舞踏会(4)
闇夜の月に焦がれる太陽

「き、貴様は、一体何者だ!?」
 ゆっくりではあるけれど女性が立ち上がったことを確認し、マリーベルとデュークが安心したように視線を絡ませた時だった。
 まだこの場にとどまり様子をうかがっていた一人の男が、色を失った顔で叫んだ。
 すると、舞踏場中がまたしんと静まり返り、一斉にマリーベルに注目する。
 そういえば、女性が助かったことに気をとられ、そのいちばん重要なところを皆ころっと忘れていた。
 もっと重要なことは、まだこの場に吸血鬼がとどまっている可能性があるということだけれど、そちらはどうでもいいらしい。いや、失念しているのだろう。
 男の叫びに連鎖したように、またどこからか誰かが叫んだ。
「そうだ! このようなことができるなど……。もしや、お前が吸血鬼か!?」
「そう言われれば、普通の人間が吸血鬼に襲われた人間を助けられるはずがない!」
 次第にその場は剣呑な雰囲気に支配されていき、しまいには恐怖に陥れられたように、口々に狂わんばかりに叫びはじめる。
「あの女、どうやら吸血鬼の仲間らしいぞ!」
「何だと!?」
「まあ、なんて恐ろしい。よく見れば、風変わりですものね……!」
「やってしまえ! 報復だ! 人間の恐ろしさを思い知らせてやれ!!」
 マリーベルは苦しげに顔をゆがめ、ただただ恐怖にかりたてられはじめた人々を見まわすことしかできないでいる。
 マリーベルはあくまでヴァンパイア・ハンター。まさか、自分の身に危険を感じたからといって、人を狩るわけにはいかない。また、そのような力もない。
 ヴァンパイアには対峙できても、人間を退治することなどできない。
 マリーベルに助けられた女性は、おろおろとマリーベルと人々を交互に見ている。
「黙れ! お前たちは、そのようなことしか考えつかないのか! 見てわからないのか!? どこに、殺そうとした相手を助ける奴がいる!?」
 デュークが凄まじい剣幕で一喝すると、それまで騒いでいた人々はぴたりと動きをとめた。
 舞踏場がまた、しんと静まり返る。
 助け起こした女性から手をはなし、デュークはそのまま困惑するマリーベルを抱き寄せる。
「お前たちの目は飾りか? しっかりと現実を見ろ」
「デューク……」
 マリーベルはデュークの胸元をきゅっとにぎりしめ、すがるように見つめる。
 ヴァンパイア相手なら、マリーベルもこのようにうろたえることも不安になることもないけれど、人間相手だと上手くいかない。
 それに、マリーベルは知っている。恐怖に支配された人間たちの醜さ、恐ろしさ、残酷さを。
 そんな中、デュークは毅然とした態度で、マリーベルを守っている。
「マリーベル、大丈夫だから」
 デュークは優しい目でマリーベルを見つめ、そっと額にキスを落とした。
 マリーベルはぽっと頬をそめ、そっと額に手をあてる。
 それから、きゅうとデュークの胸に顔をおしつけた。
 マリーベルの肩が小刻みに震えている。
 吸血鬼とは違う人間の憎悪、懐疑心をここまで直にぶつけられると、さすがに辛い。……怖い。
「まったく、お前たちは、どうしてすぐに人を貶めようとする」
 それまで、マリーベルたちとともにただ不安げにおろおろしていた女性が、きっと顔をひきしめ、デュークの腕の中のマリーベルに恐る恐る声をかけた。
「あ、あの……ありがとうございました。どうやら、あなたがわたしを助けてくださったようですね。あの……わたしは、メロディ、メロディ・ジョエルと申します。よろしければ、お礼をさせてください」
 女性――メロディのその言葉を聞き、マリーベルは思わず目を見開き、そして苦笑した。
 きっとこのメロディも、先ほどの口さがない言葉に、自分のとるべき行動を考えていたのだろう。
 そして、デュークのその言葉で、勇気を出してマリーベルを助けようとしてくれているのだろう。
 恐らく、吸血鬼に襲われたメロディだからこそ、他の人々とは違うものが見えているのだろう。
「お礼なんていいのよ。別にたいしたことじゃないわ」
「で、でも……っ」
 メロディはついっとマリーベルに詰め寄り、食い下がる。
 マリーベルはふうと小さく息をはくと、ゆっくりとデュークの腕の中から抜け出る。
 メロディが勇気を出したのだから、マリーベルもこのまま人間の残酷さに怯えているわけにはいかない。
 マリーベルは、メロディの手をすっととる。
「いいのよ、本当に。あなたが助かっただけで」
 マリーベルは困ったように微笑を浮かべる。
 メロディが助かったことはもちろんだけれど、こうしてメロディが人々の雑言に惑わされることなくマリーベルを信じたことだけで、マリーベルは十分だった。
 マリーベルのうかな様子に、メロディもひとまずは諦めたようにすっと身をひく。そして、訴えるようにちらっとマリーベルを見る。
「では、せめてお名前だけでも教えていただけませんか」
「え……?」
 マリーベルは一瞬動きをとめ、さっとデュークを見つめた。
 その目は、デュークに助けを求めるようにゆらめいている。
 果たして、マリーベルの判断だけで名乗っていいものだろうか。
 リープ家当主がダグラス家の娘を連れているとなると、デュークにとって後々いろいろ厄介なことになるだろう。
 デュークもマリーベルの意図に気づいたようで、口元をあげこくりとうなずく。
「教えてやれ。名前くらいならいいだろう?」
 マリーベルは眉間にしわを寄せる。
 先ほど、デュークと離れていた時に、マリーベルは男たちの噂話を聞いている。
 それによると、デュークはよほどの節操なしか、聖職者にまで手を出したうつけかと言われていた。
 ならば、このような状況になって名乗るのは、デュークにとっては不利にならないだろうか? あの噂を肯定することにならないだろうか?
 だって、今リープ家当主とともにいて守られている女性は、ダグラス家の者――マリーベルなのだから。
 マリーベルがダグラスと名乗り、何事もないわけがない。
 きっと、デュークは今よりさらにそしられることになる。
 もう一度マリーベルが確認するように見ると、デュークはどこか得意げににっと笑った。
 マリーベルは諦めたように、ふるっと一度小さく横に首をふる。
「わかったわ。――わたしは、わたしの名前は、マリーベル・ダグラスよ」
 マリーベルが名乗った瞬間、舞踏場にざわめきが起こった。
 あちらこちらで、動揺の色が見える。
 たしかに、先ほどあれだけののしっていた、吸血鬼よばわりしていた娘が、まさかそれに対峙する家の名を持つなどとは思っていなかっただろう。
 そして、それが明かされた今、自らの愚かしさに気づいたのだろう。
 しかし、まだ同じ名というだけで、そう≠ニ決まったわけではない。
 半信半疑やら疑いの視線が、あちらこちらからマリーベルに向けられる。
 マリーベルはその様子を見て、観念したように投げやりに言い放つ。
「そうよ。みんなが考えているように、ヴァンパイア・ハンターのダグラス家の者よ」
 瞬間、歓声があがった。
 両手をあげて喜ぶ者もいれば、両手を叩き喝采を送る者もいる。
 もうそこには、マリーベルを吸血鬼と疑う者はいない。
 先ほどまでとはまったく違うその反応に、マリーベルはただ苦く笑うしかできなかった。
 わかっていたけれど、人間とはなんて――。


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