舞踏会(3)
闇夜の月に焦がれる太陽

「デューク!」
「ああ!!」
 マリーベルとデュークは互いにうなずきあい、人だかりへ駆け出す。
 出たという吸血鬼はもちろん気になるところだけれど、それよりも、今は垣間見た亜麻色の髪が気になる。
 床に長い髪を広げ、女性が倒れていた。
 不覚にも、マリーベルとデュークは先ほどの暗闇の中、そちらに気をとられ、吸血鬼の気配を探ることを忘れていた。
 しかし、ヴァンパイアが出たというのなら、そしてその直後、女性が倒れているというのなら、恐らくそうなのだろう。
 そして、その場合は、存在を確認できないヴァンパイアよりも、こちらの方が優先される。
 マリーベルとデュークは、人だかりを掻き分け、倒れている女性に近づこうとする。
 けれど、恐怖と興味がまざりあう人だかりは、容易にすすむことができない。
 事は一刻を争う。
「そこをどけ!」
 早々に業を煮やしたデュークが、人だかりへ向けて怒鳴った。
 すると、人々のがやがやした喧騒がぴたりと止む。
 そして、デュークへ視線が注がれる。
 しかし、デュークは気にすることなく、厳しい顔つきですっと足を一歩踏み出した。
 それと同時に、そこにいた人々が、デュークにささっと道をゆずっていく。
 その悪癖でもリープ家当主としても十分知られているようで、デュークの顔を見るなり皆無言で道をあけた。
 先ほどのヴァンパイアが出たという言葉が事実ならば、デューク以上の適任者はこの場にいないだろう。
「マリーベル、おいで」
 デュークはマリーベルにさっと手をさしだした。
 その瞬間、その場にざわっと嫌などよめきが起こり、一斉にマリーベルに奇異なものを見るような視線が注がれた。
 けれどマリーベルはあえて気づいていないよう装い、こくりうなずくとその手をとった。
 デュークに手をひかれ、探るような怪訝な視線をその身にあびつつ、マリーベルは吸血鬼に襲われたらしい女性のもとへ歩いていく。
 そして、人々が注視する中、女性の傍らにひざまずいた。
 ひざまずいたのがデュークではなくマリーベルだったため、またどよめきが起こる。
 デュークは腕を組み、難しい顔でマリーベルの横に立っている。
「マリーベル、どう思う?」
 マリーベルは無言で、さっと女性の首筋に手を触れた。
 瞬間、マリーベルの顔が険しくゆがむ。
 マリーベルが触れたそこには、牙がくいこんだような痕がふたつ、くっきりある。
 厄介なことに、女性を襲った吸血鬼は高位のものなのか、傷口は血で汚れていない。
 位が高くなればなるほど、吸血鬼は綺麗に食事≠キるといわれている。
「こんなこともあろうかと思って、持ってきておいてよかったわ」
 デュークの問いかけには答えずに、マリーベルはおもむろにドレスの胸元にすっと手を差し入れる。
 それから、胸と胸の間からさっと小さな瓶を取り出した。
 マリーベルのふいの行動に、デュークはぎょっと目を見開く。けれど、すぐに出てきた小瓶を見て、さっと顔を引き締めた。
「それは、聖水か?」
「ええ、これを使えば、まだ間に合うと思うの」
「そうか……」
 マリーベルがこくりうなずき答えると、デュークは小さく胸をなでおろした。
 間に合うということは、女性は助かるということだろう。
 そして、助けるということは、やはり女性は吸血鬼に襲われたということになる。
 マリーベルが女性の頭を持ち上げようとして手間取っているのを見て、デュークがさっと跪き、その手助けをする。
 マリーベルとデュークの視線が合うと、二人何かを確かめるようにうなずきあう。
 デュークが女性の頭を持ち上げ支える。
 マリーベルは取り出した小瓶の蓋を開け、それを女性の口元へ持っていく。
「お願い、少しでいいから飲んで……」
 女性の唇に触れるものの、その横からつうと一筋の聖水がこぼれ落ちる。
 マリーベルは苦渋の表情を浮かべ、どうにか女性に小瓶の聖水を飲ませようとする。
 それを見て、デュークは怪訝な顔をした。
「マリーベル? 普通、聖水は飲ませるのではなく……」
「ええ。だけど、今は急を要するから、こうした方が手っ取り早いのよ」
 マリーベルもデュークの疑問は心得ているようで、うなずくとさらっとそう言い放った。
 マリーベルが使う聖水は、徳が高い聖職者が清めたものとは違う。
 治癒の木と異名を持つ、レピオスの木の葉についた朝露を集め、それをダグラス家秘伝の方法で蒸留した、ハンターのための聖水。
 他の聖水はもちろん、このような使い方をしても効力を発揮しないけれど、ダグラス家の聖水は違う。
 とりわけ、マリーベルのような特殊な力を有した者が蒸留すると、その効力も絶大となる。
 ダグラス家の聖水といえば、ハンターの間でも評価されているけれど、まさかこうして使うこともできるとは思ってもいないだろう。
 女性ののどが小さくこくんと動き、聖水が流れ込んでいった。
 それを認め、マリーベルはすぐに小瓶を女性の口元からはなし、今度は直接傷口にかける。
 そして、口の中でぶつぶつ呪文らしきものを唱えはじめた。
「悪しき者の血よ、ただちにこの娘から立ち去れ」
 マリーベルが誰にも聞こえるきっぱりした口調でそう言い放つと、それまで気を失っていた女性がゆっくり目を開いた。
 見守っていたまわりの者たちから、一斉に歓声が上がる。
「おお、目を覚ましたぞ!」
 同時に、それまで張り詰めていた舞踏場の緊張の糸がぷつりときれ、あちらこちらで安堵の吐息がもれる。
 享楽にふけっていたところ水をさされ、さらに死人まで出ては寝覚めが悪い。
 紳士淑女たちは、そこに喜んでいるようにも見える。
「大丈夫? 何ともない?」
 安心したのか、ぞろぞろまわりを去っていく人々を無視して、マリーベルはいまだ状況を把握できていないのだろうきょとんとする女性に、そう問いかける。
 すると女性は、戸惑いながら大丈夫とだけ答えた。
「そう……。一応、吸血鬼の邪気は取り除いたけれど、後でしっかり徳の高い聖職者に清めてもらってね」
 マリーベルはふわりと微笑み、女性の頬にかかった亜麻色の髪をさらっとはらう。
 マリーベルのその言葉を聞いて、女性はようやく自分の身に起こったことを理解し、こくこくと首を縦に振る。
 デュークがゆっくりと、女性を立ち上がらせる。


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