舞踏会(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

 マリーベルが知らなかっただけで、デュークはいろいろ苦労しているのだろう。
 たしかに、やけに女性慣れしていて、女性の扱いが上手いという辺りは否定できない。
 そこから男性たちの反感を買っているのも理解できる。
 しかし、そこにリープ家の使用人たちまで引っ張り出し、そのように言われる筋合いはない。
 マリーベルが見た限りでは、デュークは使用人たちとなかなかよくしている。
 まあ、マリーベルがよく知るのはジョナスくらいだけれど。
 でも、そのジョナスにあんなに慕われ、大切にされているのだから、本当のデュークは男たちが言うような、そしてマリーベルが知っているようなデュークではないのだろう。
 それに、ジョナスは言っていた。
 デュークは、マリーベルと同じ使命を背負っているのだと。ならば……。
 普通のヴァンパイア・ハンターは、ヴァンパイアを始末する力しか持たない。
 しかし、ごく稀に、ヴァンパイアを救う力を持つハンターが生まれることがある。
 その力は、ヴァンパイアの家系にもよるけれど、たいていは忌み嫌われる。
 ただ、マリーベルのダグラス家とデュークのリープ家では、その力は特別に与えられた力として大切に扱われている。
 本来敵であるヴァンパイアを救う力を持ち合わせたがために、処分する家系もあるというから、よくよくマリーベルもデュークも運がよかった。デュークにいたっては、当主にまでなっている。
 たしかに、ダグラス家とリープ家は、どちらかといえば、強硬派ではなく穏健派、ヴァンパイアとの共存を望む家系ではある。
 そのいい例が、マリーベルの二代前当主、クール・ダグラスだろう。
 ダグラス家は、マリーベルが最後の生き残りなので、当主も何もないけれど。
 特別な力は、時にヴァンパイア・ハンターを苦しめる。
 きっと、この世界で、デュークだけが、マリーベルの思いを理解できる。
 マリーベルは、デュークの噂話で盛り上がる男たちから離れ、一人壁際に行き、舞踏場全体を見まわす。
 役立たずのデュークなど放っておいて、マリーベルは本来の目的を遂行する。
 気持ちを落ち着かせ、神経を舞踏場全体に張り巡らせる。
 ここに吸血鬼が紛れ込んでいれば、恐らく、何かしらの反応を感じるだろう。
 人間と吸血鬼は、少しだけ気配が異なる。うまく察知できれば、それをたどり、吸血鬼をつきとめられる。
 そう、女たらしのデュークなどあてにならないので、ここはマリーベルが踏ん張るしかない。
 けれど、マリーベルはすぐにあきらめたようにため息をもらした。
「どうやら現れる気配はないようね。やっぱり、そう簡単にはいかないかなあ」
 神経を張り巡らせるといっても、とても疲れるので、そう長くはつづけられない。
 デュークがまじめに協力していたら、もう少しは楽だっただろう。
 しかし、あれじゃあ、あてにならない。
 目的を忘れて女といちゃつくヴァンパイア・ハンターほどあてにならないものはない。
「お嬢さん、よろしければどうぞ」
 ため息をつき壁にもたれかかったマリーベルに、そう言ってすっとグラスが差し出された。
 マリーベルは慌てて体勢を立て直し、グラスを持つ手の主へ視線をやる。
 するとそこでは、身なりのいい青年がマリーベルに微笑みかけていた。
「え……と、あの……?」
「美しい花が、このようなところでぽつんと一人でいるものではありませんよ。もったいない」
 戸惑いがちにつぶやくマリーベルに、青年はさらににっこり笑う。
 そして、半ば無理矢理、マリーベルにグラスを押しつける。
「よろしければ、僕とお話でも――」
「おや、このようなところに、なんて可憐な乙女が!」
 青年のその言葉をさえぎるように、別の男の声がした。
 マリーベルはぎょっとして、今度はそちらを見る。
 すると、がっちりとしたいかにも軍人らしい男臭い男が自信たっぷりに立っていた。
「このような優男などにかまわず、わたしと踊りなどいかがですか?」
 そう言って、男はマリーベルの手をとろうと手をのばしてくる。
 マリーベルはびくりと体を震わせ、さっと右手を左手でにぎりしめた。
 一体、何が起こっているのか、マリーベルはいまいち理解できていない。
 つい先ほどまで、デュークに腹を立て、そして吸血鬼の気配を探っていたはずなのに、気づけば壁際に追いやられ、男たちにかこまれている。
 そう、気づけば、一人二人どころではなく、何人もの男たちに。
「お嬢さん、見ない顔だね。社交界ははじめてかい?」
「そのマーガレットのドレス、よく似合っているね」
「このように美しい令嬢がいたなど。わたしはこれまで、一体どこを見てきたのだろうか」
 皆それぞれに、そんなことを一斉にマリーベルに言い連ねる。
 デュークとはなれたとたんこれだとは、上流階級の男たちの思考はマリーベルにはよくわからない。
 いや、デュークがいい例で、男たちの頭の中など皆同じなのだろうか?
 だけど、社交界はもちろんのこと、このような状況ははじめてのマリーベルは、どう対応すればいいのかわからない。
 ただおろおろとすることしかできない。
 そのような反応に、男たちは気をよくしたのか、目の色をかえてさらにマリーベルに迫る。
 その時だった。
「マリーベル、待たせたね」
 男たちを蹴散らし、デュークがマリーベルの前にやってきた。
 そして、当たり前のようにマリーベルの肩を抱き寄せる。
 マリーベルはぎょっとデュークを見て、そのまま思わず胸をぎゅっとつかんだ。
 デュークの姿を認めた瞬間、男たちの顔色がさっとかわった。
 中には、たじろぎ後ずさる者もいる。
 マリーベルがさっとデュークの顔を見上げると、射殺さんばかりの勢いで男たちをにらみつけている。
 男たちは舌打ちをし、渋々去っていく。
「……ちっ。あのリープ家当主相手じゃ、分が悪すぎる」
「あの男のお手つきだったのか。いい女なのに、もったいない」
 男たちが散り散りに去ったことを確認すると、デュークはすっと肩の力を抜いた。
 そして、困ったようにマリーベルを見つめる。
「マリーベル、気をつけるんだよ」
「あら? 気をつけるって何に?」
 マリーベルは、デュークの胸をどんとおし、ひきはなす。
「それに、一体何しに来たの? お楽しみじゃなかったのかしら?」
 ぷいっと顔をそむけ、マリーベルはとげとげしく言い放つ。
 デュークは一瞬目を見開き、そして顔をほころばせた。
「マリーベル、それって……」
 嬉しそうにそう言いかけた時だった。舞踏場の照明がふと消えた。
 デュークはさっとマリーベルを抱き寄せ、マリーベルも素直にデュークに身をゆだねる。
 舞踏場が一瞬にして静まり返り、それとほぼ同時に若い女性の悲鳴が響き渡った。
 その悲鳴が終わった次の瞬間には、再び明かりがついた。
 それと同時に、男の鬼気迫った叫ぶ声が舞踏場を支配した。
「出たぞ! 奴が出た! ヴァンパイアだ! ヴァンパイアが出たぞ!!」
 はじかれたようにマリーベルとデュークは身をはなし、舞踏場を見まわす。
 すると、一角で、ざざざっと人が引いていく場所が見えた。
 かと思うと、再びそこへ人がわらわら集まりだす。
 その人々の足の隙間から、床に広がる長い亜麻色の髪が見えた。


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