舞踏会(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

 マリーベルとデュークは、首都でも名の通った伯爵家の舞踏会にやって来ていた。
 昼間見た一覧中直近のものが、それだった。
 パーティーならばどれでもかまわない。とりあえず、片っ端からつぶしていくだけ。
 数をこなしていけば、そのうちどこかでぶつかるだろう。
 このように簡単にしっぽをつかめるかもしれない吸血鬼の出没の仕方にはひっかかるものがあるけれど、仕方がない。罠かと思っていても、そこへ飛び込まないことには何もはじまらない。
 事実、首都ではすでに犠牲者が何人もでている。
 どれも死には至っていないけれど、瀕死にはある。
 いまだ意識が戻らない者もいるという。
 狙われた者は、皆まだ若い娘たちばかり。
 舞踏場へ足を踏み入れたマリーベルは、ぽかんと口をあけ天井を見上げていた。
 デュークの屋敷に入った時もそうだったけれど、どうして貴族というものはこうも無駄に豪華なつくりを好むのだろう?
 マリーベルなどからしたら、家というものは落ち着ける程度に清潔感と広さを保っていればそれでいいと思うのに。
 やはり、ここが貴族と平民の違いなのだろうか?
 見渡す舞踏場中に、どことなく気品が漂い、きらびやかだ。
 出席している者たちも、いかにも上流階級らしく優雅に振る舞っている。
 そこに嫌味を感じさせる者もいれば、ただただその優美さに感心する者と、貴族とはいってもぴんからきりのようではあるけれど。
 その中でも、デュークは恐らく、後者だろう。
 腹立たしい男と思っていたけれど、あちらやそちらにいる紳士とはとても言えない男たちとくらべると、デュークは十分すぎるくらい紳士に見える。
 まあ、見えるだけで、中味を知っているマリーベルには、デュークも紳士ではないのだけれど。
 しかし、同じヴァンパイア・ハンターの家といっても、その財力でも有名なリープ家当主というだけあり、デュークはここにちゃんと溶け込んでいる。
 そればかりでなく、先ほどから、ちらちらと女性の視線を感じる。
 デュークへ注がれる視線は、いやらしいものばかりなのに、マリーベルが感じる女性の視線は、どれもぐさぐさささり痛い。
 非難、憎悪、蔑み、妬みといった、心が貧しく醜い女性特有のもの。
「ね、ねえ、デューク。わかっているとは思うけれど、わたし、こういうところははじめてなのだからね」
 デュークの袖をくいっとつかみ、マリーベルは訴えるようににらみつける。
 この場でマリーベル一人おいてどこかへ行ったら許さないからねと、念押ししている。
 このような場で一人放置されても、マリーベルにはどう振る舞えばいいのかわからない。
 それに、目的は社交ではなく吸血鬼。そのためにも、その時にそなえ、あまりデュークと離れない方がいいだろう。
「ああ、わかっている。俺のそばから離れるなよ」
 デュークは袖をつかむマリーベルの手にそっと手を触れ、優しく笑う。
 むっとマリーベルの頬が少しだけふくらむ。
「……馬鹿にしているわねっ」
 マリーベルが悔しそうにじろっとにらむと、デュークは楽しそうににこっと笑った。
 そして、そっとマリーベルの腰に手をまわし、愛しそうに見つめる。
 マリーベルは、思わずぷいっと顔をそむけた。
 その時だった。
 突然、マリーベルにどんと何かがぶつかり、そのまま弾き飛ばされた。
 何事かと振り返ると、デュークに群がる女性たちがいる。
 「邪魔よ!」とマリーベルをにらみつける女性がいれば、蔑む女性もいる。かと思うと、マリーベルなど気にせず、デュークに必死に色目を使う女性もいる。
 そのような女性たちに群がられながら、弾き飛ばされたマリーベルを助け起こそうとデュークが手を差し出すけれど、それも数人の女性に阻まれた。
 そしてそのまま、女性に押し流されるようにして、デュークはマリーベルから放されて行く。
 あまりもの勢いと迫力に、マリーベルはあっけにとられそこにたたずむしかできない。
 デュークも、さすがに女性にはあまり無茶なことはできないようで、とりあえずは紳士に振る舞っている。
 こういう場合は、多少の乱暴も辞さず、エスコートしてきたマリーベルを助けるものだろう。デュークならば、簡単に女性たちを振り払い、マリーベルの元に戻れるだろう。
 それなのに、あっさり女性たちにさらわれていくなんて……。
 デュークにとって、マリーベルとは、所詮その程度の存在ということ?
 あんなにしつこいくらいうっとうしいくらい街までやってきて、好き好き言っていたくせに。
 マリーベルは、さらわれていくデュークからすっと顔をそらし、ぷうと頬をふくらませる。
 ――面白くない。
 マリーベルをほうって、他の女性といちゃつくなんて。
 さっさとマリーベルのことなど忘れたのか、それとも諦めたのか、デュークは手馴れたもので、女性たちを巧みにあしらいはじめた。
 やっぱり、女好きという噂は嘘ではないよう。
 女性たちにちやほやされ、鼻の下をとってものばしている。
 むむむーと、マリーベルの目がすわっていく。
「いやになるよ。リープ家当主がやって来ると、必ずこうだ」
「まったくだね。雰囲気ぶち壊しだ」
 ふと、マリーベルの耳に、そのような会話が飛び込んできた。
 はっとして振り返ると、すぐそこで、男が四、五人かたまって、いまいましげにデュークをにらみつけながら、聞こえよがしに話している。
「一体、あの変人のどこがいいと言うんだ? 女性たちの気が知れんよ」
「いいご身分だな。いつもいつもまわりに女性をはべらせてっ」
 汚らわしそうに顔をゆがめ、男たちは口々に言い合う。
「そうそう、これは聞いた話なんだが、どうやらあの女たらし、今度は同業の女にまで手を出したそうだ」
「え!? なんと恥知らずな! よりにもよってヴァンパイア・ハンターか!? はあ、やるね〜」
「女のヴァンパイア・ハンターといえば、巫女が相場だろう? 聖職者にまで手を出したのか!?」
 男の一人がぎょっとしてそう叫ぶと、ともにいた男たちもそれに気づいたように顔をゆがめる。
 聞き耳を立ててしまっていたマリーベルは、思わず小さくびくりと体をふるわせた。
 そのような会話をすぐ近くでしているということは、男たちはマリーベルの存在には、恐らくまだ気づいていないのだろう。
 それにしても、同業の女とは、もしかしなくてもマリーベルのことだろうか?
 デュークが近頃ともにいる同業の女といえば、マリーベルが知る限りではマリーベルしかいない。
 たしかに、女性のヴァンパイア・ハンターには聖職者が多い。そして、聖職者に手を出そうなど、まさしく外道の所業。
 そのような噂が広まっているのならば、ここまで嫌悪されても、まあ仕方がない。しかし――。
「最低だな、あの男……」
「あいつに仕える奴らに同情するね」
 一人の男がそう言うと、ともにいた男たちは皆、嘲笑じみた笑みをうかべ、ちらっとデュークに視線をやる。
 そしてまた、汚らわしそうに顔をゆがめ、デュークの噂話を再開する。
 マリーベルは、男たちからすっと目をそらした。
 そして、女性たちに群がられるデュークをじっと見つめる。
「デューク……」
 マリーベルは、思わずぽつりつぶやいていた。


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