舞踏会(5)
闇夜の月に焦がれる太陽

 何かを吹っ切るように、マリーベルはふるふると首を横に振る。
 デュークがそんな人々を、どこか汚らわしそうに見ている。
 英雄クール・ダグラスがかつて言っていたように、人間ほど醜い生き物はない。
 その時だった。
 マリーベルとデュークは、同時に射抜くような鋭い邪悪な視線を感じた。
 はっとして、その視線を感じる窓辺へ勢いよく振り返る。
「マリーベル、君も感じたか!?」
「ええ!」
 二人ははじかれたように叫び、窓辺へばっと駆け出した。
 それを見て、取りかこむようにしていた人々が飛びのくように道をあけ、その間を二人はかけていく。
 そこに集う人々は一体何が起こったのかわからず、ただあっけにとられて二人を見ていた。
 メロディは不安げに二人を見送る。
 マリーベルとデュークは、テラスのてすりを同時にひょいっと飛び越え、そのまま庭へ降り立つ。
 そうして、雲に隠れ月明かりが届かなくなった庭を駆けて行く。
 月が雲に隠れた夜でも、まったく光がなくなるわけではない。
 雲を通りぬけてわずかに地上に注ぐ月光で、目は次第に暗闇に慣れていく。
 闇色に染まる左右対称が美しい薔薇園を駆け抜けていく。
 先ほど視線を感じた窓辺へ駆け寄った頃には、すでにそこに視線の気配はなかった。
 また、意識を舞踏場へ向けても、そこに視線も気配も感じない。
 ならば、この闇が落ちた庭に逃げ出したのだろうと瞬時に判断し、二人は駆けてきた。
 二人がたどる道には、わずかに先ほどの気配が残っている。
 果たして、その判断が正しいのかどうかはまだわからない。
 吸血鬼はあえて気配を残し、罠をはっているとも考えられる。
 けれど、今は信じて気配をたどり駆けることしか、二人にはできない。
 どのような小さなことでも、手がかりになるならそれに賭ける。罠とわかっていても。
 その程度しか、マリーベルもデュークも情報を持ち合わせていない。
「ヴァンパイア……。あれは、ヴァンパイアだったよな!?」
 デュークが改めて確認するように、マリーベルに問いかける。
 するとマリーベルも、まっすぐ前を見据えたまま、こくんとうなずいた。
「ええ、確かにあれは、人ならざる者の視線だったわ!」
 マリーベルがそう答えた時には、二人は庭を駆け抜け門までやって来ていた。
 門衛が凄まじい勢いで駆けてくる二人に気づきぎょっとしたけれど、それにはかまわず二人はそのまま門から飛び出した。
 そうして、雲が晴れだし月が見守る中、首都の街へ消えていく。


「くそっ! もう少しだったのに……!」
 街の中をいくらか駆け狭い路地に入り込んだ頃、デュークが足をとめ、苦々しく吐き捨てた。
 二人は再び雲に隠れはじめた月夜の街を駆けここまでやって来て、ふいにそれまで感じ取っていた気配を見失った。
 マリーベルもデュークの横でゆっくり足をとめ、重く息をはきだした。
「仕方がないわ。またの機会を待ちましょう。罠でも罠でなくても、きっとすぐに動きがあるでしょうから」
「……ああ、そうだな」
 二人はそう確認しあうと、そこにあった古ぼけた建物の壁にぺたんと背をあずけた。
 さすがに、これだけ駆けると疲れる、息もあがる。
 ぜいはあと荒い息をととのえる。
 吸血鬼の気配を見失った以上、追いかけても意味がない。下手に追おうものなら、危険に陥る。
 賢いヴァンパイア・ハンターは、深追いはしない。
 罠であるならば、また新たな罠をはるために向こうから接触してくる。
 罠でなければ、これまでの吸血鬼の行動から、血を求めまた社交場に現れる。
 どちらの場合においても、そう間をあけることはないだろう。
 前者は間をおいては意味をなさなくなり、後者は吸血欲求に抗えず。
「だけど、どうしてあの時、気づかなかったのかしら?」
「ああ、確かに明かりがつきすぐに確認した時には、いなかったはずなんだが……」
 乱れる呼吸のままマリーベルが問いかけると、デュークも難しい顔で答えた。
 マリーベルは怪訝な目をして、顔だけをデュークに向ける。
「一度いなくなって、また戻ってきたとでもいうの? それとも、気配を自在に操れるなんてそんなおとぎ話みたいなことがあ――」
 マリーベルはそこまで言いかけると、ぴたりと言葉を切った。
 そして、二人、さっと顔を見合わせる。
 また、あの気配を感じた。
 瞬間、何かを確信したように、マリーベルはまた突然走り出した。
「マリーベル! おい、待てって! 勝手に行くな!!」
 デュークは慌てて体勢をととのえ、マリーベルを追おうとする。
 けれど、その時にはすでに遅かった。
 入り組んだ路地の向こうに、マリーベルの姿は消えていた。同時に、先ほどの気配も、かききえたようにもうそこにはなかった。
 デュークは青い顔をして、小さく舌打ちする。
 まだ相手の実力もわからないうちから突っ走るマリーベルに、デュークは大きな不安がよぎる。
 なんだかよくない気がする。


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