薔薇屋敷のお茶会(1)
闇夜の月に焦がれる太陽

「ダーク!?」
 マリーベルは、リープ家玄関広間で、すっとんきょうな雄叫びを上げた。
 使用人に呼ばれてやって来てみれば、おだやかに微笑むダークが立っていた。
 昨夜の暗がりの中とは違い、おっとりした中にも少しの精悍さがうかがえる。
 デュークが言っていた切れる商人というのも、あながち大げさではないだろう。
 使用人にマリーベルに客が来たと言われ首を傾げつつやって来たけれど、ダークというならばうなずける。
 この首都でマリーベルの唯一の知り合い。知り合いと言ってもいいのなら。
 たしかに、ダークは昨夜別れ際に、「また」とは言っていたけれど、こんなに早くその「また」がやって来るとは、マリーベルもさすがに思っていなかった。
 朝食が終わり、そろそろみんなが本格的に動き出すという程度にまだ朝早い。
 マリーベルの背後には、ジョナスが立っている。
 何事もないように平然と立っているけれど、ジョナスもまたマリーベルに客が来たということに違和感を覚えたのだろう。
 朝食をすませ、デュークが先に席を立った後、マリーベルはジョナスに何か手伝うことはないかと直談判していたところに、使用人がやって来てそれを告げた。そこで、怪訝に思ったジョナスもともにやって来た。
 もちろん、手伝いは、ジョナスにさわやかに問答無用で断られていた。
 マリーベルは客人だから、何もしなくていいと。
 それは、どちらかというと、客人というよりはもっと違った扱いでもあるような気はするけれど。
 商売敵というだけでなく、相手がデュークというから、マリーベルは何もせず滞在するのはさすがに面白くなかったのに、こうもあっさり断られてはもっと面白くない。
「はい、そうです、ダークですよ。マリーベルさん」
 驚きぽかんと口をあけるマリーベルに、ダークはにっこり笑う。
「一体、何しに来たの?」
「くすっ、昨夜の印象のままですね。実は、今日はマリーベルさんをデートのお誘いに来ました」
 ダークはにこにこ笑いながら、さらっと言い放つ。
 マリーベルはあっけにとられつつ、ひきつった薄い笑いを浮かべた。
 唐突すぎるのでどう反応すればいいのか瞬時に判断できず、そのままを顔に出してしまった。
 昨夜会ったばかりの相手に、あまりにも軽すぎる。
 ダークはマリーベルを印象通りと言ったけれど、マリーベルにとってはダークは印象の真反対。もっと誠実だとの印象を抱いていた。
 マリーベルがかたまってしまったことに気づき、ダークはおかしそうにくすっと笑った。
「冗談ですよ。昨夜のお礼がまだでしたので、それで……」
「なんだ、びっくりした。もうっ、冗談はやめてよね」
 マリーベルはほうと息を吐き出し、胸をなでおろす。
 なんてたちが悪い冗談なのだろう。
 一瞬、ダークまでもどこかの馬鹿当主と同じで、軽い男かと思ってしまった。
 まあ、そうそうどこかの馬鹿当主ほどの女たらしがいてもたまらないけれど。
 マリーベルは肩をすくめ、微苦笑を浮かべる。
「でも、お礼だなんて……。あれは、わたしも悪かったから……」
「いいえ、それでは僕の気がすみません。是非に」
 ダークは、ここだけは譲る気はないというように、まっすぐマリーベルを見つめる。
 マリーベルはどうすればいいのかわからず、一瞬たじろいだ。
 そして、背後に控えるジョナスをちらっと見る。
 けれどジョナスは、マリーベルの視線に気づきつつも、涼しい顔でただ二人の様子をうかがっているだけ。
 あくまでも、ジョナスはマリーベルに何かを助言するつもりも、意見するつもりもないらしい。
 まあ、たしかに、ジョナスが口をはさむ権利はないだろう。
 マリーベルは客人で、ジョナスは使用人。ジョナスには、デュークにするようにマリーベルにも意見する資格はまだない。
 マリーベルは諦めたように小さく首を横に振った。
「わかったわ。でも、本当にお礼なんていいの。普通に……そう普通に、お茶にしない? わたしはそれがいいわ。それじゃ駄目かしら?」
 マリーベルは、探るようにダークを見る。
 ジョナスに判断をあおぐこともできず、だからといってダークを無下にもできない。
 昨夜の件に関しては、マリーベルも負い目がある。
 せっかくの好意を、すげなく断ることもないだろう。
 ダークはマリーベルの言葉を聞いた瞬間、ぱっと顔をはなやがせた。
「いいえ。では、僕の家に招待させてください。よい葉が手に入ったのですよ」
「ええ、行くわ」
 マリーベルもにっこり笑って答える。
 お茶くらいなら問題ないだろう。
 マリーベルこそ、これで昨夜の罪滅ぼしができるならいい。
「そういうわけだから、行って来るね、ジョナスさん。デュークには言っておいてもらえないかしら?」
 マリーベルはくるっと振り返り、二人のやりとりを黙って聞いていたジョナスに告げる。
 さすがに、マリーベル個人のことだとしても、リープ家に滞在している以上、デュークに黙って行くのは気が引ける。
 それに、黙って行ってしまっては、昨夜のようにまたデュークに心配をかけてしまう。さすがに二日連続それでは、後がいろいろと厄介だろう。
 だけど、わざわざそれをデュークに伝えに行くほどでもないので、とりあえずジョナスに言っておけば問題ないだろう。
 ジョナスは一瞬不満そうに眉をひそめたけれど、次の瞬間にはにっこり微笑みうなずいた。
「はい、いってらっしゃいませ。デュークさまにはわたくしからお伝えしておきます」
「ありがとう、ジョナスさん」
 マリーベルはジョナスに手をふり、屋敷の奥へ駆けていく。
 そしてすぐに、ショールをはおり外出の仕度をして戻ってきた。
 良家の令嬢でもないので、マリーベルの仕度はすぐにすむ。
 マリーベルが戻ってくると、ダークはさっと手をさしのべた。
 その手に手をかさね、ダークに手をひかれながらマリーベルは玄関を出て行く。
 玄関前の車寄せには、ダークの馬車が横づけされていた。
 ジョナスもマリーベルについて、車寄せまで見送りにやってきている。
 どこか険しい顔で見送るジョナスに気づかず、マリーベルはダークに促されるまま馬車に乗り込む。
 その後に続き、背後をちらっと確認するように見て、ダークも馬車に乗り込んだ。
「さあ、マリーベルさん、参りましょう」
「うん」
 マリーベルが、馬車の窓からジョナスへ向けてひらひら手を振った。
 同時に、馬車はゆっくり動き出す。
 ダークは窓の外にすっと顔をやり、小さくにやっと口の端を上げる。


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