疑惑の男(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

「マリーベル!!」
 マリーベルが馬車から降りると、血相を変えたデュークが駆け寄ってきた。
 ジョナスを弾き飛ばし、狼狽しているようにも見える。
 デュークに弾き飛ばされたジョナスは、やれやれといったようにゆったり体勢を立て直す。
 リープ家本邸、玄関前の車寄せ。
 そこにやって来た造りのいい馬車の御者に事情を聞いたリープ家の使用人が、それを慌てて主人に伝えに行った。
「馬鹿! 一体、今までどこに行っていたんだ! 心配するだろう!」
 マリーベルに駆け寄ると、デュークはすごい剣幕で怒鳴りつける。
 あの後、デュークはどうにかしてマリーベルを探そうと路地をさまよってみた。
 けれど、結局マリーベルを見つけることができなかった。
 そこで仕方なく、マリーベルが帰ってきた時のためにと帰宅するとすぐに、デュークはその知らせを受け玄関へとって返してきた。
「ごめーん」
 マリーベルは迫るデュークからさっと顔をそらし、ちろっと舌を出しておどけてみせる。
 それを見て、デュークは再び怒鳴りつけようと口をあけたけれど、すぐに諦めたように重いため息をひとつついた。
「ああ、もういいよ。まったく、マリーベルは……」
 ため息まじりにつぶやくと、デュークはそのままさっとマリーベルを抱き寄せる。
 マリーベルはぎょっと目を見開いた。
 けれど、すぐに観念したように抵抗はやめた。
 さすがに、心配をかけてしまったことは自覚しているので、これくらいは許容しなければならない。
 思わずマリーベルを抱き寄せるほど、デュークは心配していたのだろう。
 おどけては見せたものの、マリーベルだって申し訳ないと思っていないことはない。
 たしかに、今夜のマリーベルは、少々暴走をしてしまった。
 マリーベルは、諦めたようにデュークの胸にそっと頭をもたれかける。
「それでは、たしかにお送り致しました」
 御者に助けられながら馬車の前に立つ青年が、にっこり笑ってマリーベルとデュークに声をかけた。
 二人ははっとして、慌てて体をはなす。
 マリーベルはあははと誤魔化し笑いを浮かべ、デュークは怪訝に顔をゆがめた。
 どうやら、デュークはこれまで、マリーベルばかりに気をとられ、そこに青年がいることに気づいていなかったらしい。
 ジョナスがあきれがちに、デュークにそっと耳打つ。
 デュークはようやく納得したように、さっと表情を変え青年に微笑みかけた。
「マリーベルをわざわざ送って下さったそうですね。ありがとうございます。――ほら、マリーベルもお礼を言って」
 デュークはさっとマリーベルの肩を抱き寄せ、そのままずいっと前へ出す。
 マリーベルは、デュークに指図されたのが不服なのだろう、ぶすっと頬をふくらませた。
 言われなくたって、マリーベルもお礼くらい言うつもりだった。言おうとした時、デュークが現れ邪魔した。
 多少乱暴にデュークの手を振り払い、マリーベルは青年に歩み寄る。
「ダーク、送ってくれてありがとう」
「いえ、いいのですよ。こちらが先にご迷惑をかけてしまったのですから」
 青年――ダークはにっこり笑って、ふるっと首をふる。
 ここまでやって来る馬車の中、さすがに何も話さないのは不自然なので、互いの名前とちょっとした世間話くらいはしていた。
「いえ、どうせまた、マリーベルが無茶をしたのでしょう」
 さっとマリーベルの横に並び、デュークはちろっとマリーベルに視線をやる。
 すると、ばっちり二人の視線がぶつかり、同時にマリーベルはさっと顔をそらした。
 ぶうと頬をふくらませている。
 すっかりデュークにばれてしまっていて、マリーベルはおもしろくないのだろう。
 認めたくないけれど、今回ばかりは、マリーベル自身も多少の無茶をした自覚はある。
 デュークには悪いことをしたと思う反面、デュークに見透かされていることがおもしろくない。
「それにしても、驚きました。まさか、マリーベルさんがあのリープ家ご当主のお知り合いとは」
「そんなに有名なの? デュークって」
 マリーベルはぱっと顔を戻し、ダークを不思議そうに見る。
 すねていても、どうやらそれは気になったらしい。
 たしかに、ヴァンパイア・ハンターの家系、有力貴族ということではリープ家は名を知られているけれど、マリーベルにはあの≠ニ言われるまでの認識はない。
 それに、たとえ名は知られているとは言っても、やはりそちらに詳しくない一般人には馴染みはあまりないだろう。
「有名も何も……」
 不思議がるマリーベルに、逆にダークが驚いたようにそう言いかけた。
「ああ、そうか! たしか、デュークって変人で有名だったわね! わたしの町まで知れ渡るくらい!」
 けれど、マリーベルがその言葉をさえぎるように、ぽんと手をうち、一人納得したように楽しげに言う。
 同時に、デュークの肩ががっくり落ちた。
 まさか、そうくるとは思っていなかったのだろう。
 ダークは、何故かさあと顔色を青くしていく。
 そして、はっと何かに気づいたように、慌てて言う。
「あ、あの、申し遅れましたが、わたしはダーク・ジフィーと申します。ちょっとした商いをしておりまして……」
 その場の空気に耐え切れなくなったようで、ダークは落ち着かない。
 あの≠ニいうくらいだから、マリーベルの考えが及ばないところで、ダークはデュークを知っているのだろう。デュークというよりかは、リープ家当主のことを。
 マリーベルが住む町は首都からは近いような遠いような中途半端なところに位置するので、リープ家の噂もあまり聞くことはない。
 けれど、首都ではきっとそれは頻繁にされているのかもしれない。そしてそれは、マリーベルが住む町とはまた違ったかたちなのだろう。
 マリーベルの町には、リープ家当主のだめっぷりしか伝わってこない。本人の顔や人柄も多少は知っているだけに、それはやけに真実味をもって広まっている。
 けれど、ダークの反応から、首都ではきっと特別な存在として広まっているのだろう。
 そう考えると、マリーベルとダークのこの温度差も理解できる。
 噂話とは、場所によって多少異なってくるのが世の常。
 場所によっては、尾ひれがたっぷりついていたっておかしくはない。
「え? ジフィーといえば、あの……?」
 どうやら、デュークにもダークの名に覚えがあったようで、驚いたように目を見開いた。
「はい。……しかし、あの=c…とは?」
 ダークは探るようにデュークをちらっと見る。
 どうやら、ダークにもあの≠ニ言われる覚えはないらしい。
 あの悪名高いリープ家当主とは違い、首都の一商人にはあの≠ニ言われる所以がわからないのだろう。
 デュークは戸惑うダークに気づき、にっこり笑った。
「そちらも有名ですよ。なにせ、一代でその財を成し、今の地位を手に入れられたとか。さぞやご苦労だったでしょう」
「いえいえ、それほどでも」
 デュークの言葉にダークもようやく納得したようで、表情をゆるめた。
 そして、二人は互いに何かを納得し合ったように会釈し合う。
 それを見て、マリーベルはなんだかつまらなそうに、むすっと頬をふくらませた。
 マリーベルは、二人が言っていることがいまいちぴんとこない。
「では、そろそろお暇致します」
 ダークがそう切り出すと、デュークもこくりうなずいた。
「ええ、マリーベルを送っていただきありがとうございました。この礼はまた」
「いえ、結構ですよ。マリーベルさんには十分よくしていただきましたので」
 ダークはふるっと首をふると一礼し、御者に支えられながら、ゆっくり馬車に乗り込んでいく。
「それでは、また……。失礼します」
 馬車に乗り込むと、ダークはかるく頭をさげた。
「ええ、気をつけて」
 デュークはマリーベルの肩を抱き寄せ、ともに馬車から下がる。
「マリーベルさんもお元気で」
「そっちもね」
 ダークが微笑み言うと、マリーベルもにっこり笑って答えた。
 それを確認するように、ダークが乗った馬車は、ぎしりと小さな音をさせ車輪を動かしはじめた。
 馬車は、リープ家の車寄せから、木々が覆う夜の庭にゆっくり消えていく。
 マリーベルとデュークは、それを見送っている。
 マリーベルはおだかかに微笑を浮かべている。
 その横で、デュークは何故か険しい顔で、夜の庭をにらみつけていた。
 マリーベルの肩を抱くデュークの手に、ぎゅっと力が入る。
 しかし、マリーベルはその変化には気づいていない。それだけでなく、肩を抱き続けられていることにすら気づいていない。
 デュークの腕に、マリーベルの頭がぽすんとよりかかる。


 馬車は小高い丘を下り、首都の中心部へ向かっている。
 月光を受ける馬車の中から、不気味な笑い声がもれてきた。
「くすくすくす……。上手くいった」
 満足そうに不敵に笑む口元が、差し込んだ月光に妖しく浮かび上がる。
 御者台に座り手綱をとる男は、まっすぐに前を見つめ、馬車の中へ声をかける。
「ご主人様、お怪我の方は?」
 ふと笑いをやめ、馬車の中の男はにっと口のはしをあげた。
「そのようなもの、心配に及ぶと思っているの?」
「……いいえ」
「だろう?」
 くすくすくすと楽しげに答える声に、御者は得心したように静かに答えた。
 そして、馬に一度鞭を入れ、一気に街へと馬車を走らせる。
 馬車の中からは、変わらず楽しげなくすくす笑う声がもれ聞こえてくる。
 空では、妖しく光る月が、雲間から顔をのぞかせた。


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