになる。
 マリーベルとデュークの関係に、果たしてそこまでするものがあっただろうか?
 吸血鬼のためだけなら、わざわざドレスを作る必要はない。既製品で十分。
 おろおろと動くマリーベルの瞳をじっと見つめ、デュークはにっこり微笑んだ。
 その目は、マリーベルの想像を肯定している。
 マリーベルが今着ているドレスは、マリーベルのために作らせたもの。そして、それに関しては有無を言わせない。マリーベルは着なければならない。そんな意志が感じられる。
「後ろを向いて、つけてあげるから」
「う、うん……」
 デュークの有無を言わせない微笑に負けたのか、惑わされたのか、マリーベルは素直にうなずいていた。
 戸惑いがちにではあるけれど、デュークに背を向ける。
 すると、デュークの手がゆっくりマリーベルの髪に触れた。
 指が髪に優しく絡まり、さわさわとくすぐったい音がする。
 デュークは、もてあそぶようにマリーベルの髪に触れている。
 デュークの手は、マリーベルの髪からなかなかはなれようとしない。
 マリーベルの全神経が、髪に集中する。
 恥ずかしい。とっても恥ずかしい。
 けれど、髪に触れるデュークの手はとても優しくて、なんだか気持ちいい。
 あれほど嫌っていた男のはずなのに、何故か髪に触れられることは嫌じゃない。
 マリーベルは、抗うことも憎まれ口をたたくことも忘れ、デュークに思うまま髪をいじらせていた。


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