薔薇屋敷のお茶会(2)
闇夜の月に焦がれる太陽

 その屋敷は、首都のほぼ中央に位置している。
 街のはずれのリープ邸とは違い、街中での土地の確保は容易ではないらしく、規模はそれほど大きくはない。
 しかし、それでも一般的な邸宅の数倍ほどの広さはある。
 アーチ状の門扉に、薔薇がつたのようにからまり、まるで薔薇の隧道(トンネル)のようになっている。
 塀もところどころ崩れかけているが、門扉同様に絶妙にからみついた薔薇のため、独特の雰囲気をかもし出している。
 まるで花に埋めつくされた薔薇屋敷。
 いかにも女性うけしそうな様相を呈している。
「わあっ!」
 もちろん、一応は女性のはしくれではあるマリーベルも、馬車の中からその外観を見て思わず声をもらしていた。
 リープ邸の木々に囲まれた屋敷もそれはそれで趣きがあるけれど、はやり薔薇屋敷にはかなわない。
 マリーベルの感触がよい反応を見て、ダークはどこか誇らしげににこやかに微笑む。
「どうですか? 気に入っていただけましたか? マリーベルさん」
 少し錆ついたような音を鳴らし、門扉がゆっくり開いていく。
 ごとりごとりと、馬車はゆったり薔薇の海へ滑り入っていく。
「ええ、もちろんよ。すごいわ。どうすれば、こんなにかわいらしいお庭が造れるの?」
 マリーベルは車窓から身を乗り出すように、薔薇の庭を見渡す。
 するとすぐに、前方に、やはり薔薇がからまりついた館が見えてきた。
 小さな古城をうまく再利用したといったふうに見える。
 恐らく、昔は貴族の屋敷か何かだったのだろう。
 首都の中心部にあることからも、きっと間違いない。
 今にも窓から飛び降りてしまいそうなほど身を乗り出し、楽しげにきょろきょろ辺りを見まわすマリーベルを、ダークは微笑ましそうに見ている。
 予想以上のマリーベルの反応に、ダークは気をよくしているのだろう。
 ダークは思わず、くすくすくすと笑い出していた。
「……何?」
 ふとそれに気づき、マリーベルは振り返り面白くなさそうにダークを見る。
「あ、すみません。ただ、マリーベルさんでもそのような反応をされるのですね」
「それ、どういう意味よ」
 マリーベルはすねたようにつんと口をとがらせる。
 それではまるで、マリーベルが普通の女性のような反応をしてはおかしいとでも言っているように聞こえる。
 マリーベルだって、ちょっと普通よりはヴァンパイア慣れしているだけで、花にも宝石にもそれなりに興味はある。綺麗な景色を見れば、思わず感嘆のため息だってもらす。
「悪い意味で言っているのではないですよ。今までのマリーベルさんからは想像がつかなくて。こういうマリーベルさんもいいなと思いまして……」
「なんかそれって、普段のわたしは全然女らしくないみたいじゃない。……まあ、否定はしないけれど」
 慌てて弁解するダークから、マリーベルはすねたようにふいっと顔をそむけた。
「ああ、すみません! 気分を害してしまったようですね。ですが、本当に僕は……っ」
 ダークはわたわた慌てながら、さらに弁明をする。
 せっかくお茶を楽しむためマリーベルを招待したのに、これでは意味をなさなくなってしまう。
 窓の外を眺めるマリーベルの肩が、小さく揺れた。
 同時に、くすっという小さな笑い声がもれる。
「……え?」
 ダークはわが耳を疑うように、まじまじとマリーベルの背を見つめる。
 すると、マリーベルはくるりと振り返り、笑いをこらえるように肩をゆらす。
「あはは、ごめんごめん。別に気にしていないわ。だから、ダークも気にしないで」
 おどけるようにマリーベルが言うと、ダークはほっと胸をなでおろした。
「冗談が過ぎますよ、マリーベルさん。心臓がとまるかと思いました」
「あははー、大げさね、ダークは」
 マリーベルがおかしそうに、くすくす笑い出す。
 ちょうどその時、馬車がゆっくり車寄せにとまった。


 一面薔薇の庭の中に、東屋がある。
 白木で造られたそれにもまた薔薇がからまりついている。
 その東屋に置かれた白木の円卓、白木の椅子。
 椅子に腰掛け、マリーベルとダークは向かい合うように座っている。
 そこら中から、薔薇の甘い香りが漂ってくる。
 天気がよく、清々しい微風が吹く午前中は、ここにこうしているだけで実に気分がいい。
 ちょうど時機をはかったように、薔薇の中から使用人がやって来た。
 手にはティーセットを持っている。
 それが、ゆったりと円卓の上に丁寧に並べられていく。
 すべて置き終わると、使用人は一礼をしてまた薔薇の中に姿を消していった。
 それを見届け、ダークはマリーベルに向き直り、にっこり笑う。
「お待たせしました。さあ、お茶にしましょう」
「うん」
 マリーベルもにっこり笑い、うなずく。
 ほわほわと湯気をあげるカップを、マリーベルは両手でそっと持ち上げる。
 顔の前まで持ってくると、辺りの薔薇の芳香よりもさらに甘い香りが鼻をくすぐる。
「いかがですか? それは、最高級のローズヒップなのですよ。特定の地域でのみ栽培できる、王族にも献上する品です」
「そうなの? たしかにいい香りね」
 マリーベルはすっと目をとじ、香りを楽しむようにかぐ。
 ゆっくりと目を開けると、微笑ましそうにマリーベルを見るダークの姿が飛び込んできた。
 マリーベルはなんだかちょっぴり恥ずかしくなり、ほんのり頬をそめる。
 そして、慌てたように目の前にあったスコーンを手にとり、一口分割りとり口へ運ぶ。
「ね、ねえ、このスコーン、どこのお店のもの? とってもおいしいわ」
 まるで誤魔化すように尋ねるマリーベルに、今度はダークがほんのり頬をそめた。
「実は……僕が作りました。お菓子を作るのが趣味でして。よかったです、マリーベルさんのお口に合うようで」
「ええ!? これ、ダークが作ったの? すごいわ、ダーク、あなたって天才ね!」
 マリーベルは目を丸くし、まじまじとダークを見る。
 そしてまた、スコーンをひとかけら口へ放り込む。
 クリームやジャムもあるけれど、マリーベルはスコーンには何もつけないまま食べるのが気に入っている。
 他のもので誤魔化されない、そのままの味を楽しむのが好き。
 なので、デュークの家で出されたパンやスコーンも、そのまま食べていた。
 あちらはあちらで、さすがリープ家と言おうか、しっとりとして小麦のいい味がした。
 一方、ダークが作ったスコーンは、ほんのり甘くてそのままでも十分おいしい。甘いローズヒップティーにはよく合っている。
 さすが、自ら茶葉を選び、スコーンを作っただけはある。どのお茶にはどの味のお菓子が合うか、よく理解している。
 昨夜、デュークがちらっと言っていたけれど、ジフィーは御用商人らしい。
 とりわけ、茶葉やお菓子といった嗜好品に強いという。
 なるほど、それも納得できる。目の前にこうして示されているのだから。
 スコーンの他にも、クッキー、プディング、サンドイッチにケーキ、ゼリー、いろいろなお菓子が並んでいる。
「あ、ありがとうございます」
 ダークはどこか困ったような微笑を浮かべる。
 そのいまいち薄い反応に、マリーベルは首をかしげた。
「ダーク?」
「いえ、あの……男がお菓子を作るのを、おかしいとは思わないのですか?」
「どうして?」
 ためらいがちに問うダークに、マリーベルはさらに首をくいっとかしげる。
 すると、ダークは余計に困ったように眉尻をさげた。
「どうしてって……」
「別にいいのじゃない? その人が好きなことを、得意なことをするのに、悪いことなんてないわ。男とか女とかは関係ないと思うの。実際、このスコーンは最高よ?」
 それに、職業料理人は、たいてい男性。城で王族に料理を提供しているのだって、男性料理人ばかり。
 そう考えれば、何もおかしなことはない。
 男とか女とか、性別は関係ない。
 実際、マリーベルだって、本来は男性が基本となるヴァンパイア・ハンターをしている。
 マリーベルがヴァンパイア・ハンターだからといって、誰も指差し非難したりはしない。
 まあ、マリーベルの場合は、ダグラスという名が大きく影響しているので、誰もおかしな顔はしないのだろうけれど。
 それくらい、ダグラスという名は特別な存在。
「マリーベルさんにかかると、こんなことを気にしている僕は馬鹿みたいですね」
 ダークは自嘲気味に微苦笑を浮かべる。
 けれど、先ほどまでの困ったような感じはない。
 男が料理をするということではなく、小さなことを気にする自らに自嘲しているのだろう。
「そうじゃないわ」
 マリーベルは困ったように微苦笑を浮かべると、お茶をひと口口にふくんだ。
 その時だった。
「ダーク!」
 そう名を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。
 見ると、薔薇の中から一人の女性がこちらへ駆けて来ていた。
 波打つ金の髪をゆらゆらゆらし、つくりのいい上質なドレスをふわふわまわせている。
 この薔薇園に似合いの、良家の女性。


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